カテゴリー「地域」の記事

2015年2月20日 (金)

地方創生 政治家の意識改革と地方の人材育成が急務

国会では平成26年度補正予算に続き、平成27年度予算の審議が行われ「地方創生」が声高に叫ばれています。
「地方創生元年」ともいえる本年。
各地域の主体的な動きがどこまで加速させることができるのか。
大変に重要な局面を迎えています。

だからこそあえて苦言を呈したい。
国会でどんなに真剣に議論され、素晴らしい予算編成を行なっても、それがどのように執行されるのか。その結果が重要です。

しかし今回審議の予算の多くは執行される先が事前に内定し、形だけの公告が行われているものが半数以上。
補正予算に至っては可決当日にはすべての予算配分先は決まっていました。

政治の常識からいえば当然と言えば当然のことなのでしょう。
施策実行のスピードをアップするという大義もあります。

1月後半、メディア報道された審議中の補正予算の概要を見た私は、この予算を活用するにはどうすればよいのか問い合わせをしました。
やはりこうした時には政府与党に聞くのが一番です。
ただ自民党は問い合わせ窓口がはっきりせず、もうひとつの与党・公明党に議員経験者を介してお聞きしました。
聞いた党関係者は、国会事務局の責任者です。
その方いわく「予算執行先は既に決まっている」とのこと。

では今後はどの時期から、どのような手順を踏んで進めたらよいのかと聞いたところ、

「各地方自治体(市区町村)から県へ問い合わせて、県から国へというルートが確立している」
「審議内容の事前情報もそのルートで通達されている」
「その正式な手順を踏んで問い合わせてほしい」

何とも杓子定規な回答でした。

それができていないからこそ地方創生が必要なのではないか?
あきれるやらなさけないやら...。
もちろん事務方と議員とは意識が違うかもしれませんし、お聞きしたその方個人の資質の問題もあるかも知れませんが、大衆の党を標榜する公明党ですらこの体です。

そうした地方自治体から能動的な動きが出てこないから地方における国民生活が行き詰っている。 地方自治体によっては予算編成の内訳を想定して半年、一年以上前から準備しているところもありますが、多くの地方自治体では担当部署の1~2名の職員の意識に任されているのが実態です。

そうした都市部以外の地方自治体のスタッフ育成、具体的な補助事業の進め方を指導しない限り、意識のない職員が担当する地域の住民には地方創生予算の恩恵を与かることはできません。
富める者は更に富んでいき、知らないものは損をする構造が拡大しています。

私はNPO法人の代表として岡山県で産直野菜の直売所を経営し、群馬県の自治体と地域再生の活動を進めるなど、日常的に地方の現場で仕事をしています。
その経験から、なんとか助成金を原資とした地域活性化の補助事業を当該地域でも行なえないかと様々な方策を模索しています。

補助事業(公的資金を使った事業)の多くは、その地域の地方自治体を含めた協議会等の設立が必要なことが多い。
要は一部の住民や団体に補助金が使われないように、その地域の多数を代表する団体が関わっていることを担保する。
そのため実質的に市役所や町役場の職員や首長の意識と行動力が欠落していると何も前に進まない現実があります。

それを各自治体の自己責任とか、正規のルートで問い合わせろとか言っていたら、今までと何も変わらない。

各地方自治体の職員の意識向上の具体策を!
民間と自治体が協働できる具体的な枠組みの提示を!
民間主導で補助事業が推進できる予算配分を!
事前情報のより広い公開と広報活動を!
具体的な補助事業推進のためのセミナー等の開催を!

