カテゴリー「安全安心」の記事

2012年5月30日 (水)

防災教育から生まれた『釜石の奇跡』-片田教授に聞く-

4/4付のブログでリンクしてありますが、改めて単独で紹介したいと思います。
今週各地で震度の大きい地震が発生しています。
3.11から1年を迎えた直後の3~4月の頃に比べて、早くも防災意識が希薄になっているなと感じます。
防災は《自助・共助・公助》のバランスと言われます。
まずは自助・共助で震災直後3日間は持ちこたえることが必須。
公助は社会インフラを含めた行政と政治の役割。
この認識を明確にして、必ず起こる地震災害に備えられるだけのことをしておきたいと思います。

「信頼に裏打ちされた絆」の大切さ。
それを多くの子どもたちの心に刻むことができた防災「教育」が果たした役割。

「防災は姿勢、心の問題」とは片田教授の言葉。
一人一人が「今できること、その時にできることを、精一杯やること」
「敵は自然ではなく、己(おのれ)自身である」と。

防災にとどまらず多くのことに通じる言葉であると感じます。

片田先生の防災教育によって、多くの子供たちとその家族の生命が救われた『釜石の奇蹟』を、「奇蹟」ではなく「想定内」にする努力を私達が続けることが、今求められているのだと感じます。

◆片田教授のインタビューはこちら↓

 防災教育から生まれた『釜石の奇跡』※前半


 防災教育から生まれた『釜石の奇跡』※後半

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2011年3月16日 (水)

福島原発 日本最大の危機 なにが何でも乗り切る。

今後の世界の未来がかかっていると言っても過言ではない。

東北関東大震災の被害は私達の想像をはるかに超えた。
地震と津波によって大きな被害を被った東北の中でも原子力発電所があった福島県で、次々と連続して起こり続ける福島第一原子力発電所での事故。
管轄する東京電力の対応に不満が集中しているのもわからないでもないが、いま最も求められているのは、この危機的状況を最小限の被害で脱出することだ。

だれもが冷静に、いま自分がなすべきことをやろう。

菅直人氏をはじめとする政府与党も東京電力の現場の足を引っ張ることはやめよう。
現場を知らない政治家の記者会見など、誰も必要としていない。
東京電力のメンバーを叱りつけるなど言語道断だ。
いま一番必死になっているのは、他ならぬ現場の人間たちではないか。
あなた方が求められているのは、国家を挙げて支援体制を整備することである。そのために必要な財源確保、特措法の成立、国際協力、民間支援との連携、避難所の確保、被害がなかった県での被災者受入れ等の広域救援の実施、支援物資や燃料類の確保と配給など、やるべきことはいくらでもある。
迅速に、叡智を発揮して陣頭指揮にあたることを強く求めたい。

首都圏を中心に計画停電が実施されている。
できる限り生活に影響を出さないようにという考え方からだろうが計画していた停電が回避されていることも多い。しかし、停電を予測して氷を買いこんでいたら停電はなく翌日になって事前予告なく停電になった、外出先で電車が運休になって帰れなくなった...様々と不測の事態が起こっている。
東京電力の方々には計画停電の実施のガイドライン、実施に踏み切る際のコンセプトをよくよく説明と周知徹底を願いたい。技術的にも「できない」「難しい」等と安直に言わずに、智恵を絞ってできる限りの社会を支える努力を発揮していただきたい。
しかしそれも人間のやることであり、未経験の非常事態下でのことだ。私達一人一人も、不手際や至らないことが多いことをお互いに理解をしよう。

首都圏を直撃する地震発生の不安も拭いがたい。
しかし非常時物資の買入れは最小限度にとどめよう。
新たな食料購入は2~3日分程度に抑えよう。
燃料類も日常生活に必要な分ずつ購入しよう。
店頭に商品が減っている最大の要因は被災地への物資提供であることを正しく理解しよう。
そして経済活動もできる限り抑え込み、消費電力削減に協力したい。
危急の仕事がない方々の出社はやめ、有給、自宅待機、自宅勤務に切り替えよう。
いま大切なことは、自分たちの利益を確保することではなく、社会として危機的状況を脱出することだ。
原子力政策や原発安全神話への批判も噴き出す気持ちもあるだろうが、いまは一切封印しよう。それはこの危機的事態を克服した時点で、思いっきり議論すればいい。

原発を管轄する直接の担当者の方々には、最大限の叡智を発揮し、迅速かつ的確な方策を打っていただきたい。想定しうる全ての可能性を網羅し、事故を事前に回避する方策を打ち続けていただきたい。人的な要素での事故はこれ以上ひとつたりとも起こさないとの決意で臨んでいただきたい。
こればかりは担当者以外の人には何もできない。

