2016年11月18日 (金)

2016年度教学部任用試験(仏法入門) テキストと演習問題集を準備しました

2016年11月20日に行われる教学部任用試験(仏法入門)の学習用テキストと演習問題集をアップしました。
過去問題等も踏まえていますが、できる限り学習範囲の全体を網羅する練習問題として作成していますので、理解の深化と学習の一助に使っていただけると思います。
受験対象者の方々にご活用いただければ幸いです。

↓こちらのページから閲覧、印刷等ができます。

http://www.prosecute.jp/2016ninyou.htm

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2016年4月10日 (日)

創業20周年

本日4月10日で創業より20周年を迎えました。

多くの皆様に支えられて志を同じくする方々と協働しながら20年間の歩みを進めることができました。お世話になりました全ての皆様に心より感謝申し上げます。

また今日からは次の10年をめざして鋭意精進していきたいと思います。

今まで以上にご指導ご鞭撻をいただけますようお願い申し上げます。

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2015年2月20日 (金)

地方創生 政治家の意識改革と地方の人材育成が急務

国会では平成26年度補正予算に続き、平成27年度予算の審議が行われ「地方創生」が声高に叫ばれています。
「地方創生元年」ともいえる本年。
各地域の主体的な動きがどこまで加速させることができるのか。
大変に重要な局面を迎えています。

だからこそあえて苦言を呈したい。
国会でどんなに真剣に議論され、素晴らしい予算編成を行なっても、それがどのように執行されるのか。その結果が重要です。

しかし今回審議の予算の多くは執行される先が事前に内定し、形だけの公告が行われているものが半数以上。
補正予算に至っては可決当日にはすべての予算配分先は決まっていました。

政治の常識からいえば当然と言えば当然のことなのでしょう。
施策実行のスピードをアップするという大義もあります。

1月後半、メディア報道された審議中の補正予算の概要を見た私は、この予算を活用するにはどうすればよいのか問い合わせをしました。
やはりこうした時には政府与党に聞くのが一番です。
ただ自民党は問い合わせ窓口がはっきりせず、もうひとつの与党・公明党に議員経験者を介してお聞きしました。
聞いた党関係者は、国会事務局の責任者です。
その方いわく「予算執行先は既に決まっている」とのこと。

では今後はどの時期から、どのような手順を踏んで進めたらよいのかと聞いたところ、

「各地方自治体(市区町村)から県へ問い合わせて、県から国へというルートが確立している」
「審議内容の事前情報もそのルートで通達されている」
「その正式な手順を踏んで問い合わせてほしい」

何とも杓子定規な回答でした。

それができていないからこそ地方創生が必要なのではないか?
あきれるやらなさけないやら...。
もちろん事務方と議員とは意識が違うかもしれませんし、お聞きしたその方個人の資質の問題もあるかも知れませんが、大衆の党を標榜する公明党ですらこの体です。

そうした地方自治体から能動的な動きが出てこないから地方における国民生活が行き詰っている。 地方自治体によっては予算編成の内訳を想定して半年、一年以上前から準備しているところもありますが、多くの地方自治体では担当部署の1~2名の職員の意識に任されているのが実態です。

そうした都市部以外の地方自治体のスタッフ育成、具体的な補助事業の進め方を指導しない限り、意識のない職員が担当する地域の住民には地方創生予算の恩恵を与かることはできません。
富める者は更に富んでいき、知らないものは損をする構造が拡大しています。

私はNPO法人の代表として岡山県で産直野菜の直売所を経営し、群馬県の自治体と地域再生の活動を進めるなど、日常的に地方の現場で仕事をしています。
その経験から、なんとか助成金を原資とした地域活性化の補助事業を当該地域でも行なえないかと様々な方策を模索しています。

補助事業(公的資金を使った事業)の多くは、その地域の地方自治体を含めた協議会等の設立が必要なことが多い。
要は一部の住民や団体に補助金が使われないように、その地域の多数を代表する団体が関わっていることを担保する。
そのため実質的に市役所や町役場の職員や首長の意識と行動力が欠落していると何も前に進まない現実があります。

それを各自治体の自己責任とか、正規のルートで問い合わせろとか言っていたら、今までと何も変わらない。

各地方自治体の職員の意識向上の具体策を!
民間と自治体が協働できる具体的な枠組みの提示を!
民間主導で補助事業が推進できる予算配分を!
事前情報のより広い公開と広報活動を!
具体的な補助事業推進のためのセミナー等の開催を!

官民が一体となってよりよき社会の創出のために協働することが重要であると感じる今日この頃です。

【関連リンク】
農林水産省 補助事業参加者の公募
まち・ひと・しごと創生本部

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2014年12月12日 (金)

集団的自衛権の行使容認 その認識は果たして適切なのか

年の瀬12月の衆議院選挙。投開票日が2日後に迫っている。
2年前に続いて2回連続の12月選挙になった。
歳末の多忙な時期で、かつ野党は候補者調整に奔走したためか実のある政策論争はほとんど見受けられない。事前の予想では自民党の圧勝、共産党の議席倍増との報道が目立つ。
そんな情勢でも様々なメディアでは、政策のポイントをいくつかに絞って各政党間の違いを図表にしたりして解説する報道が目立つ。
有権者にわかりやすく伝えようという努力なのだと思うが、解説するメディアの担当者や番組であれば出演者が正しく理解せず誤った認識で報道しているものも少なからずある。
その中で特に違和感を感じる「集団的自衛権」について少し糺してしておきたい。

NHKでさえも報道する「集団的自衛権行使容認の道を開いた」

先日のNHKのニュース番組でも、各党の外交安全保障政策を比較する前提の説明として「政府与党は海外で武力行使を可能にできる政府見解を発表した」という表現を使っていた。
また民主党、共産党をはじめ各野党は文章としては「専守防衛と平和主義を堅持する」「海外で戦争する国を作らない」等々の文言を掲げるにとどめているが、街頭演説等では「海外での武力行使に道をひらいた閣議決定を撤回させる」など「閣議決定=海外での武力行使容認」の構図を声高に叫んでいる。
共産党の議席倍増の予測という風は、そうした武力行使の危険への国民の反発ともいえるかも知れない。

確かに安倍首相の持っていた意図は海外での自衛隊活動にあったのだろう。
首相は政府見解を発表した記者会見でも、邦人輸送中のアメリカ艦隊との共同行動やシーレーン防衛についても言及している。
しかし安倍首相が言っているような事例も含めて、海外で部隊展開ができる政府見解になっているのだろうか。

もう既に忘れてしまった人が大半なのだろうと思うが、思い出してほしい。
5月下旬から7月1日にかけての緊迫した政治情勢を。
あの数十日間で集団的自衛権についての定義がどのように変わり、決定されたかを。

ひとつめのポイント 集団的自衛権行使の新3要件

今回の集団的自衛権の政府見解を2~3回繰り返して読めば多くの人は理解できるはずだ。
【リンク】→閣議決定全文 国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について

「これでは日本における集団的自衛権の行使は国際常識から見れば個別的自衛権とイコールである」「集団的自衛権は絵に描いた餅も同然である」というのが事実である。
今回の政府見解はさほど長いものではないので実際によく読んでほしい。
政府見解をまとめる過程で、自民公明の二党は様々な協議を重ねて複数の歯止めをかけている。
何点かポイントはあるが、今日はその中で一つに絞って紹介していきたい。

政府見解の中核になるのは言うまでもなく集団的自衛権行使の新3要件である。
それは「3.憲法第9条の下で許容される自衛の措置」の中で示された

1)我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において
2)これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないときに
3)必要最小限度の実力を行使する

することは、従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として、憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った-との文面である。
(※番号は便宜的にふりました。)

この文面からだろう、多くの人達は「集団的自衛権行使への道を開いた」と思っているようだ。この個所だけ見ればたしかにそのようにも読めるかもしれない。

誤解のないように一言触れておくが、この文章の中だけでも歯止めがかけられている。
・我が国の存立が脅かされる事態とは
・国民の生命、自由及び幸福追求の権利が覆されるとは
・「根底」からとはどのような事態か
・「明白な危険」とは
・他の適当な手段とは
・その手段がないという事態の判断は
・必要最小限度とは
・実力とは
・その行使の方法は
等々、行使を認定するためには個々の要件、その時点での情勢を審議することになる。
ただ今回はこの点は割愛して、次に指摘する点について論を進めることにする。

政府見解を「絵にかいた餅」にした 戦闘行為を行なっている現場の条件

しかし文章というものは全体をひとつのものとして見なければならない。
この前段である「2.国際社会の平和と安定への一層の貢献」の中で重要な前提条件を課している。それは

(ア)我が国の支援対象となる他国軍隊が「現に戦闘行為を行っている現場」では、支援活動は実施しない。
(イ)仮に、状況変化により、我が国が支援活動を実施している場所が「現に戦闘行為を行っている現場」となる場合には、直ちにそこで実施している支援活動を休止又は中断する。

という個所である。
つまり日本の自衛隊は戦闘地域での活動はできないのだ。また活動を行なっている場所が戦闘状態になった時点で休止又は中断することが決定しているのである。
この条件のもとでどう考えれば「海外で武力行使ができる道を開いた」という認識が出てくるのか甚だ疑問である。

実在しない 「集団的自衛権行使の新3要件」を満たす「非戦闘地域での活動」

さらに言えば「非戦闘地域での活動」に限定した個所から見れば、新3要件に当てはまる事態は我が国に対する直接的攻撃の場合以外には起こり得ないことになる。

言うまでもなく、直接的攻撃に対しては日本国として全力を挙げて自衛防衛を行なう。これは個別的自衛権の行使と呼ばれている。この点については議論の余地はないはずだ。

新3要件の冒頭の文章に続く「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し」とは、戦闘状態を意味する。戦闘状態の地域では日本の自衛隊をはじめ全ての活動ができないのである。
つまり、「集団的自衛権行使の新3要件」を満たす「非戦闘地域での活動」は現実にはありえないのである。
日本の近隣海域でアメリカ軍が他国の攻撃を受けていても、日本の自衛隊は出動できないのである。なぜならば攻撃を受けた時点で戦闘地域になるからである。
そうしたことから結論を言えば、日本の自衛隊が武力行使ができるのは、日本の国土及び国民が直接攻撃を受けた場合に限定されるのである。
今回の集団的自衛権行使の新3要件の設定は、事実上、日本における集団的自衛権を個別的自衛権の行使の範疇に押し止めたのであるとの憲法学者等のコメントはこうした現実に立脚している。

正しく評価されるべき 公明党の果たした役割

今回の政府見解をまとめ上げた背景には公明党の努力があったことは明白であろう。公明党が「平和憲法に背く議論は行なわない」等の理由をつけて2党間協議の場を蹴っていたならば、自民党主導での政府見解の作成が行われ、おそらく海外における自衛隊の武力行使の道が開かれたであろうことは想像に難くない。事実他の政党であれば議論のテーブルにつかないという選択をするであろう。
しかし公明党は敢えて火中の栗を拾う覚悟を決めて2党間協議に真正面から取り組んだことで、日本の安全保障は憲法遵守の道を外れないで済んだのである。

改憲反対と声高に叫ぶだけでは平和を守ることはできない。
現実の立法の現場で、行政の現場で直面する戦争の危機と向き合いながら、打つべき歯止めを打っていく。これが政治の使命であると私は思う。
平和憲法を現実に護っているのは公明党であり、今回は相当な危機的状況であったなかで公明党だけがこの危機に立ち向かったことで乗り越えることができたのである。
社民党でもなく、共産党でもなく、公明党がやり抜いたのである。
この事実を私たち国民は正確に認識すべきである。

事実、政府見解発表後も安倍首相は「ホルムズ海峡での機雷除去に自衛隊が派遣できる」との個人的見解を述べている。しかし政府見解を基準に判断すれば、ホルムズ海峡に機雷が敷設された時点で国際法的には「戦争状態」に入ったことになる。そこに自衛隊を派遣することは政府見解として禁じているのである。
果たして今回の政府見解は安倍首相が当初想定していたモノとは変質してしまっていることを首相自身がわかっていないのかなと思ってしまう。

メディア報道では、自民党と公明党は政府与党とひとくくりにされることが多いが、明らかに違う思想を持つ政党なのである。

手続き上の歯止め「事前の国会承認」を機能させる投票行動を

それ以外にも、情勢の認定における歯止めや手続き上の歯止めもかけられているのが今回の政府見解の重厚さの所以でもある。
そのひとつが「事前の国会承認」である。

政府見解の中では「原則として事前に国会の承認を求めることを法案に明記することとする」と明記されている。
上記のように明確に記述されている基準に基づけば、良識の府である国会において承認される海外派兵など存在しないことになる。たとえ安倍首相が「派遣できる」と主張しても国会承認がなければ派遣はできないのである。

来春には関連する法令が改正されることになり、おそらく事前の国会承認の具体的な文言が審議される。
全会一致というのは現実的はないため、「両院国会議員の3分の2以上の承認」等が国会承認の基準として審議されるだろう。

ただわずかの懸念をもつとすれば、最後の歯止めである国会が機能不全に陥っている状態であろうか。、仮に自民党単独で両院の3分の2以上の議席を持っていた場合で、安倍首相の考えで党議拘束がかけられたら危険な状態が生まれることになるかもしれない。その意味では自民党単独で3分の2の議席はとらせないことは、国会正常化の重要な要素になるだろう。

明後日に迫った衆議院議員選挙は良識の府たる国会を守る私達国民一人ひとりの戦いである。名実共に本当に働く国会議員を私達の投票行動で選んでいきたい。
そのためには、中途半端なメディア報道に惑わされることなく、何が真実かを見極めていきたい。間違った思想や認識は断じて放置してはならない。
そのように強く思うのである。

【関連情報】
閣議決定全文 国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について

安倍首相、憲法解釈変更について会見「批判を恐れずに行動に移した」(HuffPost)

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2014年11月21日 (金)

2014年11月教学部任用試験 テキストと演習問題集を準備しました

今月(2014年11月23日)に行われる教学部任用試験の学習用テキストと演習問題集をアップしました。
受験対象者の方々にご活用いただければ幸いです。

↓こちらのページから閲覧、印刷等ができます。

http://www.prosecute.jp/2014ninyou.htm

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2014年10月22日 (水)

国民感覚はどれも「違法」 うちわ論議

第二次安倍内閣を象徴してきた女性閣僚のうち2人が相次いで辞任した。
小渕優子氏の政治資金疑惑は調査結果を待つが、松島みどり氏のうちわ状の政策ビラ配布については違法との判断が妥当であろう。
公職選挙法に規定されておりかつ各地の選挙管理委員会が違法の事例として紹介している中にうちわが明記されていることからも、司法の判断を仰ぐべき事案である。

しかし、である。
なんだかしっくりこないなぁと思う人も多くいると私は感じる。
要するに松島氏本人もしくはスタッフが少し勉強していて、うちわ状のビラの「骨」や「持ち手」をつけなければ「合法」だったという点である。
問題の本質がそれだけであれば「次からは公選法をよく勉強して政治活動しようね」という話でもある。

しかし、それだけの話であろうか。
今回ネットや巷で話題になっているのは「うちわ状」の円形厚紙&親指を入れる穴があいている政策ビラの存在そのものである。
その形状構造から見て「うちわ」として使ってもらう意図は明白である。
「うちわ」として使ってもらうつもりがないなら、なぜ厚紙で円形なのか、なぜ穴があいているのか、しかも通常のビラよりも費用をかけて作っているのか、全く説明ができない。
だれが見ても考えても、「うちわ」として使ってもらうことで、捨てられないようにしばらく手元に置いてもらうようにしたいという意図がはっきりしている。

そうであればこれも立派な「うちわ」である。
法律的な解釈で「ビラ」と考えることができるからOKです、というのは国民感情としては「アウト」と感じる人が多いのではないだろうか。
法的な言い逃れができる言動を一般的には「脱法行為」という。
国民の範を示すべき国会議員が「法の抜け穴」を堂々と国会の場で晒すのは、果たして望ましい姿なのであろうか。

これは松島みどり議員をはじめとする与党議員も、追及をしている野党議員も同様である。今回の糾弾の急先鋒になっている蓮舫議員と民主党に至っては、「うちわ状の円形ビラ」を制作して配布している事実があることは様々な報道等によっても明白になっている。
たとえ法律的な解釈でセーフになるような行為であっても、その法律の「立法の精神」を順守して望ましい法律運用の模範を示すのが立法府を守る国会議員の使命であると私は思う。

こんな法律解釈で時間を使うよりも、行なうべき法案審議が山積している。
日本の政治は緊迫状態が続いている。
消費税10%への増税を行なうのか行なわないのか。
集団的自衛権をどのように具体的に運用するのかしないのか。
社会的マイノリティに対する施策をどうするのか。
等々...。

本国会(第187回)の提出議案の多くはまだ審議の端緒にもついていない。
【本国会の議案一覧↓】
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/menu.htm
一刻の猶予も許されない課題がいくつも法案として提出されている。
この現実を認識していない議員が多すぎるのではないか。
別の面で見れば、一日国会を開催するだけでどれだけの血税が使われているかも考えてほしい。いま行なわれている質疑応答の中身が一億円の税金投入にふさわしいかどうかを。
いま何をすべきか、国会議員たる者ならば、よくよく考えて行動してほしい。

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2014年8月27日 (水)

教学部初級試験&青年教学3級試験 想定問題をアップします

2014年9月28日(日)に実施される教学試験の学習のためのページを開設しました。
学習深化のために活用いただければ幸いです。

http://www.prosecute.jp/2014syokyu.htm

想定問題は順次アップします。
とりあえず第1弾として、御書講義拝読御書、座談会拝読御書についてアップしました。

追記
全範囲のアップが終わりました。

※関連記事
 ↓2014年任用試験のページはこちら↓
 http://www.prosecute.jp/2014ninyou.htm
 

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2014年2月18日 (火)

第106回桂冠塾 『復活』(トルストイ)※前半

106 2月15日(土)に2月度の桂冠塾(読書会)を開催しました。
今月と来月の2回でトルストイ作『復活』を取り上げます。

■作品のあらすじ(前半)

主人公のドミートリイ・イワーノヴィチ・ネフリュードフ公爵は陪審員として参加した裁判で殺人罪で起訴されたカチューシャに再会し衝撃を受けます。
彼女は若き日のドミートリイ欲望の対象とされて、妊娠。それを境に身を持ち崩したカチューシャは売春婦となり、遂には殺人事件の容疑者になっていました。
そしてその裁判で、殺人容疑がないと思われていたにもかかわらず、不注意や不手際が重なってカチューシャは有罪判決を受けてしまいます。

ドミートリイは過去の行いを悔い、彼女を救うことを決意し奔走し始めます。
カチューシャと面会する中で、刑務所に収容されている人々を取り巻く様々な矛盾、冤罪の実態を目の当たりにし服役者から救済の嘆願を受けるドミートリイ。

その一つひとつに誠実に向き合う中で、ドミートリイにとって人生をかけて取り組むべき3つのテーマが掲げられます。
・土地を百姓達に与えること
・カチューシャを助けて自らの罪を償うこと
・裁判と刑罰について何らかの結果を出すこと
これらの真実を求めて、ドミートリイは自らの行動を起こします。

このあたりまでが作品前半のあらすじになります。

■作品のモチーフと若き日のトルストイ

新潮文庫版の訳者でもある木村浩氏は、作品の解説として『復活』の創作過程を綴っています。この作品のモチーフはトルストイの友人の検事が見聞したエピソードが元になっているとのこと。

両親を亡くした娘ロザーリヤが裕福な婦人姉妹に引き取られて暮らしていたところに、親戚の大学生が遊びに来て誘惑されて妊娠して出産すると、家から追い出されて娼婦に堕した。その後ロザーリヤが窃盗の罪で裁判が行われるがそこに彼女の堕落のきっかけを作った青年がいた。彼はロザーリヤとの結婚を望むがロザーリヤは固辞する。その最中に彼女は発疹チフスで亡くなってしまった...

