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2007年6月24日 (日)

第27回桂冠塾『青い空』(海老沢泰久)

027 昨日6月23日(土)に第27回目の桂冠塾(読書会)を開催しました。
今回の本は『青い空』(海老沢泰久著)です。
当日は真夏を思わせるような暑い日。
いつもよりも少ない、4名での開催となりました。

著者の海老沢氏の創作意図は何か。
海老沢氏はあとがきで次のように述べている。
「日本人と宗教の問題については、国学院大学に学び、折口信夫の学問に長く触れてきたこともあって、学生のころからあれこれと考えてきた」
このことからもわかるように、日本人と宗教の問題を問うことが本書のメインテーマであることは明白だ。

この点について、どのような問題点が提起され、著者独自の視点によってどのような結論なり方向性が示せているのかを読み解いていくことが、まずは必要な論点だと私は思う。
そのうえで、伏線としても用意されているそのほかの複数の論点を整理し、読み進めるのがよいのではないかと思う作品である。その意味では、参加者が少ないうえに「読了」「冒頭の章のみを読んだ」「全く未読」とバラついていたのは、かなり難しさがあったのも事実だが、それよりも、宗教というカテゴリに関して考えること自体に経験が乏しいという障壁が大きかった。

作品としての目的を達成しているかといえば、不充分と私は思う。
日本人の信仰と宗教の問題に肉薄しているとは、なかなか言い難い。
端的に評するなら、日本人における宗教思想史としての小説というのが、より適切だと感じる。なぜ信仰と宗教の問題に迫っていると感じないのかを、私なりに再度念頭に置きながら読み返してみた。

「人間にとって宗教とは何か」
「自身にとって信仰とはどのような意味を持つのか」
そのような本源的な追求がないためではないだろうか。

しかし本書が取り組んだテーマを読みやすい形で表わした意義は決して小さくない。
多くの人が『青い空』を読み、どのように感じたのか。
それをお互いに語り合うことも、意義のあることだと思う。
今回の桂冠塾でも、その点に大いに期待したのだが...。
参加者の思考が思いのほか深化しなかったのが、主宰者として少なからずの反省と不満足であった。

著者の海老沢氏はこの作品の創作に着手した背景として、あとがきで
「日本人と宗教の問題については、国学院大学に学び、折口信夫の学問に長く触れてきたこともあって、学生のころからあれこれと考えてきた」
「このたびこのような形で小説にすることができたのは、圭室文雄氏の著書で、江戸時代のキリシタン類族というものの存在を知ったことによる」
と記述している。

折口信夫(おりくちしのぶ)氏は、明治から昭和初期を代表する国文学者、民俗学者であり、代表作は『死者の書』である。その真骨頂は民俗学、国文学、神道思想を融合した「折口学」と称せられる独特の世界観にあるといえるだろう。そのことから推察されるように、折口氏の思想的バックボーンは神道にあった。國學院大学での評価が確立しているのもうなずける。
海老沢氏が、折口信夫の学問に影響を受けて思想形成がなされてきたことは作品の行間からも如実に感じることができる。

海老沢氏が直接的に出会った圭室文雄氏の作品は『葬式と檀家』だろう。巻末に掲載されている「おもな参考文献」の2番目にもあげられている。『葬式と檀家』を読んでみるとわかるが、『青い空』のプロットや重要な論点は『葬式と檀家』の記述を元にしている。
日本の仏教信仰を「葬式仏教」と断じている点に大いに共感を得る。そのうえで本来の仏教の姿とはどういうものなのかという思索に踏み込んでいないのは、その点を論じるよりも別の意図、たとえば日本古来の神道、国学の妥当性が思想の根底にあるのだろうと感じる内容である。

作品の導入部分はかなり興味をひきつけられる。
一般的な日本人にはほとんど認識がない「キリシタン類族」を切口に、江戸時代におけるキリシタン弾圧と寺請制度の目的を記述し、腐敗堕落していった仏教の実態を描き出そうとする。
それと同時に、儒教による弊害や、国家神道へとつながっていく水戸学、大国隆正らの学派を一刀両断。日本古来の神道の精神を継承しながらキリスト教的生命観との共感性を体系だてていった本居宣長や平田篤胤らの思想を語り、日本独自の思想宗教がどこにあるのかを暗示しているように感じる作品だ。

明治新政府における思想的脆弱性を信仰面から論断するあたりは他に類をみないおもしろみを感じた。ただ少々ストーリーが煩雑に感じるかなとも思った点でもあるが、寺請制度を寺社請制度に変えただけ、キリスト教信仰を旧習に倣って禁じたあたりは端的に読者に語りかけてくる。
納税半減の約定を反古にするあたりは海老沢氏の論調を裏付ける歴史の事実とも言えるだろう。

作品としての完成度や小説としてのおもしろみの有無を批評することもできるかもしれないが、それはふさわしい態度ではないと私は思う。海老沢氏は本書が掲げたテーマに対して、随所で登場人物に議論をさせている。その論調については、必ずしも同感するわけではないが、その試みを高く評価したい。

「仏教を、宗教ではなく、葬式にするだけのものにしてしまったのは徳川の幕府だが、ここで天子のご迷惑も考えずに、神道まで政治に利用したら、日本はいよいよ神を信じない人間ばかりの国になってしまうよ」
「宗教というのは、最高の道徳だ。それがない国になってしまう」

《当日の様子はこちら↓》
http://www.prosecute.jp/keikan/027.htm

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