そして、私達が最も忘れてならないことがある。
それは、自身の生命を投げ出してでも、原発事故の拡大を阻止しようとしている同胞がいるという事実だ。

確実に死に直面しながら、一歩も引くことなく、淡々と、しかし強い決意で現実を直視している同胞がいる。途方もない絶望感に襲われる場面も一回や二回ではないと推察する。それでも投げ出すことなく、自身の生命を賭けて戦っている。彼らにはこの危機を乗り越えた後も、世間の激しい批判や被爆の後遺症に苦しむ後半生が待っているかもしれない。

その事実を直視すれば私達がやるべきことははっきりしている。
私達は、滅私の尊い行動に深く感謝し、絶対成功を真摯に祈り続けたい。
この危機を乗り切れるかどうか。
今後の世界、人類の未来を決する最大の正念場を、私達一人ひとりにとって間違いなく人生最大の危機的場面を、私たち一人一人の深く強い祈りと行動で、必ず乗り切るのだ。

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2010年5月24日 (月)

口蹄疫問題で種牛49頭の殺処分発表 他の選択はできないのか 

宮崎県に発生した口蹄疫問題。
エース級種牛への感染で、いま宮崎牛は存続の危機に立たされている。
東国原知事が提案した「種牛49頭の経過観察」は却下された。即断ともいえる早さだ。
その理由は「例外は認められない」と報道されている。
そうした政府の対応にあなた自身はどのように感じたであろうか?

そもそも「例外」か「例外でない」かという判断の分かれ目となる基準は何だろうか。事件の報道を見てきた一国民の意識として、それは「口蹄疫被害を封じ込める」という一点ではないかと私は感じている。
種牛49頭を殺処分から経過観察に切り替えることがその基準に抵触するだろうか。
結論は「抵触しない」。これが私の判断だ。
種牛49頭を解放するというのではない。
経過観察を続けて発症したら直ちに殺処分にするというのだから、一定レベル以上の防疫体制を取れば感染拡大を封じ込めるのではないか。一縷の望みにかけたい宮崎の人達の必死の思いが、じんじんと伝わってくる。

49頭は「生存しているだけでウィルスを撒き散らしている」との山田正彦農林水産副大臣の発言は、間違いなく、風評被害を煽っている。少なくとも、現時点では感染しているかどうかはわからない。今だって常時の防疫処理も隔離も行なっているはずであって、「撒き散らしている」という発言は、聞き流すわけにはいかない。
もし仮に、山田氏の言うことが正しいと言うのであれば、エース級種牛6頭をどうして隔離して経過観察処分にしたのか?この種牛だってウィルスを「撒き散らしている」ことになるだろう。
政府の一連の判断は、論理の整合性に欠けている。
山田氏は自分の言動を真摯に反省、謝罪すべきだ。

もし今回の決定通りに殺処分が実行されて、元々隔離していた残り5頭も感染してしまったら、残された畜産農家はどうすればよいのか?
政府はどのような対応策を検討しているのか、はっきりと示してもらいたい。
正直な印象として、今の政府の対応は、「毅然とした判断を示さなければまた国民から非難されるから一度決めたルールは絶対に守らせる」と思っているのだろうとしか、思えない。
山田正彦農林水産副大臣は「他の農家が納得しない」と発言している。たしかに全員が納得することはないだろうが、宮崎牛存続のための特例処置なら多くの農家は納得するのではないか。それは、自分たち自身の目の前の未来の生活に直結するからだ。
自分達の未来を守る対策に、多くの農家の方々が反対するとは、どうしても私には思えない。

初動から後手に回り、危機意識が欠落している政府を批判することはここではしないでおこうと思う。
それよりも、何をすることが、少しでもよりよい結果を生み出す要因とできるのか、そのことをもっと、もっと、真摯に思索し、行動することを政府関係者に求めたい。

そして、49頭の殺処分の決定を撤回し、宮崎の畜産農家の人生を守る方策を懸命に模索し行動せよ。
心ある政治家がいるのならば、いま、目の前で苦しんでいる一人の人のために、全力の限りを尽くせ。

私は心から、そう叫びたい。

【関連記事】
【口蹄疫】殺処分対象の種牛49頭の延命に賛成?反対?(Livedoorリサーチ)
種牛49頭の殺処分発表 宮崎エース級5頭だけに(47NEWS)
口蹄(こうてい)疫 山田副大臣、種牛49頭殺処分の方向性を鳩山首相や赤松農水相らと確認(FNN)
東国原知事「殺処分の49頭まだ生かしている」(読売新聞)

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2009年8月26日 (水)

本当にわかっているのか?年金問題 『今の年金制度が破綻している』という事実は、ない。

衆議院選挙の投開票日まで残り4日足らずとなった。
連日のテレビ番組では、様々なテーマで各党が主張を繰り広げているが、本当にわかっているのか?と思わざるを得ない発言が、実に多い。
それも、堂々と勘違い発言を繰り返す。「これが日本の政治家なのか」と、程度の低さにあきれてしまうこと、しきりである。