このようなエピソードにトルストイは強烈な関心を持ったと書かれています。『復活』におけるメインストーリーはまったくこの通りといってよいでしょう。
よく知られていることですが、若き日のトルストイは必ずしも聖人君子ではなかった。それはトルストイ個人に由来するとは言い切れない要素があるため、そこのことをもってトルストイの人間性を批判することはあってはならないと思いますが、事実として女性蔑視の時期があった。

それはロシアという文化風土の成せる罪であったとも言えるでしょう。
農奴制が形こそ廃止されてはいたものの、その国土と国民、なかんずく貴族階級の者達には、庶民階級の人々を私物化し、その犠牲の上に豊かな生活を送るという生活習慣には大きな変化がなかったとみるべきだと思います。
そんな時代に青年時代を送った若き日のトルストイが、特に深い考えもなく、領民の女性達を自らの性の対象とした。
そんな自らの悔恨が、ロザーリヤを犯した大学生に重なってドミートリイが生まれた。その意味でも、ドミートリイの言動には、トルストイ自身が投影されているとみてよいと感じます。

その思いがこの作品のもう一つのストーリーとして展開されます。
ドミートリイとカチューシャの愛情物語といういわば表のストーリーに加えて、トルストイはこの作品を通して後半生で持ち続けてきた人生のテーマに迫ろうとします。

この展開については3月の桂冠塾で語り合ってみたいと思います。

【当日の開催内容等はこちら】
http://www.prosecute.jp/keikan/106.htm

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2014年2月 3日 (月)

何のための選挙なのか

大阪市長の橋下氏が市長の辞職と出直し市長選への出馬を正式表明した。
いったい何のつもりでいるのだろうか。

大阪都構想の民意を問うという。
しかし民意というのであれば橋下氏が市長に選ばれた時点で民意は示されている。
民意を受けて選ばれているのは橋下氏だけではない。
意見が対立している市議会議員も民意によって選ばれている。

議会との話し合いや折衝を経ても自分の考えが実現できないからということでその度ごとに出直し選挙をしていては、何のための任期なのか何のための議会なのか、わからなくなる。
それが正当な市長辞任の理由だというなら、日本全国あちこちで一年中、出直し選挙だらけになってしまう。

6億円という選挙費用も看過できないコストだ。

自分の意見が通らないから選挙。
そんな考えでいる人に、自治体の長たる資格はないのではないだろうか。
それでなくても地方自治体における首長の権限は絶大だ。
実質的に地方自治体に三権分立は存在しない。
なによりも政治に関わる者という以前に、人として、意見の異なる人とも対話を続けることが求められている。
どこまでも議会の中で、市長として堂々と主張し、一人一人を納得させるために、どこまでも根気強く一対一で対話を続けていくべきだ。

私はそんなふうに感じている。

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2014年1月28日 (火)

第105回桂冠塾『シンドラーのリスト』(トマス・キリーニー)

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本年は世界の民衆を巻き込んだ第一次世界大戦の開戦から100周年、そして来年は第二次世界大戦の終結から70周年という節目の時を迎えます。

第一次世界大戦は、1914年から1918年に行われてしまった人類史上初の世界規模の戦争。ヨーロッパが主戦場となりましたが、戦禍はアフリカをはじめ、中東や東アジアまでにもおよび、多く国々が参戦をした世界規模の大惨事となりました。

そうしたことも踏まえて今年最初の本として『シンドラーのリスト』を取り上げました。

第二次世界大戦下で行われたナチスドイツによるユダヤ人の強制収容政策。
その渦中にあって、多くのユダヤ人の生命を救った人物がいました。その一人が本作品の主人公であるオスカー・シンドラーです。

この作品を映画を見たという方も多いと思います。舞台は1940年代のポーランド。第2次世界大戦の最大の悲劇と言われたナチスドイツのユダヤ人大虐殺から1200人ものユダヤ人の生命を救った、軍需工場を経営するドイツ人オスカー・シンドラーを主人公とした実話です。 ホロコーストに関する映画の代表的作品として知られています。

■作品のあらすじ

1939年9月。ドイツ軍によりポーランドが占領され、ポーランドの都市クラクフもドイツ軍の占領下に置かれた。ユダヤ人を激しく蔑視するナチス党政権下のドイツ軍はクラクフ在住のユダヤ人に移住を強制し、彼らをクラクフ・ゲットーの中へ追放します。
そんな中、ナチス党の党員でもあったドイツ人実業家オスカー・シンドラーが、クラクフの町へやってきます。彼は戦争を利用してひと儲けすることを目論み、潰れた工場を買い取ってDEF(ドイツエナメル容器工場・別名エマリア)の経営を始めます。

有能なユダヤ人会計士イザック・シュターンに工場の経営を任せ、安価な労働力としてゲットーのユダヤ人を雇い入れ、また持ち前の社交性でナチス親衛隊将校に取り入って自らの事業を拡大させていくオスカー・シンドラー。

クラクフ・プワシュフ強制収容所の所長は、残虐な親衛隊将校アーモン・ゲート少尉。ゲートとその部下の親衛隊隊員達は、ゲットーや収容所において、ユダヤ人を些細な理由にもならないようなことで次々と殺戮していきます。シュターンを初め、シンドラーの工場で働くユダヤ人たちにも危機が迫ります。ゲットーでおこなれている事実を目の当たりにした時、軍需工場の受託も取り付け、金儲けにしか関心がなかったシンドラーの心境に変化が生じます。

シンドラーはユダヤ人の生命を救うためにユダヤ人を次々と熟練工という名目で雇用していきます。将校達への接待を繰り返し、いかにももっとらしい理由をまくしたてながら処分されかかった多くのユダヤ人を助けるシンドラー。ゲットー内へ強制収容になる発表があると、生産性を維持するという名目で工場内に宿舎を建設し、ユダヤ人労働者の生活を守ったのでした。
ユダヤ人の間では、シンドラーの工場で雇用されれば生命が助かるという話が次第に広まっていきます。そしていつしかユダヤ人従業員は自らのことを「シンドラーグループ」と呼ぶようになっていきます。

クラクフ・プワシュフ強制収容所が解体されることが決まり、ユダヤ人のアウシュビッツ収容所への移送が決まると、シンドラーは自らの工場を新たな土地ブリンリッツに移転する計画を実行し、ユダヤ人従業員のアウシュビッツ移動を阻止しようとします。
数々の障害が立ちはだかり、手違いでシンドラーの工場の女性労働者がアウシュビッツに送られてしまいますが危機一髪のところで救出に成功し、女性達も無事にブリンリッツに辿りつきます。

シンドラーの新工場では兵器部品をほとんど製造することもなく、終戦を迎えます。
戦争に協力したとの嫌疑がかけられる危険があるシンドラーは、終戦の時刻を迎えると逃走します。シンドラーの身の安全を図るために8人のユダヤ人従業員が同行します。
その直前までシンドラーはユダヤ人従業員のために工場に留まります。そして同胞としてユダヤ人達に希望を持って生き抜くことを語りかけます。

戦後のシンドラーは成功者ではありませんでした。
様々な事業を手掛けますがことどとく失敗します。
しかし多くの「シンドラーグループ」の人達に支えられて66歳で幸福な人生を閉じます。
彼の功績は、テル=アヴィヴ市の英雄公園の表彰碑として、そしてイスラエルから「正義の人」として現在に至るまで顕彰され続けています。

■シンドラーを突き動かしたものは

オスカー・シンドラーの活躍は彼の66年の人生の中において、1939年から45年までの短い期間に限定されています。
その限られた年月の中で、当初は慎重に行動しますが次第に大胆に、時には隠すことすら忘れたかのようにユダヤ人の生命を守ります。

この時代にナチスドイツの狂気からユダヤ人を保護したり援助した人は数多くいました。誠実な人生の選択をしたその人達の数は一説には1万人を超えると言われています。
「アンネの日記」を残したアンネフランク家族を守ったミープ・ヒースも有名になっていますし、救った人数の多さでは10万人の生命を救ったといわれるワラル・ワレンバーグや日本人外交官の杉浦千畝が発給した「生命のビザ」で6000人のユダヤ人が難を逃れたことも有名です。

そうした人達とオスカー・シンドラーとの間には共通する生命尊厳の思想、同じ人間として誰であっても差別しない哲学を感じる一方で、何か違う本源的なものがあるようにも感じてなりません。

その違いとは何か。

作品を通して語られているように、オスカー・シンドラーという人物は聖人君子ではないことは明白です。もっとはっきり言えば、一貫して「俗人」の人生を送っています。お金儲けが好きで、女性が好きで、お金があれば豪遊もするし仕事を得るために賄賂や付け届けすることは日常茶飯事でまったく違和感を感じていない。
戦争が始まった当初は、仕事に有利だからという理由でナチス党員にもなっている。
自分の誕生日には朝から祝杯をあげて一日中パーティをする姿は子供のようです。

その無邪気ともいえる素直さがオスカー・シンドラーの本質だったのかもしれません。

自分でもよくわからないが何かが違う。
自分が生きてきた祖国ドイツの姿はこんなものではなかったはずだ。
みんなが仲良く楽しく生きていこうじゃないか。
人として恥ずかしくない生き方をしようじゃないか。

そんな思いだったではないかと思うのです。

■オスカー・シンドラーの偉大さとは

「シンドラーからは摘発されることに対しての不安や恐れを全く感じない」
当日の参加メンバーからはそんな指摘がありました。
その点については実に不思議です。

現在では、当時の情勢下でナチスドイツに抵抗してユダヤ人を守った人達も多くいたことが判明しています。抵抗したその人数は1万人を超えたという指摘もあります。
その中には、救ったユダヤ人の人数はオスカ・ーシンドラーよりもずっと多かった人もいます。杉原千畝氏などもその一人です。

しかし彼ら彼女達と根本的に違う状況がオスカー・シンドラーにはあった。
それは、彼がある意味で有名人であり、彼の言動は明白で誰もが知っているため、彼が持つ意図を指摘されてしまえば、彼自身が即刻アウシュヴィッツ送りにされる状況下にあったという点だと私は思います。
多くの抵抗者は、その行為そのものは秘密裏に行なっているか、その行為をナチスドイツから非難されても身の安全を確保できる立場にいたか、いずれかの状況だった。
唯一といってよい例外がオスカー・シンドラーであった。
彼はそんなわずかな微妙なバランスの上に立っていたのです。
そして彼は、そんな自身の身の危険など振り返ることなく、自らの心のままに行動し続けたのではないでしょうか。
その結果として、多くのユダヤ人の生命が生きながらえた。
自らの信念を信じ抜き、その信念の実現のために、そして自身ではなく他者のために行動し抜いたオスカー・シンドラー。
その姿に私達は心の底から共感するのではないでしょうか。

【当日の開催内容等はこちら】
http://www.prosecute.jp/keikan/105.htm

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2014年1月 1日 (水)

謹賀新年

2014年 新年明けましておめでとうございます。
昨年12月にNPO法人「里山ルネサンス総合研究所」の設立申請を行ない、本年春から本格稼働となります。
プロセキュートとして創業以来18周年を迎える本年。
自他共の繁栄と地域密着循環型社会の実現を目指して、もう一歩踏み出していく決意です。
今までのご支援に感謝申し上げるとと共に、更なるご指導ご鞭撻を賜りますよう重ねてお願い申し上げます。
Prosecute2014

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2013年12月28日 (土)

第104回桂冠塾 『クリスマス・キャロル』(ディケンズ)

1042013年最後の今月取り上げた本はディケンズ作『クリスマス・キャロル』です。

欧米ではとても有名で「クリスマスブックス」として子供達に読み継がれてきた作品です。 日本では読んだことがない方もそれなりにおられると思いますが、短編でわかりやすいストーリーですので、12月のこの時期に是非一度読んでみていただきたいと思って取り上げてみました。

■親しみやすいストーリー

ある年のクリスマスの前夜。
冷酷な商人スクルージの前に7年前に亡くなった元共同経営者マーレイの亡霊が現れ、スクルージの人生を悔い改めさせるために明夜から3人の精霊が現れると告げます。

この精霊は
「過去のクリスマスの精霊」
「現在のクリスマスの精霊」
「未来のクリスマスの精霊」です。
精霊はそれぞれの時代の、彼が縁をしたそれぞれの場面に、スクルージを連れていきます。

かつてどんな思いで生きてきたのか。
自分はどんな思いで仕事をしてきたのか。
過去の出来事を目の当たりにして、スクルージは忘れ去っていた自分自身の気持ちを思い出します。
そして、冷徹に接してきた身近な人達に謝罪し、施しの人生に劇的に転換していきます。

ある意味、とてもわかりやすいハッピーエンドの物語です。

■実際には難しい生命変革

作品の冒頭で、スクルージがどれほど冷酷で強欲な商売人であるか書かれていますが、実はそれほど歪み切った人間ではないと思います。
スクルージは、まず最初に「過去のクリスマスの精霊」によって、自身の若かりし時代に連れて行かれますが、その時代に到着するとまもなく、スクルージは当時の気持ちを思い出して涙を流し始めます。
実に、素直で感じやすい生命の持ち主と言えるでしょう。
人間というのは本質的には素直なものなんだということが言いたいのかも知れないかもなぁとと思いつつも、「あれっ?スクルージって強欲な歪んだ性格じゃなかったの?」と思ってしまいそうな場面でもあります。

では現実の人間は?というと、自分の過去の姿を見せられたくらいでは改心などしない人が多いのではないかと思ってしまいます。
「世間を知らなかった頃は純粋だったんだよ」
「様々な経験を繰り返せば、邪悪な人間も多いことを知るんだよ」
「現実の生活は親切な心だけでは生きていけないしね」
等々、様々な声が聞こえてきそうな気もします。

現実の社会では、全くその通りだと思いもします。
その一方で、西洋社会では子供達を中心に連綿とこの作品が読み継がれてきたことも、また事実でもあります。
善を施せば必ず良い結果がもたらされる。
そこには、人間の善性を信じ切ることの大切さも含まれていると思います。
しかし一方でジギルとハイド的な2面性を克服できないという現実も横たわっているように感じられてなりません。

長年かけて形成されてきた人間の生命の傾向性というものは、ちょっとやそっとでは変えることができないものです。その人の「生命のくせ」とでも言うのでしょうか。変えたつもりでも、いつの間にか元に戻っている...。そんな無意識ともいうべき生命の傾向性ですが、自身が変革するためには劇的に変えなければならない瞬間があるのだとも思います。

■変革は自分の決意次第 心こそ大切

一方で、しょせん心というものは自分の気持ち一つでどうにでもなるとも言えます。
他人から強制される環境であれば少し話が違うとも言えるかもしれませんが、それであったとしても自身の心までは壊されることはできない。
かつてガンジーが発した心の叫びでもあります。