官民が一体となってよりよき社会の創出のために協働することが重要であると感じる今日この頃です。

【関連リンク】
農林水産省 補助事業参加者の公募
まち・ひと・しごと創生本部

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2009年9月10日 (木)

第2回山村きぎょう会議 に参加してみる

Images015 今月8,9日に開催された山村再生支援センター主催の「山村きぎょう会議」に参加してみた。
今回で第2回目ということ。山村再生に関する情報をWebで検索しているなかで見つけて申し込んでみたのだが...。

発表されている内容については興味深く拝聴させていただいた。
各地での取り組みについての地域性や独自性など、今後の参考にしたいと思う事例もあったので、よかったと思う。
ただ、運営自体が「身内」志向で(^_^;)
おそらく私のようにWeb等で調べて参加していたのは数名かな。
ほとんどが顔見知りの方々ばかり。発表する自治体関係者と事務局スタッフ以外は殆ど参加していない感じを受けた。
なによりも気になったのは、初参加者への配慮のなさだ。発表の合間にも終了後の懇親会の話が何度も出てきたり、「参加者は顔見知りの人が殆ど」的な発言には、正直閉口した。初めて参加した部外者は完全に蚊帳の外であった。

実は、このような雰囲気の会合は意外と多い。
Webで一般受付をしていても、実際に行ってみると明らかに迷惑がられたり、本当に来たんだという発言がぽろっとこぼれたり(^_^;)
活動を広げていく意志はほとんどないんだけれど、一応「やっているよ」という姿勢をとっておかなくちゃという、閉鎖的組織に多いように感じている。
私個人は重要だと思うテーマや情報については気にせず足を運ぶことにしているが、何の縁故もなく参加した人の多くは、たぶん二度と参加しないだろう。
それがまた、主催者側の意図だったりする。

全体の参加人数は50名程度だっただろうか。
会場は450名くらいは収容できると思うが、閑散としていた。
山村再生という大きな課題を論じる会議としては、先行き心細いばかりである。
広く広報をしなさいとは言わないが(予算の問題もあるだろうし広報すればいいという問題でもない)、少なくとも関係者以外からの参加メンバーを大切にしないと、活動は広がっていかないことは間違いないだろう。
あえて言えば「人」の問題である。
いずれにしろ、もっと開かれた活動を志向してほしいと痛感した「会議」であった。

【関連リンク】
■第2回 山村きぎょう会議
 テーマ:山村をいかに再生するか~山村の取り組みとマッチング方法の検討
 日時: 2009年9月8日(火)13:00~17:30
          9月9日(水)09:00~12:00
 場所: 東京農業大学(東京都世田谷区)
     8日…1号館メディアホール
     9日…図書館4階視聴覚ホール
 主催: 山村再生支援センター

→詳しくはこちら http://sanson-navi.jp/seminar/index.html 

■山村再生に取り組む。
それぞれの地域には、その地域特有の強さがある。他の地域での事例や理論を参考にしつつも、地域の差異を活かす生活を構築できる。そこに、これからの地域再生のポイントがある。・・・

  →詳しくはこちら  http://www.prosecute.jp/task/sanson.htm

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2009年9月 7日 (月)

東大泉中村町会の防災訓練に参加 2009年バージョン

9月5日(土)に行われた防災訓練に参加しました。
毎年9月1日の「防災の日」にあわせて第一土曜に行なわれる地域の恒例行事。
昨年は同じ日に奥多摩へキャンプに行く予定を入れてしまっていたので途中で帰ったが、今年は午前中の予定を空けておいたので大丈夫。
数ヶ月前の防災倉庫増設のときの訓練に続いて、親子三人での参加となった。

9時30分に集合場所に近隣の数班の方々が集まる。
ここで自宅に帰る方もいるので点呼が行われる。
そののち11名が避難拠点になっている区立大泉東小学校に移動。
昨年は体育館だったが、今年は校庭に集合して行なった。この日は快晴。いやぁ~暑かった(^_^;)
10時から自治会の責任者や消防署、練馬区区役所の方々の話のあと、各人で見学や訓練体験を。消防車のホースや消火器での消火訓練、AEDを使った訓練などに列ができていた。
私たちは起震装置のついたトラックでの地震体験を見学した。
相当に激しい揺れに、少しびっくり。
10時45分頃から「アルファ米」の炊き出しを受ける。炊き出しといってもビニールを張ったダンボール箱のなかにアルファ米とお湯を入れて数分でできる。数ヶ月前の防災倉庫での訓練のときには「わかめご飯」だったが今回は「五目炊き込みご飯」。
なかなか美味しい(*^_^*)