時間があれば、ひとつひとつの問題について、丁寧に説いて聞かせたいところである。が、なかなか時間もない。仮にひとつひとつ糾したとして、果たして各政党や候補者が、自らの主張の間違いを認めるだろうかという疑問も、ある(^_^;)
とりあえず、年金問題について一言だけ言っておきたい。

  『今の年金制度が破綻している』という事実は、ないのだ。

「未納が増えると年金制度は破綻する」というウソ

少し前に年金保険料の未納率がニュースになった。
国民年金納付率、最低の62.1% 記録問題・不況響く(朝日新聞7/31)
国民年金の実質納付率、3年連続50%割れ 08年度、社保庁試算 (日経ネット8/23)

この数字をもとに各紙の社説等も書かれている。
09総選挙 年金再建―対立超え安心の制度を(朝日新聞8/26付)
年金改革 党派の対立超え接点を探れ(8月14日付・読売社説8/14付)

未納4割というのは公的年金加入者全体で見ると5%前後。これは制度設計上、当初から織り込まれている見込みでもあり、仮に未納者が6割を超えようが7割を超えようが、制度運用上の支障は、ない。
これは少し調べると、誰にでもわかる事実である。
年金積立金という基金があり、一時的に入金が減るが、減った人の分の将来の年金支給額を支払わないでよいため、なんら支障はないのである。これは簡単な計算でわかると思う。かえって将来の支払い時に税金投入(現行制度で2分の1)分を使わないため、国家財政的には楽になるのである。

にも関わらず、制度崩壊の大変な事態になっている、という論調ばかりである。
政府与党を追い落とそうとする民主党、社民党にいたってはさらに露骨に「年金制度はすでに破綻している」と報道番組の討論で堂々と述べている。
しかし、新聞各紙は「破綻している」という表現はしなくなっていることに、読者の皆さんはお気づきだろうか?微妙な言い回しをしながら、将来の「無年金者」「低年金者」が増加することが問題なのだと、論点をスライドさせているのである。

無年金・低年金者対策の意味とは

年金制度自体が破綻しているのか?
無年金者、低年金者が多く生まれることが問題なのか?
※ここで言う「無年金者」とは保険料の免除を受けている人のことではなく、自分の意思で保険料を納めないために受給年齢になったときに年金を受けない人をさす。経済的理由から保険料が払えない人には減免措置があるため、本人の意思表示さえあれば支給額が減るが無年金になる割合は極めて少ない。

この両者は、明らかに違う。

民主党は「すでに破綻しているので現在の制度を破棄してイチから制度設計を!」と訴えていることは周知の事実である。
しかし、新聞各紙の論調は、明らかに変わっているのである。
しかも姑息なことに、与野党ともに無年金、低年金への対策を考え始めたと書いている。いま指摘するまでもなく民主党は制度そのものが崩壊だと主張しているのであるから新聞各紙の主張は意図的な言い換えが含まれている。

それとも年金問題の本質がわかっていないのだろうか。
朝日新聞の社説ではこんな文章が載せられている。

「今の制度は百年安心」としてきた与党側が、さすがに制度のほころびを認め、年金を受けるのに必要な最低加入期間を現行の25年から10年に短縮することや、無年金・低年金者対策に取り組むと言い出した。

この記事を読んだ読者は、無年金・低年金者対策は年金制度崩壊の象徴だと受け取るだろう。
しかし、無年金・低年金問題は、現行制度の綻びでも、何でもない。
無年金は制度を利用しない国民の自己責任に起因する問題である。
低年金は制度の根幹とは関係ないことであって、年金受給者を広く広げようという意味で、現行制度が運用されているからこそ、できる話である。

無年金・低年金者予備軍を増加させたのは、マスメディアと民主党

年金保険料の未払い者が増え、将来の無年金、低年金予備軍を増やしているのは、他でもない、マスメディアと民主党をはじめとする「年金制度破綻」主張者の責任が大きいと私は考えている。2年近くにわたって言われ続けてきた国民も、不幸である。
確かに、年金運用の未熟さがある。
豪華すぎる保養施設、やらなくていい職員の福利厚生や無駄遣い、横領だってあった。
不正や怠慢については、断固たる姿勢で、対処しなければならない。
消えた年金記録の解明も残っている。
しかし、それと年金制度そのものとは、異質の問題である。

朝日新聞の論説委員ですら、この体たらくである。
不勉強が過ぎるのか、それとも従来「年金破綻」を叫んできた自らの過ちを認めたくないのか、いずれかだろうと私は見ている。
「政権交代」を旗印にする当事者は、おして知るべしである。
おそらくであるが、「年金制度はすでに破綻している」と叫んでいる候補者の何割かは、本当に年金制度が破綻していると思っているのだと思う。
野党の執行部など責任ある方々の多くも当初は破綻していると思ったのだろう。しかし、少し勉強して、それはまったくの誤解であることに、既に気づいていると思う。