白か黒か。
善か悪か。
人間の生命や人生そのものは、そんな二者択一ではない。
人生の当事者である自分であっても、自分がどう感じているか、どういう人生を送りたいのか、はっきりと自覚できないようなことのほうが多いようにも感じます。
かつて多くの先人が話してきたように、Yes-No、是か非かを求められる物事であっても、多くの場合は1対ゼロやゼロ対1のように明確なことはそれほど多くはない。
その内面においては「49対51」と「51対49」あたりを行ったり来たりすることが多いのではないか。
決して諦めることなく、また出てしまった結果に紛動されることなく、自分の思う決意を忘れずに地道に前進し続けることが人生そのものではないか。
私は、常々そのように思うことがあります。

また、一人一人のそうした心の動きを感じてこそ、多くの人達と触れ合って生きていくことができるのではないかと思います。

■クリスマスの淵源を考える

ちなみに当日の参加メンバーから「この作品はキリスト教的な教示を伝えるためという側面もあるのでしょうか」という発言もありました。
クリスマスはキリストの降誕(誕生)を記念する日とされていますので、そのように受け止める向きもないわけではないと思いますが、必ずしもキリスト教の教示のための作品というわけでもないと思います。

そもそもクリスマスがどのように西洋の家庭で行なわれてきたのか。
そのあたりを知ることから始めるとよいのではと思います。
今回はそこまでは論じることはしないでおこうと思いますので、興味のある方は調べてみるとおもしろいと思います。
ちなみに比較的わかりやすくておもしろいと思う本を紹介しておきます。

『誰も知らないクリスマス』舟田詠子作(朝日新聞社)
『サンタクロースの謎』賀来周一(講談社+α文庫)

今回初参加の松浦さん、ありがとうございました。
明年も継続して開催してまいります。
良いお年をお迎え下さい。

《当日の開催内容などはこちら》
http://www.prosecute.jp/keikan/104.htm

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2013年11月 6日 (水)

2013年11月教学部任用試験 演習問題集を準備しました

今月(2013年11月)に行われる教学部任用試験の演習問題集をアップしました。受験対象者の方々にご活用いただければ幸いです。

↓こちらのページから閲覧、印刷等ができます。
http://www.prosecute.jp/2013ninyou.htm

※関連記事
 ↓2014年任用試験のページはこちら↓
 http://www.prosecute.jp/2014ninyou.htm

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2013年9月12日 (木)

第100回 桂冠塾 『野火』

1008月24日に8月度の桂冠塾(読書会)を開催しました。
今回で100回目の節目を迎えました。
各回に参加いただきました皆様に感謝申し上げます。

さて今回取り上げたのは大岡昇平作『野火(のび)』です。
作品は昭和19年11月末にレイテ島に上陸した日本陸軍の田村一等兵の独白の形で構成されています。

太平洋戦争の激戦地

レイテ島とその周辺海域は、太平洋戦争最大の激戦地のひとつです。
1944年10月20日ダグラス・マッカーサー率いるアメリカ軍がレイテ湾に上陸。
レイテ島がフィリピン戦線の主戦場として攻防が繰り広げられます。
物量に勝るアメリカ軍は日本軍の物資と兵員の補給路を完全に断ち、孤立した8万人余りの日本軍兵士がほぼ全滅するという惨劇の結末を迎えました。レイテ島からの生還率は3%ともいわれています。
大岡昇平氏は自らの従軍体験を元に、この作品を書き上げています。

精神の極限

主人公田村一等兵は以前から罹患していた肺病が悪化し野戦病院に行かされますが、受入れできない病院から拒否され、部隊からも放逐されてレイテ島の山野を彷徨します。
日本軍がパロンポンに救出に来るという軍命令を伝え聞き、多くの日本兵が分断された道なき道をパロンポンに向かいます。
人が目の前で次々と死に、腐敗した死体が散乱する極限状態の中で、田村は自らの生への執着と絶望の狭間を行き来し、精神的にも異常な状態に陥っていきます。
自らが生き延びるために現地人の女を殺傷した田村。
そしていつしか田村の目は屍体の臀肉を追っていた。

そして同僚が食料として「猿」を狩猟して食する場面に至って、田村は自身の精神的均衡が崩壊することを悟ります。

日本兵による人肉食

この作品が注目された理由として第一に挙げられるのは、日本兵による人肉食が描かれている点にあります。
作品の中では、田村一等兵が懺悔もしくは生への執着が消えた虚脱の思いから、一旦は全ての生あるモノを口にすることを拒絶するシーンが描かれます。その直前、田村は飢餓と狂気によって屍体の臀肉を食する欲望に屈しかけます。それを押し止めていたモノは理性でも神への信仰でもなく、見られているかもしれない「人の目」でした。
森に散在している臀部の肉が削ぎとられた屍体は、ある事実を田村に語りかけるわけです。
そして田村は、死ぬ直前に「食べてもいいよ」と言い残した日本兵の屍体を、人目の付かない場所に移動します。
それでも食べることができない。「食べていいよ」という言葉が禁圧として働く。
おれは本当に食べるのか。
蠅がたかって屍体が見えなくなると安堵した。
山蛭が太っていく。
田村はその屍体の血で太った山蛭を押しつぶして血をすすった。

田村は思う。
人の屍体を食べることと、山蛭と介して血をすすることに違いがあるのかないのか。違いなどないではないか。
田村は屍体の肉を食しようと右手に剣を握る。
その瞬間、その右手を田村の左手が押し止めたのである。

「汝の右手のなすことを、左手をして知らしむることなかれ」

田村が聞いたのは自身の心の声なのか、それとも天か神の声だったのだろうか。

その後田村は、一切の草木すら口にせず、死んでいくだろう運命に身を任せようとします。そんなときに以前行動を共にしていた日本兵永松に抱き起こされます。
田村は、永松の水筒の水を飲み、差し出された「猿」の干し肉を食べた。
決意していた禁欲はどこかに消え去っていた。

そして後日、田村は知ることになる。
その「猿」とは人間のことであるという事実を。
さらに永松が「猿」を狩猟する場面に遭遇する。周囲には足首や食に適さない人の部位が切り捨てられていた。
そして自分達二人の食料にするために目の前で同僚の殺人を行い手首と足首を打ち落とした永松に、田村は銃口を向ける。
田村の記憶は、ここで途切れている。

田村はアメリカ軍の俘虜病院に収容され、敗戦後の昭和21年3月に復員。5年後に東京郊外の精神病院に入り、今こうしてこの手記を書いている...。
そんな結末に至ります。

食べてよい生命と食べてはいけない生命があるのか

その当時を実際に見ていない私達は、人肉食の事実があったのかどうかを論じることは避けたほうがよいのかもしれませんが、現在残っている様々な手記や文献から推察すると、太平洋戦争末期において日本兵による人肉食が行われたことは事実を考えるのが妥当なのだろうと思われます。
ただ、その事実(と思われる)の是非を論じることが主眼ではない。

人肉を食べてまで生き延びることが是なのか。
もし人肉は食べていけないとすれば、人肉の血で太った山蛭から絞って血を飲むことは許されるのか。
さらには、人間が生きていくために多くの生ある動物を食べていいのか。
もっと言えば、動物がだめで植物ならいいのか。

現実は何も食べなければ、人は生きていけない。
なにがしかの形で、他の生命を食して自分自身の生命を長らえているのである。
食べていい生命と、食べてはいけない生命という区分はあるのか。
生命にそうした差異や価値の違いがあるのだろうか。

真正面から、生きていくということの根本命題を顔面に投げつけている。
それがこの作品の本質ではないかと感じます。

■キリストの声を聞いた田村

作品の中で大岡昇平氏は、田村一等兵に人肉食を思いとどまらせた要因はキリスト教の信仰であると思わせる文脈を綴っています。
大岡昇平氏がキリスト教徒であることは知られた事実であるし、作品中でも個人の快楽や生への執着に対して「デ・プロフンディス(われ深き淵より汝を呼べり)」tの聖書の一節で警句を鳴らすシーンを描き、最終章においては戦場の赴いたことも含めて、様々な体験は全て神が彼に与えた試練であると田村が気づくというストーリーとも読める。
だから最終行が「神に栄えあれ」の一文で締めくくられているのだとも読めると思います。

それが大岡昇平氏の意図であるとすれば、田村一等兵は人肉食という地獄の淵から覗いていた悪魔の誘惑に勝ったことになるでしょう。
大岡氏を含めて、極限の地獄絵の渦中にいた者は、そう考えるしか逃げ道がないのかもしれない。
ではその一線を越えて、人肉を食べてしまった者はどうなるのでしょう。
キリスト教の説く深き淵の地獄に堕ちてしまったのでしょうか。

■キリスト教の説く人間の限界

ある意味、キリスト教の説く教義はシンプルです。
神(地球を創った創造神)が自らの姿に似せて作ったのが人間であり、人間に地上の万物を支配する使命を与えたとされています。一方、人間以外の生物や自然といった万物は人間の支配物であるので人間が生きていくなかで利用することが許されているとなります。
そうした考え方が根底にあるので、一応は人間が人間を殺傷することは罪となります。
しかし、そこには一定の条件があります。
その人間が神の意志に背いていない限りという大前提条件です。
もし神の意志に背いた人間がいれば、それは認める価値はない。
そうした論理に至るのは、ある意味で必然とも言えるでしょう。

だからキリスト教徒でない者を殺生することが聖戦の名のもとで延々と行なわれてきましたし、邪教徒として一番最初に地獄に落ちる(辺獄を漂う)とされてきました。
作品の背景となる日本軍は、当然のことながらキリスト教の教義を根底にした軍隊でも国家でもありません。したがってキリスト教観では敗戦するのは当然として、その中でキリスト教的信仰を貫いた田村一等兵は聖者賢人とも位置付けられるかもしれません。
さらに言えば、もし仮に人を殺して人肉を食べていたとしても、異教徒である日本兵の人肉であれば問題なしとされるかもしれません。

確かに田村を精神的極限状態から救ったのはキリスト教の信仰だったのだろうと思いますが、キリスト教を信仰しない者や現代を生きる私達にとって普遍的な人間の考えとはなりえない。

■殺す心を殺す

このテーマを考えるとき、思い起こす興味深い釈尊にまつわる仏教の説話があります。
ある人が釈尊に次のように質問しました。

「生命は尊厳であるというが、人間は誰しも他の生き物を犠牲にして食べないと生きていけない。いかなる生き物は殺してよくて、いかなる生き物は殺してはいけないのか?」

まさに『野火』が問いかけるテーマでもありますが、それに対する釈尊の答えは次のようであったと言います。

「それは殺す心を殺せばよいのだ」

この答えを詭弁だとか論点をすり替えていると言う人もいるかもしれませんが、私はそうだとは思わない。何のための食なのか、その食を得た自分自身がいかように生きようと思っているのかという自分自身の内面こそが、その殺生の是非を決めるということではないかと思います。

かつてこの説話について論じた平和思想家の池田大作SGI会長は次のように記しています。

暴力や殺生などの錯綜した事象は、おびただしい位相を持ち、どの線が良く、どの線が悪いなどという一律な線引きなど不可能である。
ゆえに「殺す心を殺す」こと、外面的な理非曲直よりも、まず内面の制覇こそが、第一義的な重要事なのだ。
その「自己規律」の心が確立されていれば、いかなる迷いや逡巡も乗り越えて、最善の選択、決断を過たぬはずである--。
釈尊の真意も、ここにあるはずである。
(2002年1月26日・第27回SGIの日記念提言)

限界の状況に対して過たない判断をいかにして下すか。
それは自分自身の中に自己規律の心を確立することによって成し遂げられる。
“この場合はAですよ”“このケースはBなんですよ”というようなマニュアル的な解決方法は、現実の人生には何の役にもたたない。
私達は経験的にわかっているはずですが、ややもするとマニュアル的な答えを欲しがってしまう。
その安易な生命の傾向こそが、私達が乗り越えるべき課題ではないかと思います。

『野火』は、現代を生きる私達に生きていくための自己規律は確立しているかと疑問を投げかけているのかもしれません。

【桂冠塾の当日の開催内容等はこちら↓】
http://www.prosecute.jp/keikan/100.htm

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2013年8月23日 (金)

明日 桂冠塾(読書会)100回目の節目です

今月も月例の桂冠塾を開催します。

■8月度読書会【桂冠塾】※第100回

 テーマ :『野火』(大岡昇平)
 開催日時:2013年8月24日(土)14時~17時
 会場  :練馬区勤労福祉会館 和室(小)
 最寄り駅:西武池袋線・大泉学園駅 徒歩3分
 開催の概要はこちら→ http://www.prosecute.jp/keikan/100.htm

桂冠塾は明日の開催で100回目の節目を迎えます。

「子供たちが本を読まなくなった」と言われ始めてどのくらい経つでしょうか。 「子供は大人の鑑」とも言います。果たして本を読まないのは子供だけなのでしょうか? 「よりよく生きたい」と願う気持ちは、生命の叫びとして存在すると私は思いたい。迷路に入り込みかけているかもしれない私たちは、その解決の糸口をどこに求めたらいいのか。そのひとつに、時代を超えて読み継がれてきた書籍があると私は思います。

このように問いかけ、様々な名著に触れながら互いに研鑽しあう場として2005年4月に始めた桂冠塾の取組み。毎月1回、1冊の本を取り上げて参加者の方々と共に読み、語り合って一つの区切りを迎えました。 特に記念イベントを行なうわけではありませんが(^_^;)これからも地道に続けていきたいと思います。 これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

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2013年7月20日 (土)

私達がとるべき投票行動とは-参院選投開票の前日に思う-

明日21日(日)は参議院議員選挙の投開票日ですね。
既に期日前投票を行なった方もおられると思います。当日20時までの投票締切り後、即日開票で翌朝までに改選121議席の行方が確定する見込みです。
年を追うごとにどのような政治家を議会に送り出すのかが重要になってきていると痛感します。特に国政選挙においては、個々の政策が当然重要であることに加えて、今後の国政の方向性をどのように定めていくのか、国の舵取りを誰に託すのかという命題が問われます。
私達有権者はどのような基準で政治家を選ぶべきか。
今日は私の個人的な考えを少し述べてみたいと思います。

■多様化する生活

日本の国会では年間100~120本程度の法案が成立しています。そのすべてが自分自身の考えと一致するというのはなかなかありえず、私も毎年数本は「これはどうなのかなぁ」と感じる法案が成立しています。現実には7~8割が納得できれば御の字というのが一般的な感覚なのかもしれません。
ただしこの違和感がある数本に自分自身の生活に影響する問題が含まれていたりする時に人は判断を迷う、ということも多いかもしれません。
時代を追う毎に社会は多様化し、個々人の意識は集約しにくい時代へとなっています。それは良い意味では、一人ひとりが自立する時代を迎えているということでもあると思います。望ましい傾向である一方で、常に利害が相反する人達が存在するということであり、民意を過半数以上に集約しにくいのが現実です。政治や行政的な施策を執行する立場から見れば、いかに頑張っても常に評価が相半ばする時代とも言えると思います。

■「政策」中心で決定することの危うさ

このように個々人の生き方が多様化する時代においては、個々の政策を投票行動の基準とすることは極めて危ういということにもなるでしょう。実際に「この政策はA候補に賛成」「こっちの分野はB政党に考えが合う」と決められない状況になってしまいます。
マスメディアや多くの識者の方々を含めて、実績や政策の公約を比較して投票先を決めることを勧めていますが、そうした比較検討は、実は結果的として、選挙のたび毎に右に左に民意が揺れ動く不安定な政治状況をつくってしまっているともいえるのではないかと思うのです。
情報を収集して比較検討するという行動は、今の無党派層と呼ばれる有権者の最大多数の人々の行動基準でもあると思いますが、その行きつく先が必然的に毎回の選挙で政権が変わる結果に繋がっていると私は感じています。
今後もそんなことをしていたら、政治と政治家の劣化は加速度的に進んでしまう。
結果として被害をこうむるのは国民である私たち自身である。
そのような危機感を感じてなりません。

■比較検討する有権者の裏をかく政治家達

こうした危険を回避するために有効な方策として一般的には2つの方法があると考えられています。
①マニフェスト等で公表された公約と、今までの実績を比較して本当に実行できるのか検証する
②各政党、候補者の経歴等を調べてどのような政治信条を持っているか検証する

この2つの視点で検証するだけでもそれぞれの政治家の真意に迫ることができます。しかし被選挙民である政治家達にとって不都合な真実は往々にして伏せられているものですし、耳障りの良い言葉でオブラートに包む政治家が多くなっています。
結果として責任ある政治行動をとる政治家は激減し、その場しのぎの票目当ての発言が日常化する。有権者が良かれと思って比較検証という行動をとったがゆえに、真実は更に見えにくくなるという悪循環を起こしています。

耳触りのよい主張。
今回であれば原発問題はその典型でしょう。「原発即時ゼロ」と言っている政党が4~5政党ありますが、現実に安全に全停止しようとするならば、1~2年のソフトランディングをする必要があることは自明の理。今日か明日、完全に停止するなどできるはずもない。原子炉に残っている使用途中の核燃料や行き場のない使用済み燃料、炉心の冷却水の処分、中間処理施設にたまっている使用済み燃料の処分、さらに原子炉を完全停止させ安定冷却するまでに発生するかもしれない災害への対策等も含めて対処すべき項目はいくつもある。それらの対策を講じるためには公明党などの政党が主張している「原発ゼロ社会」へのロードマップと同様な時間軸になるのは必然です。その違いは、実際に実務を遂行する覚悟の上の発言か、そうでない発言かの違いとも見えます。
しかし、おそらく各党各候補者ともわかっているのに「即時」と言った方が“聞こえ”がいいし、他党と差別化ができるから「即時」という。マスメディアはわかっているのかいないのか、大きな違いはないのに政党名と政策をマトリックスにまとめて「○」とか「△」とかつける。そんなからくりは、少しでも原発ゼロのためにどうすればよいか学習した人間であれば誰にでもわかる。
こんな見え透いた、聞く人に思い込ませる“未必の嘘”を天下の政党が早々と発言するから多くの国民は誰にも期待しなくなり、「投票にいかない」という無作為の行動が蔓延してしまう。
4年前の民主党による政権交代とその後の失政は、この構図そのものです。