暑かったこともあって、アルファ米を受け取ると11名揃って会場をあとにした。

今回の訓練で改めて感じたこと。
放水や消火器の使い方、避難場所を確認することも大切な訓練だが、集合場所や避難場所に近隣の方々と顔を合わせて一緒に行動することが、更に重要だと感じました。
非常時を想定して、現地であれこれと意見を交わすこと。
集合した人達の点呼をとって生存確認をする。
こうした基本を訓練で着実に行なうことが、非常時の備えになると強く実感した避難訓練でした。

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2008年9月 9日 (火)

東大泉中村町会の防災訓練に参加

9月6日(土)に行なわれた防災訓練に参加した。
2002年1月に現在の住まいに入居して、はや6年半。お恥ずかしい話だが初めての参加である。しかも以前から友人家族と約束していた予定があり1時間弱で中座させていただいた。申し訳ない限りである。

当日は朝から小雨がぱらつくあいにくの天候。
まず9時30分に近隣の集合場所に傘を差して歩いて出る。ここまでは妻と我が子と3人で参加。同じ班(住んでいる地域毎に班が組織されている)の方とお互いに挨拶を交わしてすぐに一時集合場所に移動。私の住むあたりは都立大泉高校の東門(裏門)前だ。ここで班毎の参加者確認があり、避難拠点になっている区立大泉東小学校に移動した。
小学校の入口で非常食用のクラッカービスケットとペットボトルのお茶をいただく。集合場所の体育館に移動しながら、マンホールの上に取り付ける簡易トイレや防災備品の入ったプレハブ物置などを見学。私達の地域は大泉東小学校まで近いのでゆっくり歩いて9時50分頃には体育館に到着した。同じ班の方々と挨拶、懇談しながら全体の開始を待った。全体訓練は防災ビデオから始まるようだったが、私は20分ほどその場に参加したあと開始前に失礼させていただいた。

途中までであったが近隣の方々の顔を知ることもできた。
災害が発生した時に一番大切なのは隣近所との連携である。その根っこは隣近所には誰が住んでいるか知ることであり、自分自身の存在を知っていただくことであると思う。
今回の防災訓練で初めて顔をあわせた方、初めて声を交わした方が何名もおられた。これを機に少しでも近隣の方との交流をするように心掛けたいと感じた訓練であった。

あわせて感じたことを追加でひとつ。
練馬区のWebサイトには「防災のページ」がある。
このページの充実を強く望みたい。
具体的には以下の2点をすぐ対応してほしい。

そのページには「防災訓練」→「区内で行なわれる防災訓練」というコーナーがあり、防災訓練の予定をインフォメーションするファーマットになっているのだが、地域の自治会等が自主的に行なっている訓練情報の予定が0件なのである(なお間違いのないように補足すると、並んでいる別の項目で自治体や消防署主催の訓練は紹介されている)。
防災訓練に参加するかどうかでいざという時の対応は大きく変わってくる。是非、地域の訓練の情報を掲載してほしいと思う。

次に、避難拠点についてはPDFファイルの中で「区立小中学校103校」と明記されているが、避難拠点をプロットした地図がないため、自分がどこに行けばいいのか多くの区民はわからない。小中学校をプロットした地図としては「洪水ハザードマップ」があるのでこれでよいと思われているのかもしれないが、避難拠点毎の区域割りが書き込まれていないのでどこの小中学校に行けばいいのかわからない状態だ。事実、今回の防災訓練に参加した方との話の中でも「前回の訓練の時は大泉第二中学校に集合だったが今回は大泉東小学校に変わっていた」という方がおられた。実際に災害が起こった際には更に混乱するのではないだろうか。是非、区域割りを記入した避難拠点マップを作成しWebサイトにアップしていただきたい。もちろんWebサイトで確認する区民はまだまだ少ないに違いないができることはやっておくべきだと思う。