大切なのは、過ちに気づいたときの行動である。
今回の選挙を見ていて、痛切に感じるのは、自分たちの言っている主張を実現したらどんなことになるのか、本当に考えていない政党、候補者の多さである。

20090826_2 少し前の本になるが、年金について書かれた一冊を紹介したい。

「未納が増えると年金が破綻する」って誰が言った?(細野真宏) 扶桑社新書

筆者の細野真宏さんは、わかりやすい表現と解説で年金制度の本質を説明してくれている。
この本の中でも、日経新聞論説委員・大林尚氏が、不勉強のためか、明らかに真実ではない論説を書き、その誤りを社会保障国民会議雇用・年金分科会で指摘されたことが紹介されている。
※論説委員の大林氏は反論できなかったにも関わらずその後も訂正しなかった。

日経新聞論説委員・大林氏のような主張が行われるのは、「知識がないために出てくる間違い」であると細野さんは断じている。
ちなみに、この本では、いま話題になっている全額税方式の「間違い」について、数学的観点から指摘してくれている。
実に、おもしろい本である。
ぜひ一読をおすすめしたい。

不幸なのは、自分が損をすると思って、無年金者になってしまう国民自身

ともあれ、私たち日本人は、とかくメディアで語られる話に、弱い。
無条件に「そうなんだぁ」と思い込んでしまうのだ。

不幸なのは「年金保険料を払うと自分が損をする」と思い込まされて、保険料を払っていない人達である。本来であれば、その人達が受給年齢になっても年金を払う義務は、国には、もちろんない。保険料をまじめに払った人とのバランスの問題も出てくる。そんな状況がわかったうえで、無年金者にもある程度、保障をすべきかどうか、本来の保険料の何割しか払わなかった人にはどのような年金支給が望ましいかというのが、いま議論されている「無年金・低年金問題」である。

それなのに、である。
マスメディアも民主党も、破綻だ破綻だと、結果的に「無年金者」になることを煽っておきながら、いまさら何をいわんや、である。
テレビであろうと新聞であろうと、真実を報道しているとは、限らない。特に、政治に関わる事柄については、相当に偏向している者達が存在していることは、周知の事実である。
大切なのは、自分自身で、考え、判断することである。
自分の判断の結果として、無年金や低年金を選び、老後は保険会社の個人年金や資金運用で自分でまかなうというのも、ひとつの選択であろう。

そのような人が仮に国民の9割になっても、年金制度は破綻しないのである。

この点を私達は、よくよく理解しなければならない。

あとだしジャンケンか?!今頃になって制度設計を明らかにした民主党

一度わかってしまうと、いまテレビ等で繰り広げられている年金議論の一方の主張が、いかに幼稚であるかが、よくわかるのである。
その証左であろうか。ここ数日で民主党の主張が、右往左往、二転三転している。
朝日新聞でも

税財源による最低保障年金を主張してきた野党側も、民主党が基本はあくまでも全国民が入る所得比例年金であり、社会保険方式であることを明確にした。最低保障年金は、年金額の少ない人のための補完的な役割で、新たに歳入庁をつくって保険料の徴収を徹底する、との考えだ。

と指摘されているように、期日前投票も行われている今頃になって、全額税方式との主張であったことを曖昧にし、最低保障年金は補助的であり、中心は所得比例年金の保険料方式であることが明確になってきた。明らかな路線修正であり、その変遷からみても、実質から見ても、熟考を重ねてきた制度案とは到底言える代物ではない。

年金保険料だけで所得の20%も負担するのか?!民主党案

民主党が主張する新制度では・・・

所得比例は全国民一律で所得の15%を保険料として徴収する(!)
主婦も世帯主の収入の2分の1と換算して保険料を払ってもらう(!)
自営業者の保険料負担は数倍に!年収400万円の自営業者の保険料支払いは月5万円に、600万円なら7万5千円になる(現行は月14,660円)。

このような事態.を、民主党を支持している有権者は知っているのだろうか?
大幅な負担増がすぐにわかるような、杜撰なかつ危険な制度設計だ。
民主党の年金案を支持している国民が期待するような、バラ色生活ではない。
民主党が今までこの負担増を明言してこなかったのはどういう考えであろうか。
サラリーマン世帯は夫婦で所得の22.5%を負担することになる。
多くの自営業世帯では現行保険料支払いの3~5倍以上になる。
そして、この所得比例年金の保険料に加えて、最低保障年金に相当する負担が消費税として上積みされるという制度設計になるのだ。
民主党案では、実に、一家の所得の20%が年金保険料の支払いに充てられることになりやしないか?
こんな高額な保険料負担で、生活をしていけるはずがない、と私は思う。
私達はこの案が本当に適切なのか、今一度見つめ直すべきではないだろうか。