■政策や政治信条の奥にある思想哲学

今私達が政治家に求めるべきものは何か。
掲げられた政策の是非だけではなく、そうした政策が出される根本にどのような思想哲学があるのか。そしてその思想哲学が空理空論では意味がない。本当に私達の日常生活に有為に貢献する思想哲学であるかどうか。
その一点が確固たるものであれば、どのような社会状況になったとしても有機的に対応することができる。想定外の突発事故があったとしても、判断を誤ることなく最善の政治判断と決断を実行することができる。
そのような政治家に政治を託すのが最善の道であると思うのです。

■一人ひとりの幸福の確立こそ社会が目指す姿

大上段に「社会の繁栄だ」「世界の平和だ」と叫んでも実際には何も変わらないことが多々ある。
逆説的に聞こえたとしても、やはりまず個々人の幸福の確立があってこそ国家も世界全体も豊かで幸せな社会を実現することができる。その点に異論を言いたてる人はいないのではないかと思います。
その意味では、幸せになるために社会体制を変える必要があるとか、政権を交代させればよい時代が来るなどという考えは、全くの虚構であると断言しておきたい。

政治はその国家や団体に属する全ての民衆の幸福に寄与するためにこそある。
だからこそ、政治には幸福を確立ための理論と哲学が必須なのであると訴えたい。
そしてその思想哲学は一人ひとりの生命をどこまでも尊重し、一個の生命の持つ限りない可能性を信じて現実生活に現わしていこうとするものであるべきである。
私はそのように思うのです。

■生命尊厳の思想

生命と宇宙のリズムを根源的に解明し、幸福になるための実践を具体的に展開してきたのが東洋思想が持つ英知であるとするのであれば、その生命哲学を実践する一人ひとりが社会のあらゆる分野で生命哲学を根本として、一人の人間として具体的な行動をとっていくことが生を受けた者の使命であるとも言えると思います。
政治の分野においても、今こそ生命尊厳の思想を持った政治家が求められているのではないでしょうか。これから日本は憲法改正や国防、国際貢献の在り方が議論される時期を迎えていきます。少子高齢化は既定路線となり社会福祉の財源をどのように考えていくべきかなど、国家運営の岐路に立っています。このような重要な局面にこそ、生命尊厳の哲学を有する政治家がかじ取りをしていくべきである。
そのように私は感じています。

そうした意味においても今回の参議院選挙は重要な意味を持つと思います。
自分自身の思いをしっかりとみつめながら継続して語りあっていきたいと思う今日この頃です。
論点が前後したりまとまりのない文章になってしまいましたcoldsweats01
申し訳ないです(^_^;)
皆さんはどのように感じられますか?

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2013年7月13日 (土)

第98回 桂冠塾 『背教者ユリアヌス』(辻邦生)※前半

0986月29日(土)に今月の桂冠塾(読書会)を開催しました。
今月と来月の2回で辻邦生作『背教者ユリアヌス』を取り上げます。

この物語は紀元334年秋からローマ帝国を舞台にして展開されていきます。

■物語のあらすじ(1) ガリアに赴くまで          

紀元293年に始まった四分割統治(テトラルキア)制度下で副帝であったコンスタンティヌスは4皇帝並立の混乱期を経て、324年にローマ皇帝に就きます。彼は首都をビュザンティオンに遷都。古代から続くローマ帝国が西方中心から東方中心の国家に変質する時代を迎えます。
また彼はキリスト教の洗礼を受けた最初の皇帝となり、キリスト教を国教に定めて、結果的には古代ローマからの文化と神教が衰退へ向かう端緒にもなりました。

大帝と呼ばれていたコンスタンティヌスの死後、帝国は3分割され3人の子供達がそれぞれ正帝となります。この時、コンスタンティヌス大帝の弟であったユリウス一族が3兄弟の疑心暗鬼から一族抹殺を画策されます。
ユリウス一族の中でかろうじて虐殺を免れたのが年少であったガルスとユリアヌスの幼い兄弟でした。
その後、3正帝時代が短く、叛乱等を経て次男コンスタンティウスに権力が集約されていきます。

ユリアヌスは暗殺の危険に晒されながらも、多くの友人や学問の師匠を得てギリシア哲学を愛する青年へと成長していきます。その間もローマ帝国は内紛と暗殺、外敵との戦争が続き、政治的にはエウビウスを筆頭とした宦官が暗躍。私腹を肥やす輩が跋扈し、癒着と驕慢が蔓延する伏魔殿と化していました。
ユリアヌスの兄ガルスは一族の復讐を忘れずに生き抜き、皇帝となっていたコンスタンティウスの皇族による統治の考えによって副帝(カエサル)の地位と皇帝の妹コンスタンティアを妃として西方ローマの統治を行ないます。しかしコンスタンティアの野望と自身の驕慢さから皇帝への謀反の疑いをかけたれて処刑されます。

そして、政治への野心も興味も全く持たないユリアヌスに副帝の使命が舞い込んできます。その陰にはコンスタンティウス皇帝の疑心暗鬼、そして皇妃エウセピアとユリアヌスとの運命的な出会いがありました。
皇帝のもう一人の妹ヘレナと結婚させられて、西方に位置するガリア統治のために若き哲学青年ユリアヌスが任地へと赴いて行きます。

まったく野心というものを持たない青年ユリアヌスの無欲さが、彼自身の人生を過つことなく前に推し進めていく様子が丁寧に描かれています。
ユリアヌス自身が無欲で純粋であるがゆえに、彼を取り巻く人達や環境が彼を支えている。そして時代がユリアヌスを必要としたとき、今まで培ってきた哲学が大きく花開く時を迎えます。

■物語のあらすじ(2) ガリア統治~そして皇帝ユリアヌス誕生

当時のガリアはゲルマン民族の侵略に脅かされていた。
ガリアに向かうユリアヌス軍は、内部には宦官達の謀略を抱えつつも、ユリアヌスの率先垂範の指揮のもとに次第に団結してゲルマン部族を制圧し、ガリア地方の統治領域を回復していきます。

一方、東方の脅威であるペルシア討伐に当たっていた皇帝コンスタンティウスは苦戦していた。折しも皇后エウセビアが逝去。宮廷会議ではガリア騎兵隊のペルシアへの転属が議論されていた。ガリア兵はアルプスを越える地方に動員してはならないとの法律を無視を議論であったが、その裏にはユリアヌスの主要戦力を削ごうというエウビウス一派の陰謀があった。
謀反の噂を吹き込まれて疑心暗鬼になった皇帝コンスタンティウスは、ガリア騎兵隊のペルシア転属の命令を発した。
命令を受けて苦悩するユリアヌス。
皇帝コンスタンティウスに怒りは爆発するガリア兵たちは、命令を受け入れる苦渋の決断をしたユリアヌスを自らの皇帝として担ぎあげた。

■物語のあらすじ(2) 名実共に皇帝ユリアヌスへ そして逝去

対決か和解か--。
いずれになろうとも皇帝コンスタンティウスと会わねばならないユリアヌスは、首都コンスタンティノポリスに向かう。鬼神とも思える統率力でガリア軍を短期日で首都に迫るユリアヌスのもとに皇帝コンスタンティウスの訃報が届く。
しかもコンスタンティウスは後継の皇帝としてユリアヌスを指名していた。

名実共にローマ帝国の皇帝となったユリアヌス。
ギリシア神教の復興、内政の立て直しなどやらねばならない懸念事項は山積していたが、一番に着手すべきはペルシア平定であった。
万全の準備をして出兵。貴重な運河の情報を得る幸運にも恵まれ、ペルシア軍の本拠地へと迫る。しかし全軍をニ手に分けて挟み打ちを行うという戦略案によって結果的に兵力を半減したローマ軍は壊滅的な敗退を喫することになる。

敗走するローマ軍は天にも見放されたのか、ペルシア軍の謀者の策略に落ちてメソポタミアの砂漠をさまよう。そして迷走の最中フリギアの地で、ユリアヌスはペルシア兵の投槍で一命を落としたのである。

363年7月。皇帝旗に包まれたユリアヌスの遺骸と共に夕日の中をメソポタミア砂漠を北に進むローマ軍の姿が描かれつつ物語は終わります。

考えてみたい論点等については次回(後半の7月度)に述べたいと思います。

【桂冠塾の当日の開催内容等はこちら↓】
http://www.prosecute.jp/keikan/098.htm

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2013年6月 6日 (木)

安倍政権/成長戦略を正式発表 個々の戦略に思う(農業編)

今月5日、安倍晋三首相は、日本の長期的成長を達成するための成長戦略を発表した。日本再生のための「3本目の矢」と位置付けた重要な戦略である。

その内容は多岐にわたり、様々な戦略の分析、構築がなされたものと推察される。日本を必ず再生させるのだという挑戦的意欲を大きく評価したいと思う。
それと共に、目的達成のために重要となってくる個々の政策についての評価については別物である。特に気になった点について私見を述べておきたい。

発表の中で安倍首相は「民間の創造的な活動を鼓舞し、国境を超えたあらゆるイノベーションを日本の中で起こす」と述べ、「国家戦略特区」「国民総所得150万円増」などの言葉が並んだ。
そしてとくに重視されていたのが、「民間活力の爆発」のキーワードである。
具体的な産業事業として、医薬品のネット販売、医療、交通インフラと並んで、民間の重要産業の一つとして農業が明示されている。

農業についての政府の認識として「変革が遅れる農業」と位置づけられていることは明白だ。その当然の帰結として「国際競争力」をつけることが成功の要因とされている。

しかし果たして、そうなのだろうか。
私は、農業分野の事業展開を推進してきた立場の一人として異論を唱えたい。

いま、日本の農林漁業は大きな転換点を迎えている。
地方に住む住民の高齢化による限界集落の維持問題、第一次産業の後継者問題、雇用の急激な減少、少子化問題...。こうした様々な要因が相互に絡み合い、社会そのものの綻びが地方村落から大きくなりつつあると言われている。
さらにそれらの要因の奥底には、有史以来変遷を続けてきた人間の生活スタイルの流動性があるのだろう。

人間は同じ場所で、同じ生活文化を半永久的に維持発展し続けるという習性にはない。
その時代時代において、住む場所も、生活のスタイルも、食の確保方法も、大きく変化をし続けてきた。そのことによって地球上の覇者としての地位を確保したとも言えるかもしれない。

個人の所得をはじめとする経済格差は、住民の生活を直撃しており、都市生活者との文化的生活水準には大きな格差となって現れ、日本社会全体のゆがみとなっている。

国民の多くが都市部に住む日本人にとって、農林漁業を共有問題とする意識がほとんどないのが現実だ。
山村の現実を我が問題として解決方法を模索し、苦悩しているのは、結局は山村地域に住む人たちだけである。

「それでいいじゃないか」という声も、聞く。
長年、山村再生に取り組んできた諸団体のメンバーですら、閉鎖的な体質を払拭しようともしない。山村地域の人たちとの協働を訴えるが、企業・都市側には自分たちの縁故だけでやっていて、大きく広げようとしないのが、現在の山村再生事業の実態である。
その意味では、限られた人達だけの特権化、既得権を守るような閉鎖的領域となりはじめている。儲け話の『山村再生ビジネス』はその典型である。
日本の将来にとって、極めて、危険な状況に追い込まれている。

こうした危機感を訴えてから約10年の年月が経過した。
近年「里山」再生が重要な課題としてクローズアップされている。
折しも経済再生を訴える安倍政権が「国際競争力をつけることによって農業を再生する」と訴えている。
今の日本の農業政策は、集落営農(農業経営の大規模化)と6次産業化の2本柱によって国際競争力をつけるという方向に突き進もうとしている。

しかしその方向性は、誤っていないのだろうか?
敢えて問いたい。
農業に国際競争力の概念は必要なのだろうか。
そもそも農業とは、地球規模で差別化を競う産業なのだろうか。

それぞれの地域には、その地域特有の強さがある。
他の地域での事例や理論を参考にしつつも、地域の差異を活かす生活を構築できる。
そのために重要な視点は、従来にない発想、異種の経験を、先入観を排除して活かす取り組みが重要になる。そして、その地域が持っている潜在力、「地域力」とも呼べるものを生活にダイレクトに有効活用することが、いま求められている。
そこに、これからの地域再生のポイントがある。
農業は、産業としての一側面だけで取り組んでも、よい結果には到達しない。
私は、そのように思うのである。

現実の話として、都市部と比べると、山村地域の物価は安い。
特に、家賃等をはじめとする住生活関連、そして農漁業産物を中心とした食生活に関わるコストは、農漁山村地域に圧倒的な優位性がある。平たく言えば断然「住みやすい」のである。
雇用確保や収益を確保できる事業展開ができれば、少ない収入であっても経済的にも充分に豊かな生活を送ることができる。
現実には環境整備も必要だ。それは収益事業及び雇用の確保(生活費の確保)、住居の確保、教育・文化的生活の確保である。
その根本的要素は「人」の問題である。

更に国際競争となれば、ポストハーベストの課題、フードマイレージの視点からの悪影響も懸念される。
農産物の地球的拡散による種の混交の問題も、どのような影響があるのか未知数である。
大きな問題として認識されていないが、F1種を使い続けることへの警鐘も鳴らされている。

農業を取り巻く課題は、農業だけにとどまらない。
自然環境の回復、保水力をはじめとした自然災害への対応力、野生動物や小生物との共生など、どれも重要な課題と深くリンクしている。

「農業経営の大規模化」についての疑念は、以前から何度も提起してきた。
そもそも大規模化すれば根本的な改善になるのか。
大企業にならなければ中小零細企業はつぶれてしまうか?と置き替えて考えてみれば誰にもわかることだ。大規模化するかどうかは、真の対策ではないのだ。
加えて、日本の中で相当な大規模化を行ったとしても、アメリカ大陸で行なっている大規模農業は桁違いにスケールが大きい。いくら日本国政府あげて大規模化を推進しても、国際的に見れば大した規模にはならないのだ。
そんなことは少し調べれば、誰にでもわかる事実だ。
しかし、農水省は相も変わらず、大規模化に突き進んでいる。
誰もとめることができないのが、日本の農業政策の実態なのだ。

いま求められている喫緊の課題は何か。
農業従事者と消費者、それそれの意識改革であると訴えたい。
批判もあると思うが、あえていずれが重要かと言えば、重視すべきは消費者の意識改革であると主張する。
食の安全に関する諸課題を我が事として受け止めて問題解決に取り組む決意があるのか。
その決意があれば、地産地消などの消費行動に出るのは必然の結果とも言えないだろうか。
そうした消費市場が日本人の生活の中で熟成されることで、はじめて持続可能な農業経営が成り立つ。
その視点を明確にすれば、たとえば休耕地の有効活用も、生産者の生活支援の側面と共に、消費者と生産者の溝を埋める方向に進める道が見えてくる。
それが遠回りのように見えて、最も堅実な王道であると私は思う。

私達は今年の秋をめどに、新たな活動を広げることを模索している。
奥山から始まり、里山、人里、都市部へと繋がり、里海までの一気通貫したフィールドでの取り組みである。
従来から生活を行なってきた先人達の智恵と哲学に学び、2世代、3世代先の子孫に受け継いでいける日本を創る。
それが私達が目指す農業と里山再生の取り組みである。

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2013年5月31日 (金)

第97回桂冠塾 『職業としての政治』マックス・ウェーバー

0975月18日(土)に5月度の桂冠塾(読書会)を開催しました。
今回のテーマ本はマックスウェーバー著『職業としての政治』です。

多くの方が学生時代に一度は耳にした社会学者の一人がマックス・ヴェーバーではないかと思います。従前は経済学の一部のように扱われていた学問分野を、独立した社会学としての立場を確立した世界的な社会学者といってよいと思います。
マックス・ヴェーバーの代表作として『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』があることからもわかるように、ヴェーバーの社会的考察の視点は、近代文明の発展の軌跡を人間の信仰観と合理性追求の関係性から解明しようとした側面があります。

そうした視点の展開の中で行なわれた講演として「職業としての学問」「職業としての政治」を位置づけることができると思います。

本書は1919年1月、ミュンヘンの自由学生同盟の学生達のために行なった公開講演の記録です。
時代は第1次世界大戦にドイツが敗戦した直後。愛国者でもあったヴェーバーは敗戦によって個人的な衝撃も受けていましたが、それにもまして心を痛めていたのは、この敗戦を「神の審判」のごとく受取り、自虐的な敗者の負い目を感じつつ、いつか訪れるであろう「至福千年」の理想に心酔しようとしている一部の知識人達の言動であったと言われています。
しかも、そうした知識人の多くがヴェーバーの親しい先輩、友人、教え子達であったため、彼らの考えを糺して現在の社会状況の本質を語ろうという意図があったと推察することができます。
当時のドイツの知識人が思っていた思想は次のようなものだったといいます。

”敗戦を喫したドイツ国民の我々は理想を実現する民であり、それを滅ぼした敵国は悪の枢軸であり世界は悪に染まっている。だから我々は必ず神の力によって世界を改変して千年王国を築くことができる。”