防災訓練情報の掲載はメールで要望をおくったが、果たして迅速に対応してくれるか。練馬区には大いに期待したい。

【関連リンク】
練馬区 防災のページ
練馬区洪水ハザードマップ
練馬区 防災のページ/防災訓練
練馬区 町会・自治会のページ

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2007年11月 9日 (金)

「区民と区長のつどい」に参加

昨夜11月8日(木)に行なわれた「区民と区長のつどい」に参加した。
これは練馬区(東京都)の志村豊志郎区長が就任以来、継続して開催されている会合だ。私の近隣でも以前から出席している方もいるが、私は時間が合わなくて今回初めて参加してみた。
練馬区のホームページには概要が出ているのだが事前に確認しないで行ったものだから要領がわからなかった(少し反省^_^;)が、毎回テーマを決めて開催されている。
これまでに10テーマが取り上げられ、今回は「良好な交通環境について」。
1つのテーマで区内4ケ所程度で開催されるので開催回数としては約40回ということだろう。
当日の会場は東大泉5丁目にある勤労福祉会館。我家からは自転車で3分ほどだ。
時間は2時間。そのうち約30分は区側からパソコンを使って現在の交通事情や課題と講じている対策についての説明があり、質疑応答は1時間30分だった。全部で長くても1時間半だと思っていたので「しっかりやっているんだなぁ」というのが率直な感想だ。

練馬区内、そのうち大泉地域の住民が参加者の大半だったようだが、同じ地域といっても住生活環境には大きな格差があるなと感じた。頭ではわかっているつもりでも実際に住んでいる人の生の声を聞くとひしひしと迫ってくるものがある。
特に交通が不便な西大泉地域の住民の意見は貴重だった。
ただ同じようにバス停にも西武線の駅にも遠いはずの南大泉地域の住民の方の発言が一人もなかった。関区民センターでの集いに参加される人が多いのだろうか。このあたりも気になるところだ。

参加された他の住民のことは、あまりあれこれ言いたくないが、一言だけ触れておきたい。
外かく環状道路の建設に反対している住民が複数名出席していたようだ。
司会から最初に「外かく環状道路については事前に意見をいただいている」「他の問題もあるので後半にその話題を取り上げる」という説明があった。
私と同じテーブル(三人掛け)に座っていた年配の女性が20時15分を過ぎたあたりで「時間配分がおかしい」「外環についての反対意見を言わせないつもりか」と不規則発言が飛び出した。実はその人はその直後に発言の機会が予定されていたので^^;結局20時40分くらいまで20分余り外環に関する発言が続いた。その女性の、進行に対する不規則発言や感情的な発言に対しては、他の参加者から激しい抗議も相次いだ。

確かに全体90分の質疑応答の中でその問題が10数分(結果的には20分余り)しかないというのは短いと感じたのかもしれない。区側として一つの問題に多くの時間をとられたくないという思惑もあって進行が意図的になったと言えるかもしれない。
しかし単純にみれば90分中10数分というのは約8分の1の割合だ。様々な問題が提起されていたことを考えると短い時間だとは一概に言えないだろう。
「外環の問題が最重要課題だ」と思っている方々にしてみれば短いだろうが、それぞれの住民にとって最優先課題は、もちろん違う。
あえて言えば、外郭環状道路延伸問題については別途それだけのための住民説明会や様々な機会が設けられることになる、これからも時間をかけて話し合う問題だ。練馬区長とだけ話しても結論が出る問題でもない。事業主体は、もちろん、練馬区ではない。

