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2004年11月26日 (金)

敬語にみる日本語の言葉遣い

あるメールを同報で複数の方の送信した際のこと。様々な関係先に送るので本文1行目になにげに「各位様」と書いたところ、ある方からすぐにメールが届きました。"「各位」というのはすでに敬語でして、それに 「~様」をつけることは誤用とされております”・・・。
いやぁそのとおりで(^_^;)二重敬語とはわかっていてでも許容範囲だろうと思って使っていたのですが・・・ということで今日は日頃思っている「日本語の言葉遣い」について。

よく「日本語の乱れ」なんて表現がなされることがありますがその大半は敬語表現です(もうひとつの特徴は「あれそれ」といった指示語、代名詞のあいまいさがあると思いますがそれは別の機会に書くとして)。
なぜ現代人は敬語が使えなくなってきたのか?

よくTVやマスコミに日本語文化評論家みたいな方が出てきて「これは尊敬語です」「これは二重敬語です」ってやってますよね。これはこれで必要でしょうが、ではなぜ現代人は敬語を使えなくなってきたのか、使い方が急激に変化してきているのか?このことがもっと大切ではないかと思うのです。
大きな理由のひとつは敬うという思想気持ちが変化してきていること。もうひとつは元々含まれている敬うというカテゴリの中に旧態依然とした風習が含まれていること。この2側面があると私は思っています。そしてこの2つは相互に影響しあっています。

第1の理由「敬うという思想気持ちが変化している」ことの真の原因として「人を尊敬する」思想を教えてこなかったことが挙げられるでしょう。これは経済や知識最優先で生命尊厳の哲学を軽視してきた現代の一側面でありましょう。一人の生命を尊敬できない。まさに不軽菩薩に石を投げつけた愚かな民衆の姿です。そしてその人達をどうしようもない輩だと救おうとしなかった、乞眼のバラモンの責めに負けた舎利弗の姿でしょう。以前なら10年に一度と言われるような凶悪犯罪が毎日のように起こりはじめた根本原因はここにあると私は考えています。

もうひとつの理由「旧態依然とした風習」の表れとして、敬語文化の背景にある差別意識が民衆主役の現代の風潮にそぐわないのだと思います。小学校で謙譲語を説明する時に殆どの教師が迷わず「へりくだった表現です」と教えています。丁寧語や尊敬語の表現はまだよいとしても、なぜ遜った表現をしないといけない人間関係が存在するのか。等しく尊い生命である人間の間でなぜこのような表現が必要なのか?これは長らく封建社会を続けてきた日本文化の悪しき伝統であると私は思います。また外国人が理解に苦しむ日本語表現が敬語、なかんずく謙譲語である一つの理由がここにあるのではないかと思います。
相手の人を尊敬することは大切なことですが、だからといって自分自身が遜る(へりくだる)必要なんか何一つない。その意味では敬語文化も生命尊重の哲学に裏打ちされた形で再構築されるべきであろうと思います。

「各位様」は許容範囲だと思うし正確に言えば「各位」を単独で使用すること自体が誤用ですよね。しかし様々な関係者に送る際に各位を単独で用いないと「取引先各位 パートナー企業各位 友人知人各位 商工会関係各位 NPO関係者各位...」と長々としたあて先を記載することになりそれだけで文書は無意味に長くなり形式ばってうんざりする。
便宜的に一言で済む「各位」を単独で使う。2文字だけだと業務文書みたいで味気ない。様や殿などをつける表現が生まれた。こんな経緯があるのではと思うので「各位」の単独使用や殿、様をつけた表現は現場では許容されていると私は思います。

第一、メールでの同報送信自体が日本古来の手紙文化を大きく逸脱しているわけです。宛先に便宜的な宛名が表示されるわけですからね。DM等での文書宛名もそうですし、もっと言えば「各位」という表現自体が手紙文化ではなくどう考えても印刷技術が発展した以降に生まれたある意味ずぼらなやり方です。しかし生命の尊重という根本的価値観とは別の観点ですからさほど気にすることはないと私は考えています。

まっ源氏物語の昔でも「最近の若者の言葉遣いの乱れ振り」を指摘しているのですから(^_^;)言葉は常に変化し続けるのでしょう。
大切なのは乱れ振りを指摘して言葉だけを直させようとすることではなく、その源泉である人としての振る舞い、生き方の哲学を互いに学んでいくことではないかと私は思うのです。

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コメント

「各位」を単独で使うのは誤りではないと思いますが。
辞書によると「各位」の意味は「大勢の人を対象にして、そのめいめいを敬っていう語。おのおのがた」ですから、単純に「皆様」という意味で「各位」と言ってなんら問題ないはずです。

投稿: | 2006年12月20日 (水) 12時00分

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