戦争と敗戦の本質は、果たしてそのようなものだったのでしょうか。
ヴェーバーは、政治の本質的属性が権力であり、国家相互の間であれ国家内部においてであれ、権力の分け前にあずかり権力の配分関係に影響を及ぼそうとする努力が政治であると定義して自説を展開します。
                  当時の政治の現状を分析しつつ、講演の後半では政治と個人的倫理についての考察へとテーマが推移していきます。
文脈に沿ってみていきたいと思います。

■政治とは、政治家とは何か

冒頭から政治に関する様々な概念に対してのウェーバーの私論が次々と展開されていきます。
まず政治についてのウェーバーの定義が述べられます。

政治とは、国家の指導またはその指導に影響を与えようとする行為である。
国家とは、ある一定の領域の内部で、正当な物理的暴力行使の独占を実効的に要求する人間共同体である。すべての国家は暴力の上に基礎づけられている。
政治とは、権力の分け前にあずかり、権力の配分関係に影響を及ぼそうとする努力である。

そして政治を行なう者は必ず権力を求める。その理由として
①別の目的を実現するための手段とするため
②権力自体がもたらす優越感を満喫するため
という2点を指摘しています。
政治家の清き思いが、権力の魔性によって悪しき方向へ変質することは必然であるともとれる指摘です。1点目は個々の目的を精査して対処することが求められますが、2点目についてはいかようにしてでも克服するしかありませんが、権力の誘惑に溺れる政治家がいかに多いかは多くの庶民が実際に目の当たりにしているとおりです。

次に、国家と人間との関係を論じます。
政治がその影響力を行使する国家とは、暴力行使に支えられた、人間の人間に対する支配関係であり、その支配関係は正当であるとし、この支配関係の正当性の根拠として
第一「伝統的支配」
第二「カリスマ的支配」
第三「合法的支配」
の3点が挙げられています。

ウェーバーはその中でも「カリスマ的支配」について論及していきます。
指導者個人に対する信仰ゆえに服従する形態を「カリスマ的支配」と呼び、その形態として
①呪術者と預言者
②選挙武候、一味の首領、傭兵隊長、民衆政治家(デマゴーグ)と政党指導者
があると指摘しています。
近代以降における政治家の選出は選挙によって行われるわけですが、選挙のたび毎に政治家の虚言に右往左往させられている有権者の姿は、ウェーバーの指摘するカリスマ的支配そのものとも思えます。

そして政治家は、自己の支配権を主張し支配関係を継続させるために外的な手段(補助手段)を用いる点を指摘します。
政治家が継続的な行政を行なうために必要な手段として
①人的な行政スタッフ
②物的な行政手段
この2点を挙げます。現在の政治家の姿もまったくこのとおりですね。現在の日本においてはこの2点を揃えるための原資として政党助成金などの形態で税金を投入することも行なっています。

■国家秩序の分類

次にウェーバーは、政治を行う舞台である「国家」について論じます。
国家は成立の過程から
①人的行政スタッフが行政手段を自分で所有する形態(身分制的に編成された団体)
②行政スタッフが行政手段から切り離されている形態(君主の直轄支配)
この2つに分類します。
現在でもドイツのような連邦制国家は①であり、日本などは②の形態と言えるでしょう。
この②の形態は「官僚制的国家秩序」に変化し、近代国家の発展と共に広まっていったと見ることができます。

国家の実務を掌握する官僚は、君主と比類する他の私的な担い手に対する収奪が用意されるにつれてその権力の範疇は広がりかつ活発化していきます。
ここで用いられている「私的な担い手」とは、行政手段、戦争遂行手段、財政運営手段その他の政治的に利用できるあらゆる種類の物材を、自分の権利として所有している者と指しており、それぞれに独立している国家君主とみてよいと思います。すなわち、国家として行使できる権力を、他者から独立した形で所有するのが国家そのものであると言い換えてよいでしょう。

そうした官僚国家の発展は、資本制経営が発展してくる過程と完全に併行しており、政治運営の全手段を動かす力は事実上単一の頂点に集まる。つまり一人の国家指導者に権力が」集中するという指摘です。
そうした官僚国家においては、行政スタッフと物的行政手段の分離が完全に貫かれている。現在の国家体制は原則においてその通りの姿になっているのではないかと思います。

■新しい発展型国家と第二の「職業政治家」

そしてこの講演が行われた直前の1918年ドイツ革命を、国家という収奪者から政治手段と政治権力を収奪しようという動きであったと定義し、簒奪や選挙で政治上の人的スタッフと物的装置に対する支配権を入手した根拠を被治者の意思に求めたと位置付けます。
このことを通して、近代国家とは、ある領域内で支配手段としての正当な物理的暴力行使の独占に成功したアンシュタイト的な支配団体であると定義します。
そして、その独占の目的達成のために物的運営手段は国家の指導者の手に集められ、その頂点に国家が位置すると見ました。

そうした新しい形の国家においては、政治支配者に奉仕する、第二の意味での「職業政治家」が現れます。

その政治家は、君主の政策を行うことで物質的な生計を立て精神的な内実を得ます。
君主の最も重要な権力機関であり、政治的収奪の機関となっていきます。

■職業政治家の存在の意味

政治家には大きく3つの分類があるとして
①臨時の政治家
②副業的な政治家
③本職の政治家
を挙げます。
①臨時の政治家とは、現代でいえば選挙活動や自治活動に取り組む一般庶民のことであって、いわゆる政治家とは一線を画します。
②の類型は、現代においては財界活動や地域の自治会で役職について活動している方達がこれに相当するでしょう。多くの場合は無報酬もしくはわずかな謝礼程度です。
③本職の政治家が、現代における政治家に相当すると考えてよいと思います。
本職であるので報酬も受け取ります。
国民生活が多様化していくにつれて、国家君主も、自由な政治団体である国家そのものも、本職の職業政治家を必要としていきます。
ここでいう自由とは、伝統的な君主権力支配を受けていない国家体制であることを指していて、暴力的な支配を伴わないということではありません。ざっくり言えば前者は王政国家であり、後者は国民主権国家などがその一例です。

■政治のために生きるのか、政治によって生きるのか

政治を職業とする「本職の職業政治家」は
①“政治のために生きる”人達と、
②政治によって恒常的な収入を得ている“政治によって生きる”人達に
分類される。
この違いは天地雲泥ほどの大きな差があるわけだが、現実にはこの2者をいとも簡単に行ったり来りもしてしまう。

ウェーバーは対比する類型制度として論じているが、この点については少し違和感がある。
ウェーバーは、国家や政党の指導が「政治のために生きる」人達によって行われれば、人的補充は金権的になると指摘。つまり人事権が政治家の特権のひとつとなり、恣意的政治になる危険と賄賂が横行する温床になる。それを防ぐためには金権的でない方法で政治的スタッフや官僚が任命されることが必要であり、そのためには権力を握る政治家の意向に関わらず、政治の仕事に携わる人達が定期的かつ確実な収入が得られることが必要となると指摘している。

つまりこの論点からさらに論を進めれば、「政治のために生きるのか、政治によって生きるのか」という二者択一の問題ではなく、「政治によって収入を得ながら、政治のために生きる」職業政治家が求められていると考えるのが適切ではないかと思うのである。

■職業政治家による政治形態

このあと、職業政治家を輩出する土壌、機関の有無を考察したのち、官僚と政治家、マシーン(政治指導者のために機能する政党組織)を伴う一人の政治家を中核とする政治形態と、カリスマ性を有する指導者個人に依存しない派閥政治等の集団としての政治について、論点が提示されていきます。
その一つの結論として、直接選挙による指導者の選出(大統領制)か、議会による指導者選出なのか、その選出方法にも言及しており、現在の選挙と政治体制の在り方を考えさせられる論点が提示されています。

■指導者としての政治家に求められる資質と政治倫理

ウェーバーは求められる政治家の資質として
①情熱
②責任感
③判断力
の3点を挙げ、この3点のバランスが重要であると論じます。いかに情熱があっても事物に対して距離を置いて見ることができない政治家は大罪を犯していると断言します。

そして、政治行為の最終結果は往々にして当初の意図と大きく食い違い、正反対の結果になる現実を指摘。さらに、政治家が求める「あるべき姿」がどうあるべきは信仰の問題であると断じます。

■最後のテーマ-仕事としての政治のエートス-

ここからウェーバーは、いよいよ本講演の核心である「政治と倫理」のテーマに踏み込んでいきます。
ウェーバーは端的に「政治が人間の倫理的生活の中でどのように使命を果たすのか」という視点で論じていきます。現代に生きる私達にとっても大いに関心がそそられるテーマです。

■真の道義的行動は「倫理」でなく「品位」によって可能

ウェーバーは一例として恋愛での例を挙げながら、戦争後のそれぞれの立場において自己弁護や正当化のためにしばしば「倫理」が独善の手段として用いられてきた事実を指摘。真の道義的行動は、倫理ではなく品位によって可能となると述べています。
さらに山上の垂訓に象徴されるキリスト教的倫理観が現実社会では何ら行動規範とならないばかりか、現実には正反対の行動をとることが多くの人達から求められていると論じます。山上の垂訓の通りに行動するならば、戦争を仕掛けられ領土を焼かれたとしても、抵抗は許されず、かつまだ侵犯されていない残りの領土を自ら差し出すことになってしまう。国家と国民の守るべき政治家に、そうした行動は当然ながら許されるはずはありません。

■心情倫理と責任倫理

さらに倫理的行動は、相反する2つの要素がある。キリスト者は正しき行動を行ない結果は神にゆだねるという「心情倫理」と、予測しうる結果には責任を負うべきであるという「責任倫理」によって構成されているという矛盾である。

加えて倫理を行動規範とすれば、善き目的を徹底して達成するためには危険な手段も用いることになる。またそれがどこまで正当化されるのかの基準も不明瞭である。事実、歴史の中で多くの逸脱した事例をみつけることができてしまう。
悪からは悪が生まれ、善は善からのみ生まれるという非現実的な教説がまことしやかに流布される。

■政治は暴力に潜む悪魔との戦い

こうした矛盾が宗教発展の原動力であったとウェーバーは論じている。
様々な宗教倫理が「人間は生活秩序の中に位置づけられている」と論じていることを、ギリシア神教、ヒンドゥ教、カトリック、プロテスタンティズムを挙げて論じ、その思考過程において「正当な暴力行使」を位置づけてきた経緯を推論している。
したがってどのような理由によって政治闘争を行なったとしても、政治権力を行使できる立場になれば人間は旧態依然たる日常生活を台頭させ、信仰そのものは消滅するか政治的俗物の一部と化すと断言しています。

政治を行う者は、この倫理的パラドックスと自分自身がどうなるかという点についての責任を片時も忘れてはならない。政治家は全ての暴力の中に姿を潜めている悪魔の力と手を結ぶのである、と。

ここで「暴力」について少し触れておきたいと思います。
ウェーバーが言う暴力とは、物理的に人間を傷つける行為のみを指す狭義ではなく、何らかの力で他者の行動や思考を制限する行為や威力そのものを指していると思われます。政治はその国家や団体に属する人々に対して何らかの影響を及ぼす行為であるがゆえに、必然的に暴力をその基盤に有しているとみるべきであると考えられるでしょう。

その意味で資本主義国家や封建国家にとどまらず、「社会主義の未来」や「国際平和」においても同様の問題が出現する。

■政治とは生の現実に打つ勝つこと

この問題と対峙するためには年齢等は役に立たず、修練によって生の現実を直視する目を持つこと、生の現実に耐え、内面的に打ち勝つ能力を持つことが絶対条件となる。
ウェーバーは責任倫理に重きを置きつつ、心情倫理と責任倫理が相俟って「政治への天職」を持ちうる真の人間を生み出すと結論づけている。

そしてウェーバーは、聴講する学生達に「10年後にもう一度話し合おう」と語りかけている。今自分自身が心情倫理家と感じ革命に陶酔している人々がどうなっているか。諸君一人一人はその時どうなっているのか。
・憤懣やる方ない状態にあるか
・俗物になり下がってぼんやりと渡世をおくっているか
・現世逃避にふけっているか
いずれにしろ自分自身の行為に値しなかった、この世にも日常生活にも耐えられなかったのだ、と。

ウェーバーは、一方で自己弁護的な敗戦戦犯探しに警鐘を鳴らしつつ、もう一方で「自分達は神の子であり敗戦は偽りの姿である」「自分達は神の御心のまま行動したのであるから結果も神にゆだねる」との心情的革命家と化している同僚や教え子達に真の政治家のあり方を情熱的かつ論理的に語り抜いたのである。

■いかようにして生の現実に打ち勝つのか

あえて、この講演全体を通じて消化不良と言える点を2つ挙げておきたいと思います。
ひとつは、全体を通じて分析主張する論拠が示されていない個所が多いこと。
もうひとつは、ウェーバーが結論づけた政治家像を実現するためにはどうすればよいかという具体的方途が示されていないことです。

一つ目については時間の限られた講演でだったとも思われますし、政治の様々な側面を論じていることを考慮すれば、至極当然かなとも思います。
重要なのは二点目です。
平坦な言い方をすれば、政治が本源的に持っている権力の魔性をいかに克服して、情熱・責任感・判断力の資質をいかにして磨くかということになります。
その本質は「権力の魔性に勝つこと」にあるとして、その実現のためには「修練によって生の現実を直視する目を持つこと、生の現実に耐え、内面的に打ち勝つ能力を持つことが絶対条件」という点までは言及しています。

■政治家に必要な修練とは生命レベルの闘争を続けること

ではその「修練」とはどのようなことなのか?
このための方途をウェーバーが全く触れていないかと言えば、必ずしもそうではありません。少し違う角度で、達成しがたいこの点が宗教的発展を促してきたという指摘があります。しかしウェーバーの指摘はここまでで、宗教の限界も指摘する文脈になっています。

今一度の確認になりますが、政治権力の現れ方として、ひとつには他の目的を実現する手段として、もうひとつは自分の優越感を満足させるために、現出します。
一点目を克服するためには、目的の手段化を防ぐ理念哲学と歯止めをかけるルールづくりが必須であると感じます。
そしてより深刻で本源的な問題が二点目。
これを克服することは、すなわち己心の低い生命状態を克服することと同義。いいかえれば自分自身の生命変革であり、境涯革命の勝利が必要であると言えるのではないかと感じます。
生命レベルでの鍛錬こそが政治家の必須要件である。
このように結論づけることが重要ではないかと思います。

翻ってみて現代。
真の政治哲学や理念思想を持ち実践する政治家はどこにいるのか。
生命レベルでの闘争を続ける政治家は誰なのか。
そうした視点で政治家を選出することが、有権者である私達に課せられている重要課題であると思います。

■真の政治家の姿とは

最後にウェーバーを訴えた真の政治家像を、本文をそのまま引用して紹介したいと思います。

政治とは情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくりぬく作業である。もしこの世の中で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようであれば、およそ可能なことの達成も覚束ないというのは、まったく正しく、あらゆる歴史上の経験がこれを証明している。
これをなしうる人は指導者でなければならない。
指導者であるばかりではなく、英雄でなければならない。
そして指導者や英雄でない場合でも、人はどんな希望の挫折にもめげない堅い意志で、いますぐ武装する必要がある。そうでないと、いま可能なことの貫徹もできないであろう。
自分が世間に対して捧げようとするもの比べて、現実の世の中がどんなに愚かであり卑俗であっても、断じてくじけない人間。
どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。
そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。

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2013年5月 9日 (木)

第95回桂冠塾 ゲーテ作『ヴィルヘルムマイスターの修行時代』 ※前半

0953月30日(土)に今月の桂冠塾を開催しました。3月と4月の2回でゲーテ作『ヴィルヘルムマイスターの修行時代』を取り上げました。
まずはじめに作品のあらすじを確認しておきたいと思います。

全体構成と物語のあらすじ

この作品は全8巻で構成されています。岩波文庫版は3分冊になっている長編小説です。全体の構成をあえて分類すると

1~5巻:演劇で生きていくことをめざすヴィルヘルム・マイスターの人生の軌跡
6巻:うるわしき魂の告白
7~8巻:子供と共に-キリスト教を基調とした秘密結社の行動を行う一族と出会い、愛と人生を考えるヴィルヘルム・マイスター

という感じになるでしょうか。少し長くなりますが作品の理解に必要ですので、あらすじをまとめてみます。

Ⅰ.第1~5巻 演劇に生きようとするヴィルヘルム・マイスター

裕福な商家に生まれ、家業を継ぐよう望まれていたヴィルヘルム・マイスターは、父の期待に反して、幼少の頃から演劇にあこがれ、長ずるに及んで、いつの日かドイツ演劇界の改革者になりたいと志すようになっていきます。

彼は、青春の情熱のおもむくままに、女優マリアーネに夢中になり、一緒に暮らしたいと願うが、父の反対は目に見えていました。折りから、見聞を広めるために修業旅行せよとの父の意向があったが、かねての希望を達成すべき機会に利用しようと考えたヴィルヘルムは、ひとまず自分だけが先に旅立って、どこかの劇団で地位を得てから、マリアーネを呼び寄せようと計画する。しかし実行の前夜、彼女から冷たくあしらわれて悲しんだ彼は、愛のかたみにと思って、彼女のマフラーを持ち帰るが、思いきれずふたたび未練の情に駆られて引き返したとき、彼女の家から男が出てくるのを見てしまう。彼女にパトロンがいたのではないかとの疑念を抱き、衝撃を受けて帰宅した彼は、マフラーの中から、その夜来訪する旨が書かれたパトロンの手紙を発見する。動かぬ証拠を手にした彼の苦悩は極限に達し、重い病にたおれる。

