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2009年7月 9日 (木)

少なからずの違和感 『都議選は衆議院選挙の前哨戦』

私の住む東京では今月3日、東京都議会議員選挙の告示を迎えました。
12日の投開票日まで各候補の主張が繰り広げられることだと思います。

マスメディアでは衆議院選挙の前哨戦と位置づける報道が相次いでいますが、都民である私からみると少なからずの違和感があります。
たしかに首都東京の政策が国政をリードしてきたという歴史があり、都議選での有権者の動向が直後の国政選挙と同様の動きをするということも事実ですが、都道府県は知事の力が絶大であり、議会内の勢力分布ではなく、知事の政策を支持するかどうかで政権与党かどうかの判断になります。
その意味では「首都東京から政権交代」という言葉は、完全に国政に向いた主張で、都民不在ということであり、完全に争点がずれている。
有権者が「そうなんだ」と思ってしまうとしたら、結果的に悪意のあるミスリードと言わざるを得ない。
都議会議員は東京都民の代行者であり、都民生活にどれだけ寄与しているか、また今後4年間で何をやるのか、その実績、政策、資質で判断するのが、あるべき姿ではないか。
これは東京都議会議員選挙に限らず、地方行政、地方自治における有権者の判断基準であると私は思います。

「政権交代か政権継続か」が議員選挙で問われるのは、議員内閣制が採用されている国政における判断になります。
そのうえで、政権継続か政権交代かを考えるのは一定の意味があると思いますが、枠組がどうかは最重要ではなく、何をやるのかで判断していかなければ「顔ぶれは変わったが中身は似たり寄ったり」になりかねない。場合によっては、今よりも悪い結果になる危惧もある。
この点は今回の争点ではないので、また機会があれば語り合ってみたいと思います。

皆さんはどのように感じておられるでしょうか。

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