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2013年7月13日 (土)

第98回 桂冠塾 『背教者ユリアヌス』(辻邦生)※前半

0986月29日(土)に今月の桂冠塾(読書会)を開催しました。
今月と来月の2回で辻邦生作『背教者ユリアヌス』を取り上げます。

この物語は紀元334年秋からローマ帝国を舞台にして展開されていきます。

■物語のあらすじ(1) ガリアに赴くまで          

紀元293年に始まった四分割統治(テトラルキア)制度下で副帝であったコンスタンティヌスは4皇帝並立の混乱期を経て、324年にローマ皇帝に就きます。彼は首都をビュザンティオンに遷都。古代から続くローマ帝国が西方中心から東方中心の国家に変質する時代を迎えます。
また彼はキリスト教の洗礼を受けた最初の皇帝となり、キリスト教を国教に定めて、結果的には古代ローマからの文化と神教が衰退へ向かう端緒にもなりました。

大帝と呼ばれていたコンスタンティヌスの死後、帝国は3分割され3人の子供達がそれぞれ正帝となります。この時、コンスタンティヌス大帝の弟であったユリウス一族が3兄弟の疑心暗鬼から一族抹殺を画策されます。
ユリウス一族の中でかろうじて虐殺を免れたのが年少であったガルスとユリアヌスの幼い兄弟でした。
その後、3正帝時代が短く、叛乱等を経て次男コンスタンティウスに権力が集約されていきます。

ユリアヌスは暗殺の危険に晒されながらも、多くの友人や学問の師匠を得てギリシア哲学を愛する青年へと成長していきます。その間もローマ帝国は内紛と暗殺、外敵との戦争が続き、政治的にはエウビウスを筆頭とした宦官が暗躍。私腹を肥やす輩が跋扈し、癒着と驕慢が蔓延する伏魔殿と化していました。
ユリアヌスの兄ガルスは一族の復讐を忘れずに生き抜き、皇帝となっていたコンスタンティウスの皇族による統治の考えによって副帝(カエサル)の地位と皇帝の妹コンスタンティアを妃として西方ローマの統治を行ないます。しかしコンスタンティアの野望と自身の驕慢さから皇帝への謀反の疑いをかけたれて処刑されます。

そして、政治への野心も興味も全く持たないユリアヌスに副帝の使命が舞い込んできます。その陰にはコンスタンティウス皇帝の疑心暗鬼、そして皇妃エウセピアとユリアヌスとの運命的な出会いがありました。
皇帝のもう一人の妹ヘレナと結婚させられて、西方に位置するガリア統治のために若き哲学青年ユリアヌスが任地へと赴いて行きます。

まったく野心というものを持たない青年ユリアヌスの無欲さが、彼自身の人生を過つことなく前に推し進めていく様子が丁寧に描かれています。
ユリアヌス自身が無欲で純粋であるがゆえに、彼を取り巻く人達や環境が彼を支えている。そして時代がユリアヌスを必要としたとき、今まで培ってきた哲学が大きく花開く時を迎えます。

■物語のあらすじ(2) ガリア統治~そして皇帝ユリアヌス誕生

当時のガリアはゲルマン民族の侵略に脅かされていた。
ガリアに向かうユリアヌス軍は、内部には宦官達の謀略を抱えつつも、ユリアヌスの率先垂範の指揮のもとに次第に団結してゲルマン部族を制圧し、ガリア地方の統治領域を回復していきます。

一方、東方の脅威であるペルシア討伐に当たっていた皇帝コンスタンティウスは苦戦していた。折しも皇后エウセビアが逝去。宮廷会議ではガリア騎兵隊のペルシアへの転属が議論されていた。ガリア兵はアルプスを越える地方に動員してはならないとの法律を無視を議論であったが、その裏にはユリアヌスの主要戦力を削ごうというエウビウス一派の陰謀があった。
謀反の噂を吹き込まれて疑心暗鬼になった皇帝コンスタンティウスは、ガリア騎兵隊のペルシア転属の命令を発した。
命令を受けて苦悩するユリアヌス。
皇帝コンスタンティウスに怒りは爆発するガリア兵たちは、命令を受け入れる苦渋の決断をしたユリアヌスを自らの皇帝として担ぎあげた。

■物語のあらすじ(2) 名実共に皇帝ユリアヌスへ そして逝去

対決か和解か--。
いずれになろうとも皇帝コンスタンティウスと会わねばならないユリアヌスは、首都コンスタンティノポリスに向かう。鬼神とも思える統率力でガリア軍を短期日で首都に迫るユリアヌスのもとに皇帝コンスタンティウスの訃報が届く。
しかもコンスタンティウスは後継の皇帝としてユリアヌスを指名していた。

名実共にローマ帝国の皇帝となったユリアヌス。
ギリシア神教の復興、内政の立て直しなどやらねばならない懸念事項は山積していたが、一番に着手すべきはペルシア平定であった。
万全の準備をして出兵。貴重な運河の情報を得る幸運にも恵まれ、ペルシア軍の本拠地へと迫る。しかし全軍をニ手に分けて挟み打ちを行うという戦略案によって結果的に兵力を半減したローマ軍は壊滅的な敗退を喫することになる。

敗走するローマ軍は天にも見放されたのか、ペルシア軍の謀者の策略に落ちてメソポタミアの砂漠をさまよう。そして迷走の最中フリギアの地で、ユリアヌスはペルシア兵の投槍で一命を落としたのである。

363年7月。皇帝旗に包まれたユリアヌスの遺骸と共に夕日の中をメソポタミア砂漠を北に進むローマ軍の姿が描かれつつ物語は終わります。

考えてみたい論点等については次回(後半の7月度)に述べたいと思います。

【桂冠塾の当日の開催内容等はこちら↓】
http://www.prosecute.jp/keikan/098.htm

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