やがて回復した彼は、過去の情熱につながる一切を払拭しようと努め、黙々と家業に精励する。 しかし、初心はついに忘却しがたく、彼は旅に出る。

ヴィルヘルムは仕事で滞在していたある町で、駆け落ちに失敗した俳優メリーナと女のカップルに出会いその窮地を救う。
さらに別の町で女優フィリーネ達と出会い、愉快な休暇を楽しむが、その時サーカスの団長から虐待されていた少女ミニヨンを身請けする。
さらに彼は、不思議な竪琴引きの老人と知り合ったが、この老人とミニヨンの孤独な魂は、騒々しく浮ついた貴族や芸人の社会を遍歴するヴィルヘルムにとって、こよない慰めとなった。

快楽的な生活のうちにもヴィルヘルムの胸中を時として懐郷の思いが去来する。そんな折り、その町に現れたメリーナ夫妻の要望に応えて、金銭を用立ててメリーナ一座が立ち上がる。
折よく、ある伯爵一行に上演できる機会に恵まれる。
その伯爵を讃える前狂言をヴィルヘルムが企画し好評を博する。その間にヴィルヘルムはシェークスピア作品に出会って感銘を受け、一方でヴィルヘルムと伯爵夫人の間には愛が芽生える。同行していた男爵夫人の悪戯によって伯爵に露見しようになるが亡霊を装ってその場を逃れる。それによって伯爵は霊魂を恐れるようになるが、ヴィルヘルムと伯爵夫人はお互いにその思いを埋めて別れを迎える。

伯爵一行が移動し演劇公演も終了。メリーナ一座は合議制になり、旅をつづける途中で盗賊の噂に出くわすがヴィルヘルムの主張で旅を続けるが、襲われて金品を略奪される。
防戦したヴィルヘルムは重傷を負って失神する。意識を回復したときは、フィリーネの腕に抱かれていた。他に残っている者はミニヨンだけで、全ての団員は逃げ去ってしまった。途方に暮れるヴィルヘルム達に旅の一隊の旅行者が近づき、白馬から下り立った気高い貴婦人(騎士)がヴィルヘルムを介抱してくれる。

隣村にたどりついたヴィルヘルムは、一座の者たちと再会する。団員たちは彼を責め、めいめいの損害を彼に弁償させる。
ヴィルヘルムは自分を救ってくれた女騎士を思い、八方手を尽くして彼女を捜すが見つからない。
程なく一座の団員は、ヴィルヘルムの紹介で劇団座長をつとめているゼルローのもとに身を寄せる。ヴィルヘルムは座長の妹アウレーリエと知り合い、親しくなる。アウレーリエには3歳の男児フェリックスがたえずまつわりついているが、彼女はかつて貴族と関係して捨てられたことがあり、その子はその彼との実子だと思われている。
彼女は過去の恋をヴィルヘルムに語り、不実な貴族で恋人ロターリオに手紙を渡してほしいと言い残して病死する。

Ⅱ. 第6巻:うるわしき魂の告白

上流階級に生まれた一人の女性の告白手記で第6巻が構成されている。
女性の本名は明かされていない(以下「彼女」と記載する)。彼女は学問を学ぶ意欲に満ち、成長の過程で神への信仰を確立した女性として心情が吐露されている。

彼女は8歳の時に喀血し9ケ月間闘病生活を送り、その間に学ぶことの楽しさを知る。
当時の社会では女性が学ぶことを好しとしていなかったが、彼女は回復後も勉学や語学に励むと共にキリスト教の信仰と聖書に親しむようになる。
12歳の時に侍従長の2人の兄弟と親しくなり、兄と交際するが、兄弟は相次いで死亡する。
その後社交界デビューした彼女は、無為に思える日々を貴族の勤めと思って過ごし、彼女がナルシスと渾名した青年と交際する。罰金遊びから誤解を受けたナルチスは、大尉との決闘で大怪我を負う。ナルチスは看病した彼女に求婚し婚約者となる。しかし神との関係において一定の悟りの境地に達していた彼女は、通俗的な生活を送ってきたナルシスを精神的に受け入れることができず、快楽的なナルチスの行為を非難します。

第6巻の後半は彼女の信仰観が述べられます。

多くの若い人が感じる社交的な楽しみや娯楽に対して魅力は感じることはあっても、迷うことは決してなかった彼女。
善を選ぶことに何の迷いもなかった。
自分の幸福に関わることは自分で決めることができ、自分を混乱させる行為は受け入れないでいることができる。
彼女の中でそうした思いはナルチスへの愛を阻害するものではなかったが、ナルチスは疎遠になっていく。ナルチスに手紙を出して愛情を確認しようとする彼女。彼女を幸せにできるだけの地位に就ければ関係を進めたいと言うナルチスの手紙には、彼女が貴族の妻にふさわしい考えに改めるという条件が付いていた。数ヵ月後二人の関係は終焉します。

彼女の存在は、婚約者よりも神を大切に思う娘として知れ渡るようになります。
ある伯爵家との付き合いも濃くなり、数軒の親戚が移られて交際が広がり、彼女宅には叔父が滞在すようになる。叔父が結婚を希望する妹と共に、叔父の友人宅に滞在し社交界の務めを行うが、不摂生な生活に2度目の喀血を起こす。彼女は生きる希望を捨てた生活を送る。

母が重病になり、父も体調を崩し、彼女は自身の生き方を吟味する。
神の存在を確信し、神と交わることを得た彼女は、苦難に襲われると精神的な避難所(具体的な場所ではなく心の中にある)に急ぎ、報われて現実の意識に帰ってくるという精神世界を得る。
彼女の中において、神なくしてはこの世は存在しないことが証明されたのだった。

彼女にはキリスト教の様々な宗派は無関係だった。
ハレの改心派に帰依するが、改心は罪を深く恐れることから始まるという教義は、彼女には全く当てはまらず、彼女にとって神は求めるとすぐに姿を現した。地獄の責苦や悪霊など彼女には無縁だった。その間食養生的療法も続けた。

フィーロ一家が近くに転居してくる。とても気持ちの良い友人となり、フィーロから愛の告白を受けた(と文脈から推察される)。自身の中にある官能的感情に戸惑い、神に祈った彼女は、それまでの感情を乗り越えて真の信仰を見出す。彼女は心に翼が生えたと表現した。教会神父の説教も陳腐であることも悟る。その真情をフィーロにも伝えた。

フィーロ一家は異端者と思われているヘルンフート同胞教会と関係があり、創始者であるツィンツェンドルフ伯爵の著書を多く持っていた。著書を読んだ彼女はそこに自分が求めていた信仰があることを悟り、伯爵を信奉するようになる。彼女らの転回は表沙汰になり、宮廷牧師は失意の中で死亡する。

妹は叔父と結婚した。結婚式が行われた叔父の館での行き届いた配慮に感銘する彼女。「人間は神性の概念と少しも矛盾するところはない」「真剣にやらないでできるものは何一つない」等の叔父の考えに触れ共感する。芸術に対しての考えを開陳される。
叔父の書庫を見て全体を見渡すことの大切さを知る。大変興味のある医者で博物学者に出会う。

多くの招待客が去った叔父の館で天上の至福ともいうべき合唱を聞き、叔父から七宝焼の十字記章をいただく。
まだ嫁いでいないもう一人の妹が肺炎で死亡する。結婚した妹はショックで早産するがその後男の子を出産。父は熱病で死亡する。
ヘルンフート同胞教会の人々との交流を願い、施設を訪れた彼女だが、思いと違う現実に失望する。前出の医者に助けられて生きる彼女。妹は女子、男子を出産するが夫である叔父は急逝する。
彼女は妹の上の娘に夢中になる。上の娘は尊い行為によって施しを行う少女だった。
周囲からは自身の信仰が理解されない彼女であったが、そのことで信仰が後戻りすることはなかった。彼女自身の心の命じるままに正しい道を歩んだ。
彼女は、自分自身の力や能力を誇る危険に陥る危険は決してない、と断言して手記は終わります。

Ⅲ.第7・8巻 子供と共に・信仰をもとに愛と人生を考えるヴィルヘルム

話の流れは第5巻の終りから続き、ヴィルヘルムは亡きアウレーリエの手紙を携えてロターリオ男爵を訪ねる。激しく非難しようと勢い込んで乗り込むが、ロターリオの人柄と何か事情がある様子に触れて肩透かしにあう。
ヴィルヘルムは神父にアウレーリエの話をし、さらにローリエが親しくしている娘リューリエが原因となった決闘でロターリオが負傷。帰宅する脇にはヤルノがいた。
手当てをする若い医者が持つ鞄はかつてヴィルヘルムが盗賊に襲われた時に治療をしてくれた老医師のものだったが、若い医師は誰のものだったか知らないという。さらにヴィルヘルムは、取り乱すリューリエの付き添いを任されて家族の一員のようになる。

かつてアメリカに渡っていたロターリオは領地内の改革をめざしていた。同胞教会に入ろうとしているロターリオの義弟の伯爵は、かつてヴィルヘルムが恋した伯爵夫人の夫であることを知る。
ロターリオの治療のために老医師が到着する。かつてヴィルヘルムを治療した医者だった。第6章の手記もこの老医師が読ませてくれたことも明らかになる。

竪琴引きの老人のその後を語る老医師。竪琴引きは自分の内面にしか目を向けていない、空虚な暗闇しか見ていない、そして自分は男の子に殺されると思っているという。
リューリエは療養のためにロターリオの女友達テレーゼ邸に預けられることになり、ヴィルヘルムが同行する。ヴィルヘルムはテレーゼがあの女騎士ではと思ったが違っていた。
ロターリオへの尊敬と感謝の念をテレーゼに語るヴィルヘルム。ヴィルヘルムと同じ心だというテレーゼ。テレーゼは家政を管理経営する現在に至った経緯を話す。放漫な母の生き様と確執、そして母の出奔、愛する父の死とその後の困窮...そうした経緯を経て家政経済の資質を磨いていったテレーゼは、ロターリオと出会い、互いを認め合い婚約し結婚の日が近づく。しかしロターリオが旅行先で、テレーゼの母と関係を持っていた事実が判明し、破局した過去を語った。

ヴィルヘルムは館に戻り、ロターリオの怪我も回復に向かう。農家の娘、更にアウレーリエとの恋愛を語るロターリオ。ロターリオとの子供だと思っていた男の子は老婆が連れてきたことが判明。アウレーリエは別れの悲しみを紛らわすために手元に置いていたのだという。
ヴィルヘルムは男の子フェーリクスとミニヨンを引き取るために元の町に向かう。

フェーリクスとミニヨンを抱きしめるヴィルヘルム。傍にいる老婆がかつてマリアーネに付き添っていたバルバラ老婆であることに気づく。詰問するヴィルヘルムに老婆はマリアーネが死んだこと、フェーリクスはヴィルヘルムの子供であると告げる。マリアーネはヴィルヘルムに何通も手紙を書いていた。
一方、劇団はヴィルヘルムがいなくても順調だった。
老婆はマリアーネの来し方をヴィルヘルムに語る。マリアーネにパトロンとしてノルベルクを選ぶように仕向けたこと、別れの夜の顛末、マリアーネがヴィルヘルムを選ぼうとしていたこと等々。マリアーネが書いた手紙は、ヴィルヘルムの家族に受け取ってもらえずヴィルヘルムが贈った紙入れに残っていた。老婆はフェーリクスの養育費を理由にノルベルクからお金を引き出して老婆自身の生活に使い、実際の養育費はアウレーリエが出していた。
2人の子供をテレーゼの元に旅立たせるヴィルヘルム。劇団とも別れを告げる。

ヴィルヘルムが領地に戻ると、大叔父が亡くなりロターリオが遺産を相続することになっていた。ロターリオは既に出掛けていた。大叔父の遺産を元手に土地を購入する計画を実行に移すことになり、神父、テレーゼと共にその仕事に就くヴィルヘルム。実務はある商会に託すことになった。
数日後ヴィルヘルムはヤルノから自分達の秘密を明かすと告げられ、立入が禁じられていた古い塔に案内された。元は礼拝堂であったと思われる部屋に入ると、そこには大きな机と多数の巻物が収められた戸棚があった。
かつて祖父の美術コレクションの買取を仲介した人物、一緒に舟遊びに興じた田舎教師、かつて伯爵邸でヴィルヘルムを介抱した士官、甲冑に身を固めたデンマーク老王にふんした男-かつて演劇公演で助けてくれた存在自体が謎の人物-...。
ヴィルヘルムが出会った人物が次々に現れた。
混乱するヴィルヘルムの前に神父が小さな巻物を置いて言った。
「これがあなたの修業証明です」

修業証明を読むようにヴィルヘルムに促し、書棚の巻物を見るように告げる神父。そこには「○○の修業時代」と様々な人の名前が書かれた巻物があった。
駆けてくるフェーリクスを抱きしめ「おまえは僕の子だ」と叫ぶヴィルヘルムに神父は告げる。
「おめでとう」「あなたの修業時代は終わったのです」

※ここからが最終の第8章になります。

ロターリオが大叔父の土地を共同で購入する商会はヴェルナーの商会だった。二人は再会した。
フェーリクスの教育に思いを致すヴィルヘルムは、テレーゼへの求婚を決意し手紙を送る。戻ってきたロターリオは、土地が購入できたことを喜びつつ、国家への納税の必要性を説く。
ミニオンの容態が悪化したとの連絡が入り、ヴィルヘルムはフェーリクスを連れて、預けているロターリオの妹宅に向かう。来るべき伯爵夫人との再会に慄くヴィルヘルム。しかし途中で受け取った妹からの手紙の内容と筆跡から、ロターリオには2人の妹がいること、ミニオンを預かっているのはもう一人の妹、女騎士であることを悟る。

到着した妹邸で、祖父の美術品を目にするヴィルヘルム。ついに憧れの女性である女騎士ナターリエと再会する。ナターリエはミニヨンの病状とミニヨンが女の服装を身につけるようになった経緯を語る。
様々な事情の符合から、あの告白手記はナターリエの伯母であること、心清らかな少女がナターリエ本人であること、登場する人物がロターリオの一族の人達であることを知る。
ナターリエは一族の人達の考えとして、達観した者が後に続く者達を教育し導いていくことが必要との思想を開陳する。
また末の弟フリードリヒがこうした教育的事件の犠牲者かもしれないとも語る。

医師は、ミニヨンの生命をつなぎとめているのはヴィルヘルムへの憧れであると告げ、ミニヨンの告白を語る。
再会したミニヨンはフェーリクスを抱きしめる。少女達を教え導いているナターリエの清らかな生き方を尊敬し感謝する。ヴィルヘルムと過ごすミニヨンは目に見えて健康を取り戻した。
ヴィルヘルムはナターリエからまもなく妹の伯爵夫人が訪ねてくることを聞く。伯爵は同胞教会に指導者となるべく夫人と連れてアメリカに渡ろうとしている。

テレーゼからの結婚を承諾する手紙がナターリエの手を経て届けられた。ナターリエへの愛を再認識したヴィルヘルムは愕然とし思い悩む。
そんな時ヤルノが到着する。彼はロターリオとテレーゼとの結婚に障害がなくなったことを告げる。テレーゼとその母は実の親子ではなかったのだ。ヤレノはロターリオに状況を伝えるために去る。
この情報をヴィルヘルムと破局させようとの暗躍だと思いこむテレーゼは、この事実を信じない。到着した彼女はヴィルヘルムに抱きつく。その情景を見たミニオンはショックで急逝する。
医師はミニヨンの遺体を美しく保存する処置を施すことを告げる。

ヤルノは結社の活動を説明する。ヴィルヘルムは踊らされていたかのような屈辱感を味わい、反発する。
飛脚が到着し、とある伯爵が到着するという。その人物は弟フリードリヒであり、劇団時代に出会っていたフリードリヒだった。神父はテレーゼの母の来し方を語り、実の母ではない経緯を伝える。
ヤルノはある計画を実行するためにアメリカに渡ることを話し、ヴィルヘルムを誘った。その計画とは、各国に塔の結社の支社を創設し、革命などで失う危険がある個人財産を互いに保証しあうというものだった。
一方で神父は、大叔父の友人の侯爵がドイツ国内を旅行する際の通訳としてヴィルヘルムを推薦したいという。
ヴィルヘルムはこれらの提案を自分を追い払おうとする画策であると感じて立腹する。ナターリエといると心がなごむヴィルヘルム。幾多の恋をした彼であるがナターリエを愛していることを認めざるを得なかった。
侯爵が到着する。語り合われる芸術論を通して人との接し方の考えも展開される。

ミニヨンの埋葬ミサが始まる。
合唱隊が歌い、ミニヨンの美しく清められた遺体が現れる。遺体の右腕に刻まれた十字架上のキリスト像を見た伯爵は、ミニヨンが自分の姪であることを知る。

侯爵はヴィルヘルムに、ミニヨンの祖国を訪ねることを提案する。重ねてドイツ旅行の同行をお願いする。
その夜、伯爵夫人が到着する。互いに恋心を抱いていた二人の心は震える。
神父はある人物の告白を読み始める。
彼は3人兄弟で、兄は一族の惣領として、自分は軍人として、弟は僧職としてそれぞれの道を歩んでいた。しかし弟アウグスティーンは僧侶であるにかかわらず女性スペラータを愛してしまう。スペラータは両親の事情によって里子に出された実の妹だった。大人達はアウグスティーンに真実を告げて別れるように説得するが、弟は受け入れようとしない。スペラータは既に妊娠していた。二人は駆け落ちをするが連れ戻され、引き離されてスペラータは子供を出産する。
彼女を預かった神父は近親相姦の事実を告げず、それに匹敵する感情として聖職者に身を任せた行為を深き罪として、恐ろしい魂の苦悩を課した。スペラータは精神的に不安定になっていく。
子供は母と引き離されて湖畔に住む夫婦に預けられ活発に木に登ったりしていたが、あるとき子供は帰ってこず池に帽子が浮かんでいた。子供の遺体は見つからなかった。