社会保障全体への視点が欠けた、行き当たりばったりの政策案

加えて今後の社会保障の大きな負担として、高齢者医療費と介護の問題がある。
民主党はこの2点について、触れようとしていない。
高齢者医療制度に至っては、制度自体を廃止し、「負担増は国が支援する」という(マニフェストNo.21)。かつて高齢者医療制度の必要性を認めた民主党の考えは間違いだったのか?と問いたい。「国が支援する」と言っているが、財源は示していない。これでは税金投入ということになり、負担を強いられるのは国民になってしまうのではないか。

今回は、時間の都合で年金制度についてのみ触れたが、他の政策(案)についても同様に吟味するべきであると、感じている。
国民の多くが、民主党を支持し、政権交代が実現するとのメディア報道が当たり前のように行われてきた今だからこそ、あえて問いたい。

この状態で、政権担当能力がある、国民の生活を支えることができると、本当に言えるのだろうか。

私たち一人ひとりの資質が、問われるとき。

百歩譲って、このような負担増も、本当に現行制度が破綻していて、新制度に移管しなければならないのであれば、我慢もできるだろう。
しかし、本当は破綻していないとしたら・・・
自分の発言に責任を取らない政治家が、実に多い。
ならば、私たち庶民が、自らの責任で行動するしか、ない。

とくに今は今後4年間の日本の社会保障、安全保障、国際平和、教育、経済、庶民の生活を大きく左右する、重大な決断の時である。
ある人が話していた一言が印象的だった。

「うっかり一票、がっかり4年」。

私達には、賢明になることが求められている。

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2007年10月10日 (水)

ジェネリック医薬品普及へ 健全な自由競争と利用者の勉強が必要

Cf153_l_2 今月8日(月)、厚生労働省は後発医薬品(ジェネリック医薬品)を普及させる目的でジェネリック医薬品の品揃えを充実させている薬局に対して調剤報酬を上乗せする方向で検討に入ったことが報道された。
現在原則として1回420円になっている調剤基本料に加算する考えだという。

立法の役割として、広範囲な社会的利益の誘導のために法的制約を設ける使命があるという面から一定の評価ができるだろう。ジェネリック医薬品を普及させることは社会保障費、つまり国民からの保険料と税金を有効に制御することに直結するからだ。
先行医薬品が研究開発等に投下した資金が回収された後で販売されるジェネリック医薬品の普及は根拠なき薬神話を是正する意味も持っている。

ただしこの調剤報酬の上乗せという措置には、ジェネリック医薬品普及のために庶民の保険料を投下するという側面がある。この点は不正受給の温床にならないよう、また調剤報酬の支払金額は伸びたが実質的な医療費は抑制されなかったというような本来の目的にそぐわない実態にならないように監視する必要がある。
もっとわかりやすくいえば、調剤薬局が報酬を得るために帳簿上の在庫量のみ貯えて実際の調剤には先発薬品を出すというような不正行為などが想定される。在庫量や品揃えだけではなく、実際の調剤薬品目をチェックする方策が求められるだろう。

ジェネリック医薬品の普及のためには、法改正のみでは不充分である。
根本的には次の3点が考えられるだろう。
ひとつは薬を処方する医師の処方時の対応の改善、ふたつには調剤薬局間の健全な自由競争、そして最後のひとつは患者自身の意識改革である。

まずは診察をした医師が患者に対して処方箋を出す際に先行医薬品名を書いてしまえば、患者や薬局の気持ちに関係なく書かれた薬品名の現物を買い求めざるを得ない。処方箋を書く際に努めてジェネリック医薬品を記載する、または追記としてジェネリック医薬品の在庫がある場合はその医薬品を出す旨を記載する意識を医師に求めなければならない。

その上で次の課題は薬局自身の姿勢だ。
どこの病院に行ってみても周辺に複数の調剤薬局が乱立している。
販売している薬は当然の事ながら価格差は、ない。
「ここの薬局で買ったらよく効くわよ」ということも、もちろんない。
そうなれば各薬局はどうやって経営をよくしていくかといえば、新規来店客数を増やすか、来店頻度を上げるか、一人当たり単価を上げるかの3つの視点しかない。
しかしさほど有効な方策を打つことができない各薬局では、店舗前に呼び込みの看板を設置したり、お茶を出すなど付帯的サービスに留まっているのが現状だ。それでもそこそこの売上があるのでそれ以上の努力をする必要を感じていないのかもしれない。格段に増加する見込がない現状の中で売上を維持する最大の要因は薬価である。そうなれば同じお客であれば価格の安い薬よりもより高い薬を売ったほうが収益になるのは自明の理だ。ジェネリック医薬品を積極的に置こうとしないのは、彼らの論理から言えば当然ともいえよう。
しかし、そこを一歩踏み込む調剤薬局の出現を期待したい。
ジェネリック医薬品を積極的にそろえることが他薬局との最大の差別化になる時代になりつつあることを自覚し実践してもらいたい。