コミュニティバスなどはなかなか他に発言する機会がない。しかも何度も陳情しても運行に至らないという地域の訴えも出ている問題で事業主体は練馬区であり、会合の趣旨に合致した問題である。
そのことを考えればコミュニティバスを含む区内南北交通の問題や駅周辺の放置自転車問題、流入する通過車輌への対策やバリアフリーへの問題、社会的弱者への対策などに、多くの時間を費やすことに理解を示すべきではないかと私は思う。当日発言のあった主な問題だけでも10件程度はあった。8分の1以上確保された時間配分は恣意的ではないと私は感じた。

かくいう私だって発言したいこと(交通利便性が高まることによる通り抜け車輌への対応や様々な対策や検討経緯のディスクロージャーについて)があったのでずっと手を挙げていたのだが、他の方が指名され続けて結局発言できなかった。
しかしそれだからといって、罵声を発したりしないのが参加する者のルールだ。
時間が短くても発言の機会を確保してもらっていたのだから、私などよりもずっと優遇されているのだ。状況を把握できないのであれば公共の場所で発言することは他参加者の迷惑になることを心しなければならない。
それでもさらに言いたいことがあれば冷静に発言するとか、後日文書等で提出すればいい。

自分と立場が異なる人の対応には、往々にして不満が付き纏う。
回答が誠意あるかどうかは、相手のあることでもあり、別次元の問題だ。
そうした現実も含めて、そこから改善していくのが私たちの日々の活動だと私は思う。
常々感じるのは、行政に対して住民としてどうあるべきかという姿勢の問題だ。
議員や区長を選出する選挙へ積極的に関わるのはもちろんのこととして、日常問題に対して自分の要求を主張するだけでなく、より広い視点で、主体的にいかに関わっていくかを思索できる人間性を養わなければならない。
自分の考えを言えないとわめきちらすような、子どもにみせたくないような行為は、自ら糺していける一人一人になりたい。

【関連リンク】
区民と区長の集いの案内

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2007年10月24日 (水)

第30回練馬まつり

今月21日(日)に第30回になった「練馬まつり」が開催されました。
当日は晴天に恵まれて暖かい小春日和。
我家の3歳になった娘と3人でおにぎりをつくって会場となっている練馬駅周辺に向かって自転車で行ってきました。中央会場となっている練馬総合運動場をはじめ、開進第二中学校、南町小学校、平成つつじ公園、練馬文化センターなど数ヶ所で催し物が行なわれていました。

駅近くで娘の友達2家族と合流。各会場に設置されているスタンプを捺して回るスタンプラリーも行なわれていましたが、さすがに3歳の子供連れには難しく(^_^;)一番にぎやかなイベントがパレードだと聞き、文化センター横あたりでパレードを観覧しました。
でもこのパレードが...。出演されている各団体はよかったのですが、合い間が長すぎてひとつの組が行ったあとで10分以上まつことがしばしば....。パンフレットに書かれている予定時刻も大幅にオーバーし、子供達は待ちくたびれて模擬店が出ている総合運動場に移動してしまいました(^_^;)
出演した方々が素晴らしかっただけに、全体進行がうまくいっていたのか、とても残念でした。

今回は練馬区独立60周年を記念して盛大な開催だったとのこと。
今後も継続して地域に根づくよう、私達もまた来年も参加したいと思います。

20071021_6

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2007年5月24日 (木)

関越道側道の車止め撤去の是非

昨日6月23日、練馬区大泉学園町の関越自動車道の側道に設置されていた車止めが撤去された。この措置をめぐり、地域住民の賛否は二分されている。

この問題の発端は関越道が開通した1976年にさかのぼる。
高速自動車道が設置された際に作られたこの側道を利用する流入車輌が増加する懸念を持った地域住民の陳情を受けて、同年練馬区は側道中央付近に車止めを設置する通り抜け車輌対策を実施した。