様々な昔からの言い伝えが語られるようになり、スペラータは池に打ち上げられる骨を我が子と思いこんで拾い続け、次第に衰弱していく。骨が集まった頃、子供が生き返ったと感じたスペラータは天上への希望でいっぱいとなり、精神は肉体から解放され恍惚の中で死んでいく。彼女の遺体は腐敗することなく聖者のごとく敬われた。
アウグスティーンは彼女の奇蹟の話を聞き、僧院を脱走してスペラータの遺体に会いに行く。そしてアウグスティーンは行方知れずになった。

神父はアウグスティーンと竪琴引きは同一人物であるという。そして侯爵の次のような希望を伝える。
ヴィルヘルムとフェーリクスに旅行に同行してもらい、帰路でイタリアに来ていただき兄に会っていただきたい。兄はこの告白をした人物と友人であり、スペラータが受けた財産を預かっている。その財産を姪ミニヨンの恩人であるヴィルヘルムに受け取ってほしいと言う。
ヴィルヘルムは出発を決意し用意を整える。
そこに医者に連れられた未知の男が入ってくる。風貌は全く変わっていたが彼は竪琴引きの老人だった。人生に絶望した彼を立ち直らせたのは、いつでも死ねると思わせた阿片液の瓶だった。男の子に殺されるという妄想は克服できていなかったが。

そんな折り重大な事件が起こった。
フェーリクスが誤って阿片液を飲んでしまったのだ。解毒をさせようと手を尽くす大人達。責任を感じたアウグスティーンは喉を剃刀で切って自殺を図った。いったんは一命を取り留めるが、その夜に自ら生命を絶った。
フェーリクスは間一髪で阿片液を飲んでおらず助かることができた。フェーリクスを介抱する中で、ナターリエはヴィルヘルムとの結婚を心密かに決意する。

事件の影響で出発が延期になり熱病にうなされるような動揺した空気が流れる。ロターリオはヴィルヘルムに、自分達-ロターリオとテレーゼ-の結婚と同時に、ヴィルヘルムとナターリエが結婚式を行うことを提案する。
皆に祝福されて二組の男女は結婚することに。
最後にヴィルヘルムはこう言って物語は幕を閉じる。

「王国の価値は知りませんが、僕が身に余る、この世の何物にも替えたくない幸運を手に入れたことはよくわかっています」

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ざっくりあらすじを紹介しました。
それでもかなり長い文章になりましたので、内容についての所感等は次回に記述したいと思います。
※本文の引用は岩波文庫版・山崎章甫氏訳を出典としています。

《当日の開催要領などはこちら》
http://www.prosecute.jp/keikan/095.htm

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2013年1月17日 (木)

受験を中止? 桜宮高校問題への橋下市長の対応に苦言を呈す

橋下市長がまた判断を間違えている。
入試を目前にした大阪市立桜宮高校における体育科とスポーツ健康科学科のあわせて70名の入試中止を口にした。
バスケットボール部で行われてきた体罰と自殺者を出したことに対する改善策の一つとして記者会見で橋下市長が発表したのだ。

一人の人間が自ら生命を断つという状況に追い込んでいった教育の現場を根本的に改革するのだという意気込みは不可欠だ。しかし、だからといってそのツケをこれから自らの進路を切り開こうとしている、現中学3年生の受験希望者に負担させる必要がどこにあるのだろうか?

考え違いをしている。

責任を負担し改革すべきは、教育をする側にある。
教育を受ける側に責任があるわけではないのだ。
しかも、願書提出締め切りまで1ケ月を切ったこの時期の発表。
「教育の現場がわかっていないのは橋下さんあなたもですよ」とか言いようがない暴挙である。

新入学生を受け入れないことが事件への禊ぎになるのか?
空白の一年間を作ることに何の意味があるのか?
その高校での部活を夢見て頑張ってきた中学生の思いはどこに持っていけばよいのか?
「体育系志望者は普通科へ」なんて何と非現実的な発言なのか...
受験生の思いも、受験勉強の実態も、子供たちの将来の進路も、何も我がこととして感じていないではないかと思わざるを得ない。
橋下氏に本当に改革しようとの決意があるのであれば、どんなに苦しい状況下であっても、希望する受験生がいる限り、子供たちの立場に立って物事を熟慮すべきだ。すぐに改革に着手し4月の新入生受入れまでにできる限りの体制を回復させる。そのうえで希望する生徒を受け入れ続けて、苦しい状況の連続の中で改革を進めるべきだ。
いったんすべてを止めて改革をする、なんでいうのは聞こえはいいが、偽善であると断言したい。

希望していた受験生がこの高校を選ぶかどうか。
それは受験する本人が決めることである。

そもそも今回の問題はどこにあるのか。
桜宮高校の問題なのか、それとも体罰という教育現場で続けられてきた暴力問題なのか。
桜宮高校の固有の問題であれば橋下氏の対応もある程度の共感も得られるかもしれない。しかし多くの人が気づいているように、桜宮高校固有の問題ではない。
言いかえれば桜宮高校以外でも、判明していないだけで存在している問題ではないのか。そうであれば桜宮高校の受験を中止しても何ら問題に肉薄することはできないと思うのである。
桜宮高校の体育系教員全員を配置転換せよとの橋下氏の主張も、彼が主張するように桜宮高校の教師自身に問題があるというのであれば、配置転換によって問題を他校に拡散することになる。問題の本質に迫る対処というよりも、感情的な懲罰に近い印象に感じてしまうのはそうした理由にもよる。
長期にわたる勤務が問題であるならば、桜宮高校に限定せず、一定年数以上同じ学校に勤務する教員全員を対象にしなければ筋が通らない。

バスケットボール部の部活停止の方針もあると聞く。
それこそ大人の論理だ。
バスケ部で頑張ってきた生徒達に何の責任があるのか?
生徒達の不祥事ではないのですよと強く訴えたい。
部活停止などにすれば、逆に、どんなに生徒達に迷惑をかけると思っているのか。
キャプテンの自殺で大きな心の痛手を負っているというのに、それに加えてさらに部活ができなくなれば、生徒達は二重三重に被害を受けることになる。

とかく橋下氏の言動は容認されることが、ままある。
他の人が同じ発言してもバッシングされることであっても、橋下氏が言うと支持される傾向がある。
今回も問題でも「橋下氏が断固たる行動を取ろうとすることで多くの人がこの問題に注目している」「通り過ぎてしまう危険を阻止している」という声も多い。
この点については否定するものではない。
過去に何度かこのブログでも指摘しているように、一方の極論をぶち上げることで議論を活性化し、世論を集め、最終的にはその世論を踏まえて妥当なとことで落ち着かせるというのは、橋下氏の手法でもある。

http://prosecute.way-nifty.com/blog/2012/11/post-02b8.html 
橋下氏独特の世論形成のためのパフォーマンス手法だとは、思う。難しい議論となる一方の極論をぶち上げておいて、比較的多数派となる「落とし所」で世論を獲得する。最初から民意と思われる主張をしても「平凡だ」と思われるだけだが、極論をぶち上げたのちに、自ら多くの意見をくみ取ったというステップを踏んだように見せれば、多くの有権者の支持を得ることができる。
弁護士である橋下氏が、法曹の世界を渡り歩く中で、自然と身につけてきた必勝戦術法なのかなとも思う。

ただ今回の問題はそれだけではなく、さらに重要な要素を含んでいるように思われる。

一見すると潔く、英断のように見えることが、その本質に「逃げ」の生命が巣くっていることがある。今回の橋下氏の言動が、まさにそうだ。
橋下氏は自分自身が問題解決に取り組もうという決意が足りないと指摘したい。そんなことはないという声が聞こえてきそうだから、さらに言わせていただくと、その決意とは裏返せば、問題の端緒は自分自身から発しているという責任感ということになると思うからだ。
その認識がないと、どんな強い決意であっても、どこまでいっても他人事に終わってしまうと思うからだ。

代表的な東洋思想のひとつに「本因妙」という考えがある。
様々な森羅万象、自然界的また社会的な現象はそれぞればらばらに起きているように見えるが、その根本は各人自らの生命の動きから発しており、困難な環境であっても自らの決意と行動で変えていくことができるという生命論的思想だ。
混沌とした現代の難しい諸課題を解決する精神的主柱とすべき考えであると、私は常々思っているが、教育を取り巻く環境の改革は、まさにこの姿勢が不可欠ではないだろうか。

教育委員会を指弾するも、いい。
桜宮高校の現場の教師の責任を追及して、配置転換させるのも、市長の権限でできるのであれば、それはそれでいいだろう。
しかし、だ。
そんな現状を抱えている大阪市の最高責任者になったのは、橋下氏、あなた自身だ。
それもみずから、望んで就いた仕事である。
回りの人間や、役職上の責任を云々することの、もっと根本的なこととして、その立場に就いたということの意味をもう少し深く自覚することから出発すべきではないのか。

人間にはその人に与えられた使命というものがある。
大阪市長になった以上は、大阪市民の生命を守り、幸福を実現するために尽力する使命と責任、そして義務がある。
その根本は、その責任にある者が、すべては自らの行動から端を発すると自覚することから出発するのではないだろうか。
自らの自覚と祈りが届かず、この子供を守り切ることができなかった。
その思いが橋下市長にあれば、必ず解決の道は開かれる。
橋下氏にはその自覚と決意を、市民に表明する責任もあるはずだ。
関係者を指弾する激しい発言よりも、亡くなった一人の人間への真摯な追悼の言葉、自らの立場から発せられる心の言葉があってほしい。
今の橋下氏には、それが足りないのではないか。

事実、橋下氏からは教育委員会や桜宮高校の教員への責任追及の発言は連発されているが、在校生やこれから高校入学を目指す生徒たちへの言葉や配慮は、何一つないではないか。
今後の教育方針の立て直しだとか改善策だとか委員や教員に求めるのであれば、橋下氏自身が、まず自分の考えを表明すべきではないのか。
今の状態は責任の擦りつけのように見えてしまう。
他者に責任を求める前に、まず橋下氏自身が自分の考えを述べ行動せよ。
それが大阪市長の責務である。
あなたが日頃行っているように「あなた自身が最高責任者なのですよ」と言いたい。
果たして事件から何日が経過すれば橋下氏は建設的な意見を述べるのであろうか。
市民はよくよく注視する必要がある。

そして議論は全力でスピード感をもって建設的な方向に進めるべきだ。
具体的な再建方策も、事件直後から着手しているのであれば第1次案などが出てきてよい時期ではないのか。おそらく橋下氏のような言動が続いていることから見れば、そのような取り組みは相当遅れていると思われる。
その気になれば4月の入学どころか3月の卒業式までに対策を発表することも不可能ではないはずだ。それがもっと時間をかけないとできないというのであれば、橋下氏は今まで教育問題を真摯に考えていなかったと自白しているようなものである。

自分自身の責務として、今起きている出来事に真正面から取り組むこと。
その思いがあれば、どんな困難な道程であっても、必ず踏破できる。
全ての人にあっても等しい哲学理念であると思う。
私は、一人でも多く人がそう信じて進んでいってほしいと念願するものである。

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2012年12月 5日 (水)

法の下の社会秩序は あなたの持論

日本維新の会の橋下徹代表代行(大阪市長)が、衆議院選挙期間中もツイッターでの情報発信を行うと発言している。
橋下氏は公職選挙法の規定についても「バカみないなルール」と批判し、政党の一般的な主張は発信しても問題がないはずだと主張し、その考えに沿ってツイッターの更新を続ける模様だ。

公職選挙法の規定や、その条文を解釈したツイッターやブログ等の更新禁止の行政指導等は、たしかに現実と乖離している感がある。
元々は選挙資金力による広報宣伝の差が出ないようにとの趣旨で広報配布物の部数上限を定めた条文を電磁的文書に適用解釈したところに、この問題は起因している。

この条文の主旨から勘案すれば正反対の解釈ができる個所でもある。
印刷や配布にかかる人件費や折り込みなどの費用がかからないツイッターやブログ等を活用することで、資金力や運動員数の違いに関わらず主張を伝えることができる。
そのように解釈すれば更新を禁止する意味はなくなる。
それどころか積極的に活用するよう行政指導が行われてもよいとも言える。

更新禁止にした背景には、Webツールが普及し始めた当初時点では、情報格差(デジタルデバイド)があった。
情報を使いこなせる者とそうでない者、またその情報を受け取れる者とそうでない者との格差が均等な機会を阻害するという考え方によるものだった。
しかしこの10数年の中で時代と情報利用の状況は大きく変化した。
総務省も、条文の解釈を見直す時期に来ている。

しかし、だ。
総務省の解釈や公職選挙法の規定が時代遅れだからといって、その行政指導等に逆らって行動してよいのか。
法の下の社会秩序を守ることは、一般市民の務めではなかったのか。
橋下氏の主張はわかる。
法律や行政指導の不備を指摘し、問題を明らかにして、正しい姿にする。
そのことは堂々と行動すればいい。
だからといって、そのことが法律や法の下の秩序を犯しても構わないという理由にはならないのだ。

そのことは、法律家である橋下氏自身が、様々な場面で繰り返し主張してきたことではありませんか?そんなことがまかり通ってしまえば、誰も法律や行政に従わなくなってしまう。特に条文の解釈は幾通りにも展開することができる。
多くの市民がそれぞれの解釈で行動したらどうなるのか。
橋下氏が自分自身だけはそうした行動が許されると思っているとは思いたくないが、ここ1~2ケ月の言動にはそんな危険も感じられなくもない。
橋下氏には、自身の言動を今一度見つめ直してほしいと思う。
選挙が終わって、再び大阪市長という行政のトップの仕事に専念し始めた時に、大阪市民が似たような行動を起こしてくることを想像したらよいのではないだろうか。

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2012年12月 1日 (土)

第91回桂冠塾『マリー・アントワネット』(ツヴァイク)

09111月の本は『マリー・アントワネット』です。
前回に続いてツヴァイクの作品を取り上げました。岩波文庫版で上下2巻でそれなりの長編です。

フランス革命の大激動期における最も有名な人物の一人。それがマリー・アントワネットではないかと。
欧州で栄華を極めた名家であるハプスブルク家に生まれ、もう一方の雄であるブルボン家に嫁いで華麗な人生を送った女性。
そうした印象を持っている方が多いのではと思います。
世代によっては、特に女性の方は、漫画の「ベルサイユのばら」のイメージも重なっているのかなと思います。

時代的には、ハプスブルク家やルイ王朝を築いたブルボン家などの貴族支配の絶頂期は過ぎ、王権としての疲れが見えはじめてきた頃になります。
そもそも群雄割拠の激しい欧州で、その栄華を続けることは至難の業。
新興勢力であるロシアの台頭やイギリスの勢力拡大、そして新大陸アメリカで高まってきた植民地からの独立の動き。新旧入り乱れる勢力争いに危機感を抱いた両家の間で、長年覇権を争ってきた過去を改めてひそかに同盟が画策されます。
時の為政者は、ハプスブルク家がマリア・テレサ、ブルボン家はルイ15世の時代です。

自らの栄華を維持せんとする政治的目論見によって、1766年には計画が始まり、1769年にルイ15世から書面によって11歳の少女に求婚が行われ、翌1770年にわずか14歳のマリー・アントワネットは将来のルイ16世に嫁いでいきます。
それから1793年にギロチン台の露と消えるまで、一国の贅を尽くした豪華絢爛な生活から国家的反逆者としての汚名を着た終焉まで、天国から地獄までを味わいぬいたマリー・アントワネット。

彼女の人生が前半は華々しく、後半は悲しげに展開されていきます。

ブルボン家のルイ王朝を財政的に没落させた最大の要因はアメリカ独立戦争への資金的介入であることは多くの歴史家の検証によって定説となっています。その一方でマリー・アントワネットの浪費は財政全体から見れば微々たるものという論理も通っていますが、それは庶民感覚ではやはりおかしいと感じるのではないでしょうか。

マリー・アントワネットの洋服ひとつだけで庶民の数年分の生活費であったことには違いはありません。
庶民が苦しんでいるときに、何も知らなかったとはいえ個人的な楽しみのためにパーティに興じていたというのは、支配者階級の人間としては責めを負う原罪になるでしょう。
現代でも不作為による罪は処罰の対象ですが、支配者階級と被支配者階級との違いがさらに大きかった貴族社会においてはなおさらではないかと感じます。

確かにルイ16世とマリー・アントワネットには不運がついて回ります。
「この時点で悔い改めていれば...」という場面が何度も訪れますが、結局最悪の状態になるまで従来の生活を変えることはありませんでした。

フランス革命の動乱の前半期を生きたマリー・アントワネットを評して、ツヴァイクは本作品に「一平凡人の面影」との副題をつけています。
正直な印象として「どこが平凡なの?」というのが率直な感想ではないかと思います。
おそらくツヴァイクは、支配者階級の人間としての能力や自覚のないマリー・アントワネットの無恥さと無知さ、そして人間として成熟していない幼稚さを指して「平凡」と表現したのかもしれません。

