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2008年10月25日 (土)

第43回桂冠塾 『長距離走者の孤独』(アラン・シリトー)

043_1 10月18日(土)に今月の桂冠塾(読書会)を開催しました。
今回の本はアラン・シリトー作『長距離走者の孤独』です。

この作品を一番最初に読んだのは中学生の時だった。社会の体制に反発する主人公の少年に著しい共感を覚え、喝采を贈ったことを鮮明に記憶している。「長距離走者の孤独」というネーミングと共に、大人にわかってもらえない自分自身が秘めている10代の多感な少年の心を描き出してくれたような思いだったのだろうか。

あれから30年余りが経過した。
その間、『長距離走者の孤独』はマイベストブックの一冊としてその地位を維持し続けていた。今回の桂冠塾にあわせて再読した、その読後感はというと...正直に話すことにするが、「この作品って意外と平凡なものだったのだろうか」という認識に急降下してしまった。

たしかに、独特の語り口は読者をして一気に読み終えさせる力がある。
しかし有り体に言えば、社会に反発する10代少年を描いた青春小説ではないか。
作品の構成も3章立てでシンプルだし、大きなメッセージ性は見当たらない。
この作品を初めて読んだ時の感激というのは、やはり私自身が10代の少年だったからで、その後の社会経験を積んだ目からみれば際立った名作とも言えないのではないか。
・・・そんなふうにも感じてしまうほど、平凡な作品に映ったのだ。

しかし、それだけの作品だと断定するにはどこか違和感が拭えない。
なにか、なぜか、しっくりこないのだ。
このふわふわした感覚はなんだろうか。
そう思いながら、私は毎回の桂冠塾で行なっている定型の手順を踏むことにした。
それは、作者のプロフィールと作品の背景をまとめることである。
『長距離走者の孤独』が発表されたのは1959年。前年に発表した『土曜の夜と日曜の朝』と共にシリトーが結核療養中のマジョルカ島に滞在していた時の作品である。
シリトーの経歴と作品の時代背景を少し調べてみると、大きく2つの要素があることに気づかされる。
それは
1)世界を巻き込んだ戦争の時代
2)歴史の重みを持つイギリスの階級社会 である。

特に『長距離走者の孤独』を読むにあたっては、イギリスの階級社会への認識を深めることが必須である。イギリス社会における階級とは日本人の私たちが考えている以上に、強大で浸透しきっていると考えるのが妥当なのだろうと私は思う。
ここが理解できないと、この作品が「社会体制に反発する若い不良少年を描いた青春小説」になってしまう。
『長距離走者の孤独』はイギリス階級社会が内包している構造的矛盾、絶望感を描き出しているのだ。
日常的な少年犯罪や庶民の会話の中から丁寧に紡ぎ出している。
この作品が名作と称される由縁である。

しかし、ある一面、限界を感じさせる作品でもある。
それは、今感じている現実に積極果敢に立ち向かい変革しようという意思の存在を感じないからかもしれない。不満や抵抗する純粋な気持ちが描かれているが、あくまでも社会体制の枠組の中での感情にとどまっている。そこがどうしても好きになれない。反発するのなら、その気持ちをより創造的エネルギーに転換すべきであると思うのは私だけではないだろう。
ただ、当時の社会にあって作品を書き続けたアラン・シリトーの意志の強靭さは大いに評価されるべきだと思う。

主人公のスミス少年は大きなタイトルがかかった大会、イギリス全土の感化院の代表で争われる全英長距離クロスカントリー競技のボースタル・ブルーリボン杯を手にする直前に、走ることを止める。
それは彼が綿密に計画してきた反抗の切り札だった。
虚しさを感じる一面、痛快さを感じる、当作品のクライマックスといえるだろう。

この一瞬だけは、明快に勧善懲悪の構図が現れてくる。
少年時代に読む読まれる作品には、どうもこの形が多いのかもしれない。
しかし読み終わってみれば、スミス少年は感化院を退院(出所)したあとも、窃盗を中心とした生活を改めることは、当然ながら有り得ない。一撃を食らったはずの体制側の人々にあってはもちろん、何の変化もない。
しかし、それが現実の生活なのであろう。
人生を一瞬で転換できるような、劇的な出来事というものは一生の中で一度も起こらないのかもしれない。大きな力の前で自分自身の非力さを痛感することも多い。具体的な解決方法などまったく思いつかない....そんな状況にあっても一歩ずつでも、前へ前へと進むことができる人が偉いのだと、私は思う。

アラン・シリトー作『長距離走者の孤独』は、やはり名作である。

【関連リンク】第43回桂冠塾実施内容

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