そのためにももうひとつの視点である「患者自身の意識改革」がもっとも重要だ。
病院で処方箋を出された私たち患者は明確な基準を持たないまま、複数の調剤薬局からなんとなく足の向いたところに入って医師に指定された薬品を買って帰る。医師が処方する薬品が先行医薬品なのかジェネリック医薬品なのかを知識として有する、またはわからない時には医師に問い返す賢明さを実行したい。
ジェネリック医薬品を揃えていない薬局であれば、入店後であっても買わないで退店する小さな勇気を発揮したい。

もともとは、自分達が支払っている保険料や税金である。
こうしたひとつひとつの意識改革こそが、多額の医療費の抑制に貢献することを正しく認識したい。

《関連リンク》
ジェネリック医薬品 普及推進へ報酬上乗せ
ウィキペディア 後発医薬品

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2007年5月23日 (水)

こんにゃくゼリーで窒息死の報道にどう対応?

今日23日に、国民生活センターがこんにゃくゼリーをつまらせた窒息死が2件発生していた事実を発表したという報道に目が止まった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070523-00000132-jij-soci
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007052300959

従来メディアでは、高齢者や幼児が詰まらせる事故が多いように報道していたように記憶しているが今回の事故はいずれも7歳の男児だ。十分に咀嚼能力があっても事故が起きている。
気になって国民生活センターのHPを閲覧したが、事故後の経過を読んで驚いた。
片方のケースでは「製品の注意書きに『もし喉に詰まったときは背中を叩いて取り出して下さい』と記載されていたが、事故が発生したときに相談者が当該処置を施しても全く取り出すことができず、駆けつけた救急隊員が医療用の器具を用いて取り出したという状況だった」(HPの原文のまま)。

つまり誤って喉に詰まらせたら救急隊員が来るまで呼吸できない場合が起こりうるということだ。到着までの時間によっては死が到来する。これは深刻な事態といわざるをえない。
同HPには、EUにおいて2003年5月にゼリー菓子へのこんにゃく使用許可を撤回する決定を行っている事実も紹介されている。
日本においても行政措置が検討されるべきだ。

そしてなによりも、こんにゃくゼリーを製造販売している製造者がこの事態をどのように受け止めているかが重要な関心事だ。
私も食品製造の経営に携わる一人として自戒を込めてあえて言っておきたい。
政府や業界団体が動く動かないに関わらず、死亡者を出してしまっている事実を真摯に受け止めなければならない。現在、製造者が行なっている措置といえば、商品の包装袋等に「よく噛んで食べて下さい」「喉に詰まることがあります」「詰まらせたら背中を叩いて吐き出させて下さい」等の注意書きと、商品の大きさを小さくする、配合を調整して柔らかさを変えるといった商品仕様の変更だ。
少し勘ぐる人なら「事故が起こるのは消費者の自己責任だと思っているか」と言いたくなるだろう。メーカーとして売り続けることが大前提での目先の対応でしかないと言われて、納得のいく説明ができるだろうか。

こんにゃくゼリーを食べなくても健康的な生活を送ることはできる。
製造者自らが抜本的決断を行なうべき段階にきているのではないだろうか。

【関連リンク】
国民生活センター「死亡事故2件発生 こんにゃく入りゼリーの事故」
平成17年度家庭用品に係る健康被害病院モニター報告
株式会社マンナンライフ

【追記】その後の事件報道に関連して
マンナンライフこんにゃくゼリー製造中止に一言。(2008/10/8付)

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2005年8月23日 (火)

鳥インフルエンザ感染鶏処分方針の変更

茨城県と埼玉県で発生した鳥インフルエンザの影響は私達一般の消費者が思う以上に甚大なものらしい。
特に茨城県は全国随一の鶏肉生産密集地域であり、日本一の生産量を誇る農場での鳥インフルエンザの感染が明らかになったため、その被害はBSEにも匹敵するという指摘もある。

農水省は、感染した養鶏場への処分方針を急遽大きく転換させた。今月22日に、過去のウイルス感染を示す抗体陽性反応が出た段階で養鶏場のすべての鶏を処分していた従来の方針を転換し、弱毒型ウイルスの場合は抗体検査が陽性でもウイルスが検出されないという条件を満たす場合に「密閉型鶏舎」に限定して鶏を処分せず鶏卵の出荷も認めるという決定を発表した。

