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2010年9月26日 (日)

特捜幹部の危機意識の欠落こそが問題だ

大阪特捜部主任検事による証拠捏造疑惑事件。
何が真実なのか、いまだもって判然としない事件だ。
何を思って、何を意図して改ざんしたのか。無意味な行為だという見方が大勢を占めている。
特捜部副部長や部長も同様の見解から、公判に与える影響は全くない幼稚な行為、無意味な行為として無視をすることを決め込んだのではないかと思われるふしもある。
今後の捜査の焦点は、組織的な隠蔽があったかどうかに絞り込まれるのだろう。捜査を行なう最高検は組織犯罪であったかどうかと追及し、特捜部長、副部長は意図はなかったと主張するという構図になっていく。

しかし彼らは根本的に事態の重大性がわかっていない。
確かに事は大して重大でもなく、オタクな検事がやった個人的行為かもしれない。
もしそうであれば早々に公表し当該の検事を処分すべきだった。
なぜならば、最も危惧しなければならないことは

「今回は幼稚な工作だったから相手にさえされなかった。
 しかし検察ってところではこんな証拠捏造が他にもあるのではないか。
 今までにも巧妙にやっていて見つかってない証拠捏造があるのでないか。」

という不信感を抱かれてしまうという事態に陥ってしまうことだ。

法の番人の一角を担う検察は、こうした国民からの不信がわずかでも生じることがあってならない。その危機意識が特捜部、そして検察庁そのものに完全に欠落しているのではないか。
国家における三権分立のなかでも司法に関わる者達への信頼は、非常に高い。無条件に信頼している向きもある。制度的には行政組織の中にある検察であるが、刑事訴訟の9割以上が検察の方針通りに結審する日本の法体制における検察なかんずく現場を担う検事の役割は、司法の正義に不可欠絶対と言っても過言ではないだろう。
今回の証拠捏造事件は、そうした国家的国民的信頼を根底から覆す重大な犯罪行為であることを肝に銘じなければならない。

建設は死闘。
破壊は一瞬。

一度芽生えてしまった不信の芽は、そう簡単に摘み取ることはできない。

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