しかし、それは本当の意味での「平凡」ではない。
無自覚な人間が権力の座にいること自体が悪業であるというわかりやすい事例であったようにも感じます。
しかしこの時代、マリー・アントワネットだけが悪業の権化だったわけではありません。多くの人物が右往左往し、価値観も生命倫理も右に左に振り子のように揺れ動きました。
昨日の敵が今日の友という状況も日常茶飯事。
簡単に人の生命が抹殺された。
その典型がロベスピエールだったり、ギロチン台だったりした。
この次の時代に登場するナポレオンも決して例外ではない。
そんな価値観が定まらない不安定な時代の象徴がマリー・アントワネットだったともいえるのではないかと思います。

ネットではあちこちで比較的高い評価が書き込まれている印象がありますが、作品に対する個人的な感想はさほど多くなかったのも、意外といえば意外でした。
文学というものに何を求めるかという価値観の違いかも知れません。

《当日の開催要領などはこちら》
http://www.prosecute.jp/keikan/091.htm

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2012年11月14日 (水)

核兵器はなくならない? 橋下氏は間違っている

日本維新の会代表である橋下大阪市長が発言した「核廃絶は現実的には無理」。
果たしてそうなのだろうか?
議論は様々な視点で行うことが必要であると思われるし、早計に結論を出すのではなく議論を続ける中で、個々人の思索も深められていくのだと思うので、橋下氏の発言の是非を現時点で言うのは適切ではないという指摘もあると思う。

しかし、あえて言っておきたい。
「核廃絶は現実的には無理」との橋下氏の発言は、間違っている。

すでに多くの人が気づいている、橋下氏独特の世論形成のためのパフォーマンス手法だとは、思う。難しい議論となる一方の極論をぶち上げておいて、比較的多数派となる「落とし所」で世論を獲得する。最初から民意と思われる主張をしても「平凡だ」と思われるだけだが、極論をぶち上げたのちに、自ら多くの意見をくみ取ったというステップを踏んだように見せれば、多くの有権者の支持を得ることができる。
弁護士である橋下氏が、法曹の世界を渡り歩く中で、自然と身につけてきた必勝戦術法なのかなとも思う。

しかし、この数年で、その手法を何度も見せられてきた私達も、多少なりとも学習している。正直言って、橋下氏のパワーゲームでもやっているような政治手法には、辟易してきているのではないだろうか。

人間というか、庶民というのは、もっと正直に生きている。
本音でぶつかって、生活を生き抜いているのだ。
人の裏を読んだり、一発かまして自分が優位に立って物事を進めるばかりが支持されるわけではないのだと言いたい。

「核廃絶」のテーマは、まさに人間としての安全保障と人間開発という人類の根本テーマに直結している。
言いかえれば「世界平和」のための行動の一構成要素といってもよいと思う。
私が思うところは、折に触れてこのブログでも表明してきたし、別途テーマとして論じるつもりである。長くなるので今日は書かないことにする。
今日は、一言だけ、繰り返して言っておきたい。

核廃絶は、できるかできないかの問題ではない。
核廃絶は、必ず達成すべき人類の課題である。

【読売新聞】「核廃絶は無理」橋下氏に広島知事「勉強不足」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20121113-OYT1T01232.htm

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輿石さん 衆議院解散は総理の専権事項...ではありませんでしたか?

民主党という政党はここまで厚顔無恥なのか。
今年8月に野田総理大臣から発言があった「近いうちに解散」。
その履行を求める自民・公明両党に
「衆議院の解散権の行使は総理大臣の専権事項」
「まわりがあれこれ言うもんじゃない」
と他人事発言を繰り返してきたのは、輿石さん、あなたでしょ?

メディア報道を耳にして、国民の大半はこんなふうに言い放ったのではないかと思う。

民主党は、昨13日に開いた常任幹事会で「年内解散反対」の決議を行い、幹事長の輿石氏は野田総理大臣へ申入れを行なったという。
民主党はここまで堕落したのか。
そもそも輿石氏は学校の教員をし、山梨教組から政治家に転出した人間だ。
子供の教育に関わってきた人間が、昨日までしていたことと180度違う話を、一言の弁明もなしに能面皮にやっていいものだろうか。

輿石氏は、年内解散反対の理由として、「金魚」の話を出して、選挙に直面する民主党議員の窮状を挙げている。
それがどうしたというのだ。
いやしくも国会議員の一人であるならば、自分達の生活よりも国家百年の大計を憂うことをしろと言いたい。

混乱した日本国政治の3年半。
そのなかでも、誰かに託さないといけないのが間接政治における民主主義のルールだ。
誰に託すのか。
その決断の時が1ケ月後に迫っている。

【東京新聞】年内解散 民主で反対論 輿石氏、首相に意見伝える
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2012111402000114.html
【読売新聞】「金魚きれいな水しか泳げない」
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin/news/20121113-OYT1T01244.htm

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2012年11月 3日 (土)

来春開校予定の3大学を不認可 田中大臣の暴走に怒り

田中真紀子文部科学大臣が来春(2013年4月)開校予定の3大学について、認可しないと発表した。
秋田公立美術大学、札幌保健医療大学、岡崎女子大学だ。

審議の経過はわからないが、この時点での不認可の決定はどうのように考えても、尋常ではない。
既に学生募集の準備は整っているはずであり、これらの大学を進学先として受験勉強に勤しんでいる受験生達がいることも想定される。
開学に向けて、資金的にも人的、時間的にも、物心両面で多くのものが動き始めているのだ。
大学の開校に向けて、当事者の方々がどんな思いで努力を重ねてきたと思っているのだろうか。
少しでも想像力があるのであれば、この時点での不認可などという発言は、出てくるはずがないと私は思う。

そもそも、これらの3大学を不認可とする根拠はあるのだろうか。
報道によれば田中氏は記者会見で「大学設置認可の在り方を抜本的に見直す」と答えている。
いいかえれば、3大学に個々の原因があるわけではないということなのか。
仮に、昨今の経営難による大学閉鎖への一石を投じる意図があったとしても、また少子化時代に新設校を認めてきた文教行政への疑問があったとしても、個々の状況を勘案しない一斉の不認可という手法に正当性があるはずもない。
本当に真剣に「大学設置認可の在り方」を議論するのであれば、制度やしくみそのものを粛々と討議すればいい。それらの議論を踏まえたうえで、認可の実務については、大学設置・学校法人審議会での結論が出ていない再来年春以降に開学を予定している申請分からを対象とすべきである。
そんなことは、誰が考えてもわかる道理であると断言しておきたい。

3大学の関係者にしてみれば、とんでもない迷惑以外のなにものでもない。
ひとつの大学を創るということは、並大抵の努力でできるものではない。
ここまで努力してきた人達にとって、気力が一気に失せていくような状況かもしれない。
場合によっては経営難、経営破綻になる可能性も充分にある。
このタイミングでの来春開学予定大学の不認可は、権力者の横暴以外の何物でもないのだ。
ひとつの決断を行うということは、それに関係する多くの人々の未来を左右するということを意味する。
そんなことが実感としてわからない。
政治判断というのは非力な庶民を殺してしまうことくらい何でもないほどの力を持っている。
浅薄な政治家の考えで多くの庶民が不幸になってしまうことが、多々あるという事実。
そのことを深く受け止めることができない田中氏は、大臣の仕事を果たす資質がないことを率直に認めて、職を辞することを選択するべきだろう。
そして、なによりも早急に、3大学の不認可の決定を取り消して、来春開学への道筋を明らかにするべきである。

石原氏に「暴走老人」などという言葉の暴力をぶつけた田中氏。
人の思いに気持ちが至らないあなたに、他人を批判する資格など、ない。
ブーメランのように、その言葉が、そのままあなた自身に戻ってくることを肝に銘じてほしい。

そして現職の国会議員は、傍観などしないでもらいたい。
選ばれし者の良識を賭けて、総力を挙げて、自分の考えを押し通すだけの「暴走大臣」のファシズムを、断固として阻止することを、強く、強く要求するものである。

しかし、である。
今の国会に、そして政府与党に、そうした自浄能力が残っているのだろうか。
正直言って、誰から見ても、期待できるとは言えないのが現実である。
やはり、今の政治は、任命責任者である野田首相もろとも、早急に内閣総辞職するか、解散総選挙の道しか残されていないということなのだろう。
衆議院年内解散・総選挙。
田中氏の権力者としての横暴さを、政局の話題に結びつけるつもりは毛頭なかったが、与党内閣の体たらく&自分中心の暴走を目の当たりにした今、それ以外の道はないのだとしか、言いようがない。

子供の未来を左右する教育までも私物化する私利私欲のモンスター政権。
臨時国会の重要3法案を早々に可決して、国民に信を問えと言いたい。

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2012年11月 2日 (金)

なぜこんな会社が存続しているのか シンドラー社の企業倫理を問う

10月31日にアパホテル金沢駅前(金沢市)で起きた死亡事故。
その現場は従業員用のエレベータ。
扉が開いたまま上昇を始めたかご(人が乗る箱部分)と開口部枠組の上部とに挟まれて、清掃会社の女性従業員が死亡した。挟まれていた時間は45分間だったという。痛ましいとしか言いようがない。
このニュースを聞いて、過去に似た事故があったな...とすぐに記憶が蘇った視聴者も多かったに違いない。
2006年に起きたエレベータ死亡事故である。
まさかと思いつつニュースを聞くと、そのエレベータは2006年と同じシンドラー社製だった。

その後の記者会見に唖然とした。
事故を起こした当該のエレベータには異常に上昇した場合の緊急停止装置がついていなかった。
その理由を問われたシンドラー社の大月通明代表取締役は「このエレベーターは1998年に設置され、安全装置を義務付けた現行の建築基準法施行令を満たしていないが、違法ではない」と答えている。
その理由として「二重の安全装置の設置義務がないから」と。
「えっ?二重の安全装置を追加で設置していなかったのか?」
思わず絶句してしまった。

その答弁の背景は、2006年の事故を受けて施行された建築基準法の改正にある。
2006年にシンドラー社が起こした事故を受けて、建築基準法施行令が改正され、新設エレベーターへの二重の安全装置の設置が義務化された。しかしその際に既存のエレベータへの義務化は課せられなかった。こうした法的措置はままあることであり、特に建築関係の法令では一般的ともいえる。経済的側面が主たる理由と考えられている。
しかし義務化されていないからといって適法かといえば、決してそうではない。
既存不適格という判定を受ける、行政指導の対象なのである。

もともと安全性の高いエレベータを製造販売していた会社の対応であれば、ある程度の経済性を考慮して二重の安全装置がついていなかったとしても、ある程度は社会として容認することもあるだろう。
しかし、2006年に重大な死亡事故を起こしていたシンドラー社である。
当時でさえ、複数のシンドラー社製エレベーターの事故が報告されていた。

シンドラー社製のエレベータ事故の報告が相次ぐ(2002.06.14)
http://prosecute.way-nifty.com/blog/2006/06/post_37a1.html

そんな戦犯ともいえるシンドラー社が「法律の施行対象外ではないので二重の安全装置は設置していませんでした」と、なぜ、堂々と言えるのだろうか。
ひとりの人間の生命を奪ってしまった企業として、法律の対象かどうかなどということは関係ない。
企業存続のための最低条件といってよいと思う。
どの企業よりも率先して、シンドラー社には、自社の全てのエレベーターに二重の安全装置をつける義務と責任があったのだと私は強く訴えたい。

当然のことながら、シンドラー社はそうした安全のための行動をとっていたものだと、誰もが思っていた。
シンドラー社は、企業として失格だ。
こんな企業が存続してよいわけがない。
シンドラー社は「既存のエレベータ全数を点検します」と発表しているが、いまさら「点検」で済ませるつもりだろうか。
危険の有無に関わらず、設置済の全エレベータに二重の安全装置を設置する責務が、シンドラー社にはある。
それができないのであれば、シンドラー社は解散すべきだ。
それができないというのであれば、最低限の措置として、日本市場から完全撤退することを私達は求めるべきではないかと、強く思うものである。

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2012年10月24日 (水)

第90回桂冠塾 『ジョゼフ・フーシェ-ある政治的人間の肖像-』(ツヴァイク)

09010月20日(土)に今月の桂冠塾(読書会)を開催しました。
今回取り上げた本はツヴァイク著『ジョゼフ・フーシェ-ある政治的人間の肖像-』です。

フーシェは日本においてはなじみのない人物。
フランス革命の渦中において政治権力はめまぐるしく交代していきましたが、そのすべてで権力側で生き抜いたのがジョゼフ・フーシェです。
日本の歴史教科書でも紹介されることがありません。
歴史認識って何なのだろうかという疑問も出てきますね。

■フーシェの経歴

ジョゼフ・フーシェは、港町ナントに代々船乗りの家系に生まれますがオラトリオ教団に学び、20歳で同教会の学校で物理科学の教師となり、30歳までの10年間僧職を求めず僧院学校の教師を続けます。この間に世間の風を読む術を身に着けていたフーシェはフランス革命の嵐の中で政治との関わりが始まります。

僧侶の中から代表を国民議会に派遣、自らも僧衣を捨てて立憲同志会の会長に。1792年32歳で国民公会の代議士に選出されます。その時彼はどの多数派であった穏健派のジロンド党の席に着きますが、その後、急進派の山岳党(ジャコバン派)、ナポレオンの共和政権で警察大臣、一時失脚を経ながらもナポレオン1世の帝政で警察大臣を歴任していきます。

さらに1808年にナポリ王国のオトラント公爵に。
ナポレオンが遠征中の越権行為で大臣を罷免されるが、百日天下で再びナポレオンの返り咲きを支持して警察大臣に再復帰。崩壊後、退位したナポレオンに代わり臨時政府首班となり、フーシェの人生の最高潮を迎えます。

庶民の時流を読んだフーシェは敵対していたはずのルイ18世をパリに迎えます。
しかし期待していた首班にはタレーランが就き、何度目かの警察大臣となりますが、王党派はルイ16世殺しの張本人の一人だったフーシェを忘れていませんでした。
中でもルイ16世とマリー・アントワネットの娘であるアングレーム公爵夫人は、フーシェとは決して同席せず関係は決定的となっていきます。

1815年8月フーシェは失脚し、ザクセン王国駐在大使としてドレスデンに左遷。
さらに1816年1月国外追放されてフランスから亡命。
オーストリア、イタリアへと逃亡生活を重ねて1820年トリエステで死亡しました。
晩年は家族と友人に囲まれた平穏な生活を営み、人が変わったように教会の参拝を欠かさなかったといわれています。

近代警察の原型となった警察機構の組織者で、特に秘密警察を駆使して政権中枢を渡り歩いた謀略家として革命の混乱期を生き抜いたジョゼフ・フーシェ。
権力者に取り入りながら常に多数派として生きた人生は「カメレオン」と呼ばれ、後世においては「過去において最も罪深く将来においても最も危険な人物」と評されています。

■日本における歴史教育、そして歴史認識の難しさ

フーシェの名前は、日本の学校教育の現場、中学高校の世界史の教科書には1回たりとも出てきていません。確かに歴史で学ぶべき人物が多すぎて取り上げ切れないのだろうとは思いますが、日本における「歴史」の考え方も大きく影響しているように思います。

それは「評価が確定した内容を歴史として教える」という姿勢です。

これは海外で歴史を学んだ人と話をしていていて感じる点でもありますが、日本の歴史教育は確定的、断定的事実を覚えさせる傾向があるように感じます。
対して世界的な潮流はどうかというと、起こった事実に対して複数の見解を列挙する傾向にあるように思います。もちろん多くの国の歴史教育を実際に経験したわけではありませんのでイメージと言えばイメージになってしまいますが、少なくとも日本においては複数の見解を教科書等に掲載するという手法は取られていません。
蛇足になりますが、こうした日本の歴史教育の在り方が、昨今の領土問題や戦争責任等の国家間紛争への対応のまずさの遠因であるように感じます。

以前に桂冠塾でも取り上げた『歴史とは何か』で著者E.H.カー氏は、事実を取り上げる時点で既に歴史家の取捨選択が行われている点を論じています。
言いかえれば、見解のない事実のみの表記といっても表記すること自体が既に編者の見解となっているということです。
その意味では、日本における歴史教育は極めていびつになっているのではないかと私は感じています。
こうした傾向がジョゼフ・フーシェという人物を紹介できない一因ではないかと思います。

■フーシェは本当に特別な「変節漢」なのか?

こうした変遷を経たフーシェの人生ですが、多くの書評で言われているような変節漢だったのでしょうか?
これは何を基準にして、変節と判断するかが重要だと感じます。
多くの書評では、単純に、主義主張が異なるいくつもの政党、政権を渡り歩いたことで変節漢と言っています。しかしそうした評価をするためには、主義主張がフーシェの政治行動の基準にあることが条件となるはずです。

フーシェにとって、大切な目的や考え方が別にあって、その目的をよりよく達成するために政党等を変えていたのであれば、所属する政党や政権をは単なる手段に過ぎないということになり、彼は変節していたとは言えないでしょう。
フーシェは、私達が多くの政治家に期待するような、政治的成果や行政や立法的結果など追い求めていなかったのではないか。
少なくともこの作品をじっくりと読み進めてみて思うことは、フーシェにとっての政治的信条とか理念とか達成したい社会的目標などというものは何一つ描かれていません。
そこからひとつの仮説を想定することができます。

フーシェという人物は、政治そのものをやっていたかった。
政治家であり続けたかった。

そのために、自分自身が持てる全ての力を傾注し、政治を行うことに心酔した。
その視点で彼の行動を見ると見事な一貫性が見て取れるのではないだろうか。
ツヴァイクは、フーシェを評して「多数派」でいることに異常な努力を費