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2008年10月10日 (金)

マンナンライフこんにゃくゼリー製造中止 に一言。

こんにゃくゼリー製造最大手のマンナンライフは今月7日、7月に1歳の男児が窒息死した同社商品・ミニカップ入りこんにゃくゼリー「蒟蒻(こんにゃく)畑」の製造中止を決め、卸売各社に通知した旨が報道されている。

この措置の理由としてマンナンライフは「警告マークを大きくするなど行政(農林水産省)に要請された改善策に応じられないため」としている。また「商品が危険だから製造中止にするわけではない」ということで自主回収はしないのコメントも報じられている。

個人のブログ等をみてみると農林水産省の指導に対して概ね批判的、マンナンライフに同情的、自己責任がとれない消費者の身勝手というような意見が主流のようなので、一言書いておきたいと思う。
私個人の意見としては、農林水産省の指導も、マンナンライフの措置も妥当であったと感じている。これは2007年5月に死亡事故が公表された際に当ブログでも指摘してきた通りである。
→《こんにゃくゼリーで窒息死の報道にどう対応?(2007/5/23付ブログ)

あらかじめ断っておきたいが、「消費者の自己責任がない、責任は全て製造者側にあるんだ」と言っているわけではない。
とかく自論に固執した人は、どんな文章を読んでも一定のバイアスがかかり、歪んだフィルターを通して読んでしまう。自身の考えと合致しないと激しく攻撃的になる。
匿名のブログや投稿では、特にその傾向が著しい。

確かに今回のマンナンライフ社の姿勢には少なからずの不満もある。
最初の事故からは相当の時間が経過しており、遅きに逸した感が否めない。
同社コメントからは「本意ではないが行政のせいで製造中止する」「我々メーカーや商品自体に何の問題があるのか」という不承不承対応したという姿勢が明白だ。だから事故になった当該商品一品のみしか製造中止にしないのだろう。本当に納得しないのなら対応しなければいい。「弱みを見せたくない、自社の強気の姿勢を崩したくないが、今後何かあったら面倒だ」としたらこんな対応になるだろうというような勘ぐりも出てくる。
死亡した遺族の方々は、激しい怒りを感じているに違いない。
食品製造に関わる者の一人として、経営者として、もっと誇りを持って潔くあってほしいと思う。

確かに製造中止すればそれでいいのかという問題もある。
子供が喉に詰まらせないのは保護者の責任だというもっともらしい意見も多い。
しかしこんにゃくゼリーは、元々存在する食品形態ではない。
こんにゃくメーカーが自社が取り扱う原材料を使った新商品が開発できないかと考えて、市場に出してきた独自商品である。
また、死亡事故で亡くなったのは子供だけではない。高齢者もこんにゃくゼリーを喉に詰まらせて死んでいる。
これは自己責任だと言って片付けてしまって良い問題だろうか。

他のブログ等での発言を見ていて気になるのは、どうも一面的にしか物事を見ない人が増えているのではという危惧だ。
たとえば「喉に詰まらせて死亡している食品は他にもあるのに『こんにゃくゼリー』だけが危険視されている」という論調がある。例として取り上げている食品が「もち」である共通点があり、だれか最初に記述したコメントに多くの人が同調したのかもしれない。
確かに餅を食べて死亡する人も後を絶たない。その意味では餅製造業者への喚起を促す必要があるかもしれない。
しかし、大きく異なる点がある。
それはこんにゃくゼリーには、類似した大きなゼリーという商品市場があることだ。こんにゃくゼリーはこのゼリー市場の一部ともいえる。この元々の「ゼリー」の食べ方として、あまり噛まないで呑み込むシーンが多くあるという状況が事故を生む背景なのだ。言い換えれば、飲み込んで食べる「ゼリー」のカテゴリでなければこのような事故は起きていないともいえる。
元々存在する「ゼリー」と同じような食べ方をして死亡するという悲劇が生まれているという状況を正確に認識しなければならない。事実、私の家族も普通のゼリーだと思って「こんにゃくゼリー」を買ってきたことがある。こんにゃくゼリーを呑み込んで食べると子供だけではなく大人も窒息する危険があるということを知らない人も多い。
そして、問題なのはこんにゃくゼリーを一度喉に詰まってしまうと水を飲んだり、逆さにしても排出しにくいという点も挙がられている。
事件の記憶は簡単に風化する。何らかの形で商品購入時の注意喚起を行なうべきという指摘にはそれなりの妥当性があるのではないか。
もちを喉に詰まらせるのとは状況が明らかに違うことをよく理解すべきだろう。

厚生労働省は「製造を中止しろ」と要請しているのではない。
一般の「ゼリー」と違って、「こんにゃくゼリーは噛まないで呑み込むと喉に詰まらせて死亡する危険がある」ということをもっと購入しようとする一般消費者にわかるように告知してほしいという趣旨である。
他のブログ等での発言ではこの点を勘違いしている者さえいる。

製造者の立場としてすべきことは
①消費者に「正しい食べ方をしないと死亡に至る危険がある」ことをはっきりとわかる形で告知する
②消費者がメーカー側が想定していない食べ方をしても危険が発生しないように商品を改良する
という処置を講じる必要があると私は感じている。
マンナンライフと事件にあった購入者のどちらに責任があるのか、というような問題ではないと私は思う。
それぞれがそれぞれの立場でよりよき関係を目指して努力すべきではないか。確かに「行なう必要はない」という意見もあるだろう。それはそれとして一つの意見だ。だから厚生労働省も強制力のない「要請」というお願いで留めているのだと思う。

私も食品製造販売に関わる者の一人として自戒を込めて申し上げたい。
食に関わるということは、生死に関わることだ。
製造者自身の目の前で、目の届く限られた範囲で食べていただける環境なら、まだいい。
しかし流通にのせて、より多くの消費者の皆様に食べていただくということは、予測不可能な事態が発生するという事業選択を行なったということだ。
そうした不測の事態が発生した時には、その当事者として被害を被った消費者の立場に立って、最善の措置を、迅速に、最大限の誠意をもって対処するしかない。

それができないのであれば、小さく、目の届く範囲で商売することだ。
マンナンライフの今回の対応は、昨今の食の安全の問題と同根である。
今回の対処についても、厚生労働省やマンナンライフが「事故を起こした消費者の自己責任である」という発言をしたとしたら、それはそれで大きな問題になっているだろう。
多くの人達の利害が絡み、関係する人の立場が複雑になっている現代においては、大多数の賛同を得る対応が見つからないことも多くなってきている。
どのような処置、態度をとっても賛否は激しく巻き起こるだろう。
私たち庶民は賢明な目で、物事の本質を見抜いていくことが求められている。

【関連リンク】
国民生活センター
<こんにゃくゼリー>マンナンライフが製造中止(yahoo!毎日新聞ニュース)
こんにゃくゼリーで窒息死の報道にどう対応?(2007/5/23付ブログ)

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コメント

 愚かな事故によって販売中止となった「コンニャクライフ」の今後は、あまり悲観的になる心配はいらないと考えます。
 なにしろ、製品の表示が不備だったという単純な問題を是正すれば、製造販売は可能なのです。それには、多少時間がかかります。たった70人の小さな会社では、パッケージの改善・新規発注は簡単なことではないのです。
 この際、監督官庁が命令だけでなく「現実的な改善原案」を提示してくれば、早急な販売再開が可能になったはずなのですが残念でした。合法的な表示を検討するにも、これが弁護士の少ない地方ではなかなか大変なことなのです。
 とにかく、おそらく数ヶ月以内に販売は再開されるはずです。

投稿: ナン | 2008年10月23日 (木) 08時02分

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