抗体陽性が出た埼玉県鴻巣市のイセファーム堤向農場に鶏を搬入した茨城県の系列養鶏場3カ所で検査が行われ、いずれも結果は陽性であり、1カ所はH5亜型ウイルスを検出した。飼育中の鶏は約207万羽であるが今回の方針変更によって処分対象は開放(非密閉)型鶏舎1棟とウイルスが検出された密閉型鶏舎1棟で飼育中の計約26万羽にとどめることができる。
単純計算で全国の鶏肉(ブロイラー)出荷羽数の一日分より多い羽数の処分を回避できたことになる。この方針変更は今回の感染がいかに大きな影響を与えたかということを端的に表している。
農畜産業振興機構「鶏肉の国内生産量」

しかし全羽処分を行ってきた今までの中小零細規模の感染養鶏場の経営者を中心に納得のいかない感情が出てくることも容易に想像できる。
今までも中小企業や個人経営者なら個人責任とされ、被害が大手資本に及ぶと税金で救済するといった泥縄のやり方を私達庶民は数多く目の当たりにしてきた。ダイエーの救済や民事再生法の適用、銀行への公的資金の投入、過去には国鉄民営化だってその一例だとも言える。国鉄時代の借金なんていまだに税金で返済し続けていることをご存知だろうか?

責任ある立場の人間には、事態の因果関係を見極め、どこまでの結果がどの程度の確率でありうるのかを見極めることが求められている。その陰での行動が不公平なく多くの庶民の納得を得るための必要要件であると思う。

直接感染防止対策にかかわることができない私達消費者としては、曖昧な風評や悪意のあるデマに惑わされない賢明な消費行動をとることが重要であると思います。そして多くの関係者が安堵し、こうした暫定的な対策を講じて得られた時間の中で、抜本的な対応策が検討実施されることを願うのみです。

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2005年7月29日 (金)

首都圏に震度5強の地震発生

今月23日(土)16時35分頃、南関東に地震が発生した。震源地は千葉県北西部、震源の深さは73km、マグニチュード6.0と発表された。東京でも足立区で震度5強、23区の多くでも震度4が記録された。
今回の地震では災害に対する備えの危うさがいくつも露呈した。

①震度情報送信の遅れ
災害対策の大前提となる重要データである震度情報の送信が、都内52カ所から東京都経由で気象庁に送信されるまで22分かかっていた。このため政府首相官邸での官邸対策室設置が地震発生30分後にずれ込んでいた。東京都の「8年前に導入したシステムの処理能力の限界」「早急に抜本的改善を検討する」コメントが報道されている。迅速なデータ送信がおこなわれるのは当然であるが、現在のITの進捗は日進月歩だ。8年間も抜本的見直しをしてこなかったのは明らかに怠慢ではないか。また今回の見直しで多額の費用を使うことにも疑問がある。インターネット等の技術を活用すればわずかな予算で高速化(いわゆるブロードバンド化)が可能ではないかと思えるのだ。この点も私達住民は監視していきたい。

②エレベータの再作動に多大な時間
現在のシステムではいったん停止したら管理会社の点検がおこなわれない限り再開ができないしくみになっていることも再開が遅れた要因のひとつだという。
これは災害時の想定がまるでなされていない。今回はビルの破損等の被害がなかったため、これでも影響は最小限だったといえるが、ビルの半壊や管理会社自体のビル破損等があったときのことも含めて緊急時マニュアルの策定が急がれる。

③交通機関に大きな遅延が発生
鉄道などの交通機関会社の皆様は本当に迅速に対応してくださって本当にありがたいと感じました。
問題はそうした都市交通に依存している生活にあると思う。こうした災害時には緊急の用事でない限り、数時間は移動を諦める等の社会としてのコンセンサスを形成することも必要ではないかと思う。実際に緊急を要する方もいるわけだからその方の移動手段を確保するという意味もある。そのように考えれば少なくとも1~2時間時間を費やす場や方法も必要となる。検討されるべき課題がいくつか浮き彫りになるのではないか。

④東京都職員・災害対策時の補助要員の半数以上が登庁せず
東京都は災害時の補助要員を確保する目的で都庁に近いエリアに約10ケ所200名の職員を対象に住居を提供している。その施設や家賃にはもちろん都民の税金が投入されている。
都内で震度5強以上の地震が発生した場合は本来の業務よりも災害対策に関係する業務を優先することが定められている。今回の地震発生に際してその日の当番(土曜休日ということらしい)であった34人のうち登庁したのは13人、わずか38%に過ぎなかった。
補助要員用住宅は3LDKで月5万円ほどで通常職員の半額程度に設定されているらしい。
通常職員でも月10万円で新宿で3LDKに暮らせるわけでそれ自体優遇されすぎではないかと思うが、今回登庁しなかった職員に対して東京都は退去勧告をするという。これも当然だが、もっと根本的な問題がある。
こうした補助要員に必要以上に税金が投入されていないか。34人の登庁を確保するために年間いくらの税金が投入されているのか。投資対効果から見れば他の施策に切り替えるべきだ。当番は200人中34人ということは6回に1回という割合。月に1.5回程度、年間で20回程度だ。これだけのためにいくらの税金が使われているのか。それよりも実際に登庁させ、休日業務にあたらせながら地震発生に備える方が無駄がない。家賃差額だけで1日3万円の休日出勤の人件費を払うことができる。住宅の維持費等がいらないのだから圧倒的に税金を圧縮できる。それで休日サービスも向上されて一石三鳥以上の効果だ。震度5強以上の地震となれば補助要員でない職員であっても登庁していれば通常業務よりも災害対策に関わるのは自然なことでもある。再考を促したい。

