『モモ』(ミヒャエルエンデ)を読む
昨日10月28日(土)に第19回となる桂冠塾を開催しました。
今月はミヒャエル・エンデの『モモ』を取り上げました。
語り合ったテーマなどはこちら↓
http://www.prosecute.jp/keikan/019.htm
エンデの思想的背景として彼が青年期を戦中ドイツで過ごしたことが大きく影響していると思われ、彼の創作活動を考えるときこの点を含めて少なくとも3つの要素を考慮してよいと思います。それは
1)ナチスドイツの時代を生きた経験
2)シュタイナー理論との出会い
3)ブレスト理論による創作活動
その延長に彼のファンタジー作品と利殖を伴わない経済システムへの理想が続いているように感じます。
エンデは講演の中で「モモ」で描いた時間の問題はお金の問題であることを自ら述べており、また作品の中では「時間とは生きることそのもの」との表現があります。
エンデにとって「時間」「お金(経済)」「生命」は同じカテゴリ視されているとみることが妥当だろうと思われます。
ともすればファンタジー作品や童話ではモチーフがデフォルメされ、断定的に描かれることが多々あります。「モモ」もその例外ではありません。「モモ」が発表された1972年以降、世界中で読まれた70年代は高度経済成長の真っ只中。使い捨て文化が一世を風靡し、人間疎外が社会問題化されたなかで「モモ」の主題は多くの庶民に受け入れられたという時代背景もあります。
ゆとり生活が主流になったかのような感もある現在において、時間の節約と効率化と利息で生きる人達を痛烈に批判した「モモ」の放つインパクトはさほど強くないのかもしれないなぁと思ったりします。適度なバランス感覚を身につけた現代人には違和感がある作品と映るかもしれません。
しかしエンデの意図はもう少し本源的なところにあると見るのが妥当ではないかと思います。エンデは「現在人にはもっと想像力が必要だ」と主張します。今までの経済の成立には常に搾取されるものが原資とされている。それは植民地であり、地下資源であり、第3諸国であり、自然環境である。利殖経済を含む実態を伴わない諸活動に報酬として与えられる対価は本来存在すべきではないというのがエンデの根源的な思想ではないかと私は見て取っています。
エンデはそれをファンタジー作品に託したのではないでしょうか。「ネバーエンディングストーリー」とは現代の考えに言い換えれば「持続可能な発展」と合い通じると言えるのではないでしょうか。
私はエンデの作品、主張の言葉からそんなことを感じました。
《作品の概要など》第19回桂冠塾の実施内容
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