しかし当初から住民の間では賛否が二分していた。
設置から16年後の1992年には「存続を求める住民の理解を得る」ことを条件に、車止め撤去を練馬区議会が全会一致で可決している。
しかし付帯条件となった存続を主張する住民の理解を得ることが難しく、今年に至るまで15年間も実施が見送られてきた。その間、賛成反対双方の住民からの陳情が続いていたことが記録に残っている。

今回の決定に至る経緯と、撤去の主要な理由として挙げられている「地元の生活道路、通学路への車輌の流入を防ぐ」ことは、同じ練馬区に住む住民の一人として納得のできる内容だと私は思う。長年にわたり検討を重ねてきた課題へのひとつの結論であり、幼い子供を育てている親世代の一人として、生活道路を抜け道に使うドライバーの実態には本当に苦慮しているからだ。

車止めを設置してから30年余り。交通事情も当時と比べ物にならないほど悪化している。マイカーの保有率の飛躍的な上昇。渋滞を避けるという理由だけで生活道路に入り込んでしまうドライバーのモラルの低さは年を追うごとに悪化しているようにも感じる。

しかし同じ地域に住んでいるからといって全員が同じ見解にはならない。
同じ地域に住んでいるからこそ利害が対立し、正反対の意見がぶつかることは当然と言えるだろう。
車止めを設置した側道周辺に住んでいるか、側道から少し離れた抜け道などになっている住宅地に住んでいるかによっても、思考の前提が大きく変わってしまうのも人の常だ。
継続にしろ撤去にしろ、全員の賛同を得ることは事実上不可能だろう。
住民と行政もそうだが、住民同士での地域のための話し合いが行なわれてきたのかどうかの検証も今後のために充分に行なうことが大切ではないかと思う。その話し合いの中で、再度の車止め設置という決定もあるかもしれない。
大切なのは対話という人として最も尊い行為によって解決を探ることだ。
完璧な正解というものは、ない。
常に最善を目指して前進し続けることが私達一人一人に求められている。

追記として。
一昨日の22日には撤去実施に反対する議員の請求によって臨時議会が開催されている。様々な利害が絡む案件であるので充分に議論を続けていただきたいと思う。
しかし一言苦言を。
議会召集の理由がいただけない。
先月22日の区議会議員選挙で改選が行なわれて新任議員が執務を開始する5月30日までは議会が機能していないのでその期間を狙って車止め撤去を実施しようとしたことがよくないという主張だ。5月30日からの新任議員に案件を託すべきだというが、この主張には賛成できない。
充分な取材をしているのか甚だ疑問だが、今回の撤去を「寝耳に水」のように報道しているメディアがあり、それを鵜呑みにしたわけではないだろうが同様の主張をしている区議会議員がいる。撤去に向けて信号機の設置を進めるなどの措置がとられており、それらの経緯を知らなかったというのは議員として許されるべきものではないと思う。
そもそも選挙が行なわれて新任議員が登庁するまでの1ケ月余りは空白期間なのか。議員は最後の一日まで議員だ。区民の税金から給料をもらうのだから任期が最後だろうが変わらず仕事をするのが当たり前だ。
どこまでも住民本位の議会と議員であってもらいたい。

【関連リンク】
練馬区議会、改選前議員で臨時会 『車止め』報告求める(東京新聞)
練馬区議会ホームページ

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2007年2月22日 (木)

長野県松本市と安曇野市を訪ねる

20070211_2_5
今月(2月)10~11日に長野県安曇野市と松本市に行ってきました。
10日(土)朝9時半、自家用車で2歳5ケ月の我が子と妻の3人で練馬区内の我が家を出発。大泉インターから関越道を利用して北上。藤岡JCTから上信越道に入り、更埴JCTから長野道を南下しました。
例年ならスキー渋滞の特異日なのですが暖冬の影響で大きな渋滞もなく、途中の横川SAで休憩しながら13時半には豊科ICを出て、安曇野市三郷明盛(旧・三郷村明盛)に向かいました。

