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2020年3月の2件の記事

2020年3月 4日 (水)

東京五輪は中止又は延期の決断を

世界保健機関(WHO)が今回のコロナウィルスの実態をいかに認識できていないのかがはっきりした。

WHOのテドロス事務局長は3日、ジュネーブで記者会見し、東京五輪の開催の可否についての判断は「時期尚早」、「日本は感染拡大阻止のため、すべての可能な措置を取っている」と評価。バッハ氏とは、状況を注視し、日本政府に協力していくことで合意したと述べた。

今回のコロナウィルスの最大の特徴の一つは、感染したかどうかがわからないことだ。

感染しても症状が出ない人が相当の割合で存在する。その人達が感染を拡大し、免疫力や持病があったり体力が低下している健康弱者が発症して重篤化する構造だ。

東京五輪を開催するか中止延期かの判断は、今後の日本国内での感染拡大状況には拠らない。

7月頃には欧州や南米、アフリカ等の他地域に感染が広がっていると予測するのが当然だ。中止しないと確実にパンデミックが起きる。

WHOをはじめ多くの人達は認識を正しく持たなければならない。

このコロナウィルスは、既に感染が拡大している。

いまやるべことは、自分の身近に、そして既に自分自身もコロナウィルスに感染している可能性があることを前提として行動することだ。

ここから出発して、全ての人が感染拡大を阻止する行動をとっていこう。

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2020年3月 2日 (月)

問われる一人ひとりの覚悟と行動 国民総批判の状況を転換しよう

いまコロナウィルスの感染拡大を封じ込めることが最大の課題になっています。
ひとりの生命を助けるために敵も味方も一致団結して人としての素晴らしさをみせるのは、ドラマの中だけの世界になってしまったのか。
ほぼ全ての報道番組が政府批判に終始し、ネットの発言も批判が多い。何かあると他者を批判することが大前提になっている日本のマスメディアも国民も、どうなっているのかと思います。

「失策続きで今頃になって学校閉鎖を急に発表した」というのがその典型だ。急すぎて思いつきでしかないと大バッシング。しかし一方では、遅きに逸したと批判している。そこまでやるべきなのか、効果などないだろうという世論も厳然とある。

当初は、クルーズ船に乗客を閉じ込めてよいのか、人権蹂躙ではと批判していたマスメディアも国会議員も多かった。
中国人の日本への入国制限も検討されたが、中国国内で封じ込めているかもしれない、脅威もはっきりしないどんな感染力なのかもはっきりしない人達に強権的な処置をとってよいのか、経済的な影響をどうするのかとの報道もなされていた。

一貫して政府批判ばかりがされているが、マスメディアの人達も含めて、国民一人ひとりが暗中模索でどうしたらよいのか手探りで一日一日を対処してきたのではなかったのか。
にも関わらず、自分は具体的な見解を出そうともせず、決定するのは政府の責任だと他人任せにする。

全国一斉休校まで4日しかなくて性急すぎると政府を批判する人に一言言わせてもらいたい。
一人でも感染者が出たら、その日その時点で同じ自治体内の学校が一斉に閉鎖になる。
4日間の猶予があるのに慌てふためくということは、事前に緊急時を想定していなかった事実を自ら暴露しているのだ。
政府を批判するのは完全な筋違い、はっきり言って逆切れだ。それを恥ずかしげもなく公共の電波を使ってあたかも自らが正義のようにまくし立てる。ここまできたらモンスターだ。

「コロナウィルスの感染被害が出ているのは高齢者だ、子供の行動を規制するのは大きな意味もない」と政府批判をする人に至っては、不見識を恥じるべきだ。
コロナウィルスの感染率が年齢によって違うとの知見など、誰も発表していない。
違うのは重症化する割合だ。
若年層は感染していないのではなく、感染しても重症化せず、本人も気がつかない人の割合が高い。感染の事実自体がわからないためそのまま日常生活をするのだから、結果的に感染を拡大させる危険も高齢者よりも高くなる。多くの場合、既に感染を拡大させてしまっていると考えるのが妥当だろう。

そして感染を拡大させた結果として、免疫力や体力が低下している弱者や高齢者が発症して重篤になってしまうことにもなる。
その意味で、元気だからと動き回れる、教室という密集度合が高い空間で生活する小中学生の生活を制約することに一定以上の感染拡大の抑止効果があると考えるのも至極当然の道理なのだ。
れも理解しないで頭ごなしの批判に終始している。
要するに、常に自分の考えと行動が伴わない批判をする人達が、自分の至らなさを他者に転嫁して、大きな声で他者を攻撃しているのが今の日本の現状だ。

典型的な発言を一つ紹介すると、学校が休校する状況で学童保育に行ってよいかどうかを話していた番組での安藤キャスターの言葉。
「そういう家庭をまず想定した上でどうすればいいのかおっしゃっていただきたかったなって。一番しわ寄せがいく家庭を前提にして、こういう政策を出してほしかったなって、すごく思います。」
なるほど。ではそのような家庭を前提にしたら具体的にどのようにしたらよいか、安藤キャスタが発言提案すればよいのでは?批判はするが具体的にどうすればよいか、安藤キャスターからは一言もない。あなたも感染拡大を防止したいと思う一国民ではないのかと言いたい。
安藤キャスターだけではない。ほぼすべてのキャスター、コメンテイターが同様であり、批判されるのを覚悟で言えば、国民の大半がそんな思考状態に陥っている。

ネットを含めた批判者の多くが自身の考えに固執していて、発表された国策をどうすればより効果的に運用できるかの前を向いた発言はほとんど見られない。
無責任なのは自分自身だとの謙虚な気持ちを持ちたい。実際に一日違うだけで、また新たな局面を知ると、別の見解を持ってしまうのが今の私達の悲しい現実なのだ。

全部の人達が賛同できる方策は現実にはほぼありえない。全てが完璧な具体的な行動などあり得ない。
どんな施策でもメリットとデメリットがある。デメリットがあるから批判するのではなく、それらを比べて、より効果が高い方策に改善して実行していくのが今の局面だ。
皆が智慧を出し合ってデメリットを最小限にとどめ、メリットを最大化していく努力を、皆が、それぞれの持ち場で、する。

目指している方向が違っているのなら激しく批判するべきだが、方向が正しいのであれば皆が一致団結して危機を乗り越えていくのが人として当たり前の行動だと私は思う。
今は批判ではなく、行動する段階だ。

地球規模の危機を目の前にしても、自身の国家リーダーを批判し国を挙げての努力ができない日本になってしまったのかと暗澹たる思いになる。
安易な批判をする人の発言も放置してはならないと思う。一人一人が自身の考えをはっきりとさせて声に出していこう。
そして自分が今日、今いる場所でできることを着実に実行していく。それが今日の自分が為すべきことだ。

さあ!今日も自らが主体者との思いで、目の前の課題に全力で取り組もう!

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