第33回桂冠塾『フューチャリスト宣言』
年の瀬も迫った昨年12月22日(土)14時から、2007年最後の桂冠塾(読書会)を開催しました。
遅くなりましたが、少し触れておきたいと思います。
第33回で取り上げた本は『フューチャリスト宣言』です。
タイトルや対談している両者のプロフィール、本の帯などを一見すると、Webをめぐるいまどきの話題本の印象もあるかと思います。対談者の一方の梅田望夫さんの名前を見てグーグルを絶賛する本かと判断してしまう人も実際におられました。それはあながち間違いだとは言い切れない面もありますが、それだけだと思って「Webに関心がないなぁ」と読まないで通り過ぎるには惜しい本だと思います。
この本は4つの章で構成されている。その後にお楽しみ付録のように梅田氏、茂木氏それぞれの特別授業と題した講演内容が掲載されている。この2つの講演は本文の対談を理解するうえで補完的な役割も果たしている。
第一章 黒船がやってきた!
第二章 クオリアとグーグル
第三章 フューチャリスト同盟だ!
第四章 ネットの側に賭ける
第一章でいう「黒船」とはまさにWeb世界が到来したことを表現している言葉だ。江戸時代末期における黒船襲来は「日本以外にこんな世界があったのか」と当時の日本人の目を開く役目を果たしたわけだが、Webはまさにそんなカルチャーショックだったということだろう。
クオリアという言葉は茂木氏が多用する単語だ。心の中で感じる様々な質感、という意味を持っている感じだという。あくまでも、感じ、というところも重要なようだ。
Web上で重要となる経済行為はサーチ(検索)とチョイス(選択)であり、両者がないと完結しないと論じる。このチョイスに深く関わるのがクオリアの世界だ。
ここ数年、Webが劇的に深化してきているが、ある側面から見れば、個々人のクオリアをにフィットする検索が可能になりつつある、ということでもあろう。
ここでいう経済行為とは、必ずしもビジネスということで使われている言葉ではないと思われる。物理的な要素を伴うもの全般を経済行為を呼んでいると理解するほうがわかりやすい。つまり、リアル社会でコストや金銭がついて回る可能性があるものというニュアンスだろう。
これらのテーマ以外にも多彩な話題が話し合われている。
特に心に残った論点をいくつか指摘しておきたい。
それは
・ネットのこちら側と向こう側
・リアルの世界についてまわる時間とお金こそが不自由さの象徴
・ネットの向こう側は無償の世界が中心に回る
・グーグルはWeb世界の覇者になる
・リアルの世界は必ず残る。不自由だからこそビジネスチャンスがある。
・急激に変化せざるを得ない個人と組織の関係
こうした表現や論点に象徴されるWeb世界の劇的な進化である。
それはリアルな社会、世界と同一かそれ以上の広がりを持っているものである。それ以上と表現する根拠として、時間や空間、そしてそれから派生する形での貨幣の概念を超越した全く異なる価値体系が存在する可能性があるからだ。
梅田、茂木の両氏はそれぞれの経験とフィールドの視点からこれらのテーマを縦横に論じ合っている。その一例がWeb1.0と2.0の根本的違いについてだ。
このテーマは、時代の寵児といわれているようなある人物が、浅薄な理解のまま堂々と発言しているのを読んで唖然とした記憶が生々しい。リアルなビジネスや行為の補完として「利用する」Web1.0の世界と、リアル世界と全く別途で完結するWeb2.0の世界とは、似ていて異なる異次元空間が広がっている。
そうした違い等を考察していくと、私たちが漠然と思っていた認識が根本的に成立しないのではないかという仮説がいくつか浮上してくるのである。
こうした仮説を論じ、検証していく行為は極めて貴重な疑似体験となる。
そのような思考パターンを日常的に行いたいと思えるだけでも、本書を読む価値が大いにあると思うのだが、皆さんはどのように感じただろうか。
そうした様々な論点から先に、更に思索をすすめていくと、Webを充分に活用したビジネスというものは(元来よりそうであったように)高い利用価値がある一方で、真の意味でのWebの使命はビジネスを超えたところにあるのではないか、という仮説が浮上してくる。
Webとパソコン等の市場とは似て非なる世界だということでもある。
この点については、今後も様々な場面で思索を深めてみたいと思う。
個人的には茂木健一郎さんの脳科学に関する話に強く興味を惹かれた。
機会をつくって更に学んでみたいと感じた次第である。
【当日の様子など】第33回桂冠塾
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