20070211_3_1 この日訪ねたのは上田太郎先生です。
上田先生はうちの奥さんが山岳をやっている関係で山で知り合った、日本を代表する山岳画の第一人者です。前日の連絡にも関わらず、御夫妻で快く迎えていただきました。
夕刻までの3時間、上田先生の故郷の話をはじめ、松本や安曇野の山々との出会い、画家を志すまでの苦難の時代、今後の展望など、色々なお話を伺うことができました。
今年は4月に第66回の創元展(主催:創元会)、10月には松本市市制施行100周年を記念した北アルプス山岳絵画展が予定されており、創作活動の最中でした。
両展とも是非行かせていただこうと思っています。
個人的なことながら、上田先生は昭和9年生まれで私の両親と同じ年齢。これからも元気で活躍されることを祈っております。

20070211_1夜は長嶺荘に宿泊しました。安曇野市(旧・明科町)直営の宿泊施設です。
浴衣、丹前、ハブラシ、タオル、バスタオルが備え付けです。ふとんは宿泊者が自分で敷きます。築年数が相当経過している感じがありますが(^_^;)古いのが気にならない人にはお奨めの宿です。安曇野地域にはペンション等がたくさんありますが、その多くは山裾側のため山並みを眺望することができませんが、長嶺荘は河川を挟んで対岸に建っているので、北アルプスの絶景が眼下に広がっています。
この眺めは断然お奨めです。一望の価値ありです!
宿泊できる部屋数も9室と比較的少ないので、食事やお風呂が込み合うことも少ない感じです。ただ日帰り入浴ができるため男湯は夜9時までは地元の人も多いですね。露天風呂は夜9時まででしたが内風呂は24時間入浴できます。私は20時過ぎと翌朝に利用させていただきました。温泉だと思い込んでいたのですが(^_^;)帰宅後にパンフレットをよくみると「人工鉱泉」とのこと。泉質はラジューム複合弱アルカリイオン泉。ラジウム成分を溶かし込んでいるようです。私は入浴後も身体が温まって軽く汗をかいていましたので個人的には満足です(^_^)v
朝食は食堂でいただきました。ご飯は夕食朝食とも自分でよそいます。和食でメニューの選択はありませんが(^^ゞ素朴で私は気に入りました。
朝はドリップしたコーヒーも料金内で飲めます。

Dcf_0060 11日(日)は近くの犀川(高瀬川、穂高川が合流したすぐ下流付近)にある白鳥飛来地を訪れました。例年であれば積雪があることを思うと、白鳥に身近で触れ合えるのは本当に貴重な体験です。この日は400羽近くが飛来していたのではと思います。ボランティアの方々がえさとして麦やパンの耳を用意されていました。大変な苦労です。
子供達も一緒にえさをあげることができます。このえさを目当てにかもとトンビも集まっており「トンビがえさをめがけて急降下してくるので注意してください!」と言われてたとおり、すごい勢いで90度の角度で突っ込んできます。子供が白鳥と鴨にえさをあげる際にはくれぐれも御注意を!
1時間近く遊んでいたでしょうか。ふと気づくと粉雪がパラパラ...。と思っていると5分ほどで激しい吹雪に(地元の方にはそんなでもないかな^^;)。急いで車に乗り込みましたが15分ほどで晴間が出てきました。
やっぱり山に近い場所なんだなぁと感じた場面でもありました。

お昼ご飯は松本市内でと思い、その前に市内に住む柳原哲男さんを訪問しました。柳原さんもうちの奥さんの山岳関係の知人です。上田先生が山岳画を描くために登山する際には画材などを担いで登ったり、北稜会の幹事もやっていただいている方です。
何年かぶりということで住所を頼りに自宅まで行ってみました。
ちょうど在宅されており、近くのファミレスで2時間半ほど一緒に食事をしました。
聞くとそれはそれは多忙の様子です。
仕事の合間に、10月の北アルプス山岳絵画展の事務局長、3月の選抜高校野球に母校が出場となりその支援が毎日のように...。お話をしていて感じたのですが人を惹きつける人徳がある方なので何かと頼りにされたり頼まれるのだろうと推察しました。