そして最後に私達一人一人の取組みを再度確認しないといけないと実感した。
・家具等の転倒防止や危ないものを高い場所に置いてないだろうか。
・救急非難袋は用意されているだろうか。
・近隣の避難場所(小中学校)は確認できているだろうか。
・緊急時の家族同士の連絡方法は確認しあえているだろうか。
・近隣で一人暮し高齢者や高齢者のみ世帯の方の確認はできているだろうか。
・共働き等で子供のみになっている家庭はないだろうか。 ...

災害に対しての認識の甘さを思い知らされた。

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2005年4月21日 (木)

ジョイポリスの事故が問いかける安全性への信頼

今月19日の午後に起こった東京お台場「東京ジョイポリス」での事故を聞き、大きな衝撃が走った。シートベルトを装着せずに遊具に乗った石川県の男性(30)が転落死したこの事故は一施設での事故ではなくテーマパークにおける安全神話とも言うべき信頼性が崩壊したといっても過言ではないだろう。
事故が起こった遊具は「ビバ!スカイダイビング」。ベルト未装着による危険性の認識や現場での安易な運用、事故発生後の虚偽の説明などはすでに多々報道されているのでここでは割愛するが、20日付読売新聞には同様の状況で事故になっておかしくなった男性の体験談が紹介されている。
証言は短いが本当に恐怖が込み上げてくるほどの現実感がある。様々なテーマパークや遊園地で「ここから落ちてしまうんじゃないか...」という恐怖感を感じた人は多いはずだ。またそれを体験できることがこれらの遊具の目的でもある。だからこそ絶対に安全でなければならないのだ。
「他の施設も本当に大丈夫なのか...」いま通常の感覚の人であればそう感じている。この遊具は2002年から稼動しているということだが今までよく事故を起こさなかったものだ。おそらく事故発生を予見させる現場でのニアミスは多発したはずだ。いわゆるヒヤリハットだ。
安全に対する理念のなさから起因する運用マニュアルの杜撰さ、現場での管理欠如...。いずれも商業主義から発生する集客第一主義と、ふざけとも言えなくもないおもしろさや恐怖体験の追求に目を奪われた生命尊厳の軽視に由来するものであることは私が指摘するまでもない。
おもしろければいいのか、他の施設にない独創性やスリルを追求することがそれほど大切なことなのか。今回のジョイポリスの事故が問いかけるものは深く重い。

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2004年10月27日 (水)

新潟県中越地震から5日

今月23日に発生した新潟県中越地震から5日目になりました。
発生当初は私の住む東京(練馬)では少し大きな揺れだったな、何度も続いたなという程度の認識でありましたが、被害の状況がわかるにつれ大変な大災害であることがわかってきました。
今夜も92時間ぶりに2歳の男児が救出され母親は遺体で収容されました。3歳の女児の救出は今も続いています。30人を超す死者、避難生活を余儀なくされている住民の方は10万人を超し、町丸ごと避難が続くという異常な状態が続く。
一刻も早い復旧とこれ以上の被害が出ないことを心から祈ります。

避難されている方がテレビのインタビューに答えてこんな内容を話されていた。「○○村は雪深くて不便だが台風が来なくて地震がなくてずっと住み続けられるところだって代々言われてきたのに...」

10回を超す台風の直撃と今回の地震。自然の脅威と言ったらそれまでだが、元を糺せば私達自身が関係していないことは何一つとしてない。というよりも異常気象といえるものの原因のいくつかは明らかに人間生活に起因していることは誰しも認めるところであろうし、千変万化を続ける地球にあって、中でも地球プレートの端に乗る日本列島に定住を行おうとする私達は、もっと自然や生命に対する冷静な分析眼と哲学を持つべきではないかと思うのです。そして、なぜいまこの場所なのかということに思いをはせる時、物事の見方は劇的に変わると私は思いました。

この規模の地震が自分の住む東京で起きていたら...今頃こんなことはできていません。更に死傷者は数倍に上ったことでしょう。

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