第35回桂冠塾『人形の家』(イプセン)
2月23日(土)に2月度の桂冠塾(読書会)を開催しました。
今月取り上げた本はイプセンの『人形の家』です。
作品が発表された当時、女性の人権確立が叫ばれていた時代背景とも重なって、女性の自立と権利を主張した作品のように思われがちですがそれにとどまる作品でないことは読み返してみると明白です。
人の幸福とは何か?
人は何のために生きるのか?
こうした生命の本質的な問いかけが随所にちりばめられています。主人公のノーラ(以前の訳本ではノラ)とその夫ヘルメルのすれ違う会話の本質は、価値観の相違そのものでありました。
舞台が開いた時にすでに行われていたノーラの違法行為。ヘルメルにとってはストレートに違法かどうかが問題であるのに対して、ノーラはその行為の動機や目的が一番大切だと思っている。思いが純粋であるのだからその行為は罪ではないと法律書のどこかに書いているはずだと、頭から思い込んで微塵も疑わない。
ノーラへの金銭の貸主であり、夫ヘルメルの就任先の部下になる男であり、かつて手形の偽サインで社会的に失墜しているクロクスタに、脅迫に似た要求を突きつけられて、ノーラの過去の違法行為が白日の下に晒された時。
彼女とヘルメルの状況に対処する姿とその行動理由が実に対照的だ。
そして、リンデ夫人の役回りと絡まってクロクスタがノーラの違法行為の暴露を放棄したあとのヘルメルの豹変振りは決定的だ。
失笑さえ出てくる場面だが、しかし、ヘルメルのとった行為を浅はかだと誰が言えるだろうか。
ヘルメル的行為は、私達の日常生活の中で、実に頻繁に行われており、常態化している。
しかしそのヘルメルの行為がノーラにとって決定的だったのだ。
それはイプセンにとっても、私達読者にとっても、人として何を基準に行動を決定するのか、何のために一緒に生き行動するのかという本源的な問いかけである。
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