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2008年9月 3日 (水)

平和を創る人間をめざして 玉井秀樹准教授の講義を受講

8月31日(日)、今年の創価大学夏季大学講座の最終日である。
今年も玉井秀樹准教授(創価大学平和問題研究所長)の講座を受講した。
玉井准教授の講義は一昨年、昨年に引き続き今年で3年連続の受講である。
今年のテーマは「平和を創る人間をめざして」。サブタイトル「創立者の平和提言に学ぶ」とあるように、池田大作創価大学創立者の平和提言、すなわち1.26を記念したSGI提言を平和学、世界平和構築の視点から考察しようという内容である。

この内容は昨年、一昨年ともレジメには講義予定といて記載されていたが、時間切れのためであろうか多くの時間を割り当てることのなかった内容である。
大いに期待をしながら受講に臨んだ。
講義は大きく3つの視点で行なわれた。すなわち
(1)平和学の教科書としての平和提言
(2)2001年以降の平和提言のポイント
(3)第33回(2008年)平和提言で示された「宗教のヒューマナイゼーション」とは
である。

■平和学の教科書としての平和提言

まず最初に、過去に行なわれた平和提言の多くがその後実現していることの意義を見ていった。
1968年 日中国交正常化提言 → 1972年 日中共同宣言
1983年 米ソ首脳会談の提案 → 1985年 レーガン・ゴルバチョフ会談 
2004年 国連復興理事会の提案 → 2005年 国連平和構築委員会
2008年 クラスター爆弾禁止の提言 → 2008年 クラスター爆弾禁止条約
これらの実現を偶然だとか評論家的予測だか言うのは容易いだろう。これが評論なのか、この提言によって世界が動いたのか。それはそれに関わった当事者達の証言によれば明白になる。彼らは「池田先生に提言していただいた事実が大きい」と証言している。
この歴史的証言をなぜ日本のマスメディアや有識者、為政者達は正視眼で評価できないのか。ここに人間の持つ魔性が潜んでいると思われてならない。

池田先生の個々の平和提言は文章的には前半、後半に分けて学ぶことができる。
前半はその提言を行なったときの時代精神の本質を語り、後半はそのときの国際社会の課題と具体的提言になっている。
全体としては平和運動、平和問題の現状を俯瞰しつつ、その時点での最も重要な施策を抑えていると言える。
では、なぜそのことが世界の指導者達に啓発を与えることになるのだろうか。
されは多くの場合、行うことができる方策というものは検討尽くされていることが多いからではないだろうか。言い換えれば様々な多岐にわたる方策が示されはするが、その中から何を選んで実行すべきかに悩んでいる、とはいえまいか。
池田先生の平和提言はそうした判断基準とも言うべき時代精神の本質を明確にわかりやすく説き、数多くある方策の中からいま行なうべき最重要施策を優先順位をつけて提示しているからこそ、多くの指導者に受け入れられているのではないか。
講義を受けながら、そのように感じた。

講義の後半は、ではなぜ池田先生はブレことなく的確な提言を行う続けることができるのか。その疑問にも答えを見出すことができるだろう。

■2001年以降の平和提言のポイント

ここでは各年毎の平和提言のポイントを年代を追って学んだ。
どの年も重要で価値ある提言内容であるが、あえて特筆すべきは2002年の提言といえよう。前年の9月11日にアメリカ同時多発テロが起こった4ケ月余り後の提言である。
日頃ほとんど池田先生の行動を報道することのない日本のマスメディアがこぞってこの年の平和提言を取り上げた。その論調は「池田大作SGI会長 テロリストに対する武力行使を容認」という内容だった。
この表現が提言の全体像を正しく言い表しているかどうかは提言全文を読むとよくわかる。Yes-Noの二者択一的な表現によって本質が歪められる典型的な事例だ。
確かに池田先生はこの提言において、大きく踏み込んだ。
しかしその本質は変わらず仏法の中道主義にある。
それは「”殺の心を殺す”という自己規律」と人間性への信頼に基づく文明間、宗教観対話に解決の方途があるとする池田先生の本提言の主張に端的に凝縮されている。
その後の平和提言においても、無差別テロに対する戦いは「対話」の力によるしかないことが毎年のように繰り返されていくのである。それは大量破壊兵器を撲滅する戦いにおいても全く同様である。

こうした平和提言の流れの中で本年2008年の第33回SGI提言を見ていく。

■第33回平和提言で示された「宗教のヒューマナイゼーション」とは

今年の提言にあって、大きくクローズアップされた概念が「宗教のヒューマナイゼーション」である。
池田先生は提言の中で次のように述べている。

私どもが標榜する人間主義とは、使い古されてすっかり手垢のついてしまった、それ故さしたる共鳴を響かせなくなってしまったヒューマニズムではない、万事に「原理」「原則」が「人間」に優先、先行し、「人間」はその下僕となっている、そうした”原理主義への傾斜”と対峙し、それを押しとどめ、間断なき精神闘争によって自身を鍛え、人間に主役の座を取り戻させようとする人間復興運動なのである。

この意味を現実の闘争の中で咀嚼し、行動の基盤としていけるか。
そこに私達の挑戦の本質があるといっても過言ではないと思うのである。

講義の中では、平和学、平和運動の現状や紛争解決研究などについても紹介があった。
紛争は危機でもあり、機会でもある。
発想の転換の重要性。
環境の悪化は経済格差(貧困)の拡大と密着している。等々...。
様々な気づきをいただいた講義であった。

講義の中で1992年の国連総会で演説した12歳の少女のスピーチを映像とともに聞いた。
「子どもでもわかることがなぜ大人のあなたたちにできないのか?!」
心に突き刺さる言葉であった。

名古屋の永田さんとも初めて顔をあわせて挨拶もでき、有意義な一日となった。
次の受講の機会を楽しみにながら創価大学をあとにした。

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