14時半過ぎに柳原さんとお別れをして、塩尻北インターから長野道~中央道を使って19時に自宅に帰ってきました。ルート的にはぐるっと一周した感じですね。
我が子にとっては初の安曇野・松本訪問。時間的にも無理なく、友好も重ねられ、自然に触れることができた有意義な安曇野・松本でのひとときでした。

【関連リンク】
創元会 http://www.sogenkai.or.jp/
松本市制100周年事業 http://100sai.city.matsumoto.nagano.jp/
長嶺荘 http://www.anc-tv.ne.jp/~nagami1/
安曇野市HP http://www.city.azumino.nagano.jp/

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2007年1月19日 (金)

道州制の本義とは何か

今月18日、全国知事会で道州制についての統一見解をまとめたことが報道されている。「真の分権型社会を実現するためのものであり、国の行財政改革の手段ではない」とする統一見解をまとめた。
そのこと自体は別に目新しくもないが、大いに疑問に感じていることがある。それはそもそも「道州制」と表現している考え方そのものである。

マスメディアでは、現行の都道府県制度を廃止するかわりに現在の複数の県の広さを想定した地方自治体を設置して地方分権を進めることだと報道している。政府もそのような説明を行っている。しかしそれなら格段意味があるとは言えないと感じる。事実、平成の市町村大合併の県バージョンと変わりないだろう。

本来の道州制に込められた思いはそんなものだろうか。少なくとも私は違う。最低限でも中央政府の権限の委譲を受けるだけの能力と機構が必須とされる。委譲のやり方も発言する人によって千差万別だ。ただ現状の報道を見ていると、政府側も県知事側も中央政府の機構はそのまま縮小するだけで、新設される道州側にその出先機関的組織を置くようなイメージでいるように感じられてならない。現状の本庁と出先機関との関係と本質的に変わらない発想の延長で考えているのではないかと思ってしまう。
議論の内容を見るとげんなりしてしまう。道州のあり方を「どの権限を委譲するか」で枠組みを決めようという土俵で議論を進めているからだ。現在の政府組織の中で方向性が見出せていない教育の問題もある。道州を跨るビジネスの扱いをどう考えるかという問題もある。司法、立法や行政、財政権などを委譲するかしないかといった議論などは単視眼かつ上から見た議論であって、現実の国民生活の問題には殆ど役に立たない。

本来、何のための政治か。誰のための政府行政組織か。一人一人の庶民のためであり、一人一人が幸せに暮らすための行政である。本質的には組織などこれが最良理想的などといえるものは存在しない。ただ現状の課題は何か。日本という国が大きくなりすぎて庶民の生活から遊離してきたことへの処方箋のひとつが道州制の議論ではないのか。そうであるならば、国防と外交以外はすべて道州に移管し日本国政府としては行政機関を置かないくらいのゼロベースの検討立案と決断があってしかるべきだと私は思う。

根拠のない前提をこしらえた議論は時間と労力とお金の無駄である。

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2006年12月12日 (火)

年末年始 万全の備えを

今年も残すところあと20日になった。年末の忙しさもひとしおの感がある。
スケジュール帳とにらめっこしながら年内に仕上げるべき仕事の日程を調整している人も多いことだろうと思う。1年の総仕上げの時期、万全の備えで明年を迎えていきたい。
昨日12月11日、裏原宿と呼ばれる渋谷区神宮前の住宅地から火災が発生し、民家を焼失する事故があった。ご家族の方の気持ちを思うとなんと申し上げていいのか...せめてもの思いでお亡くなりになった方への追善回向、冥福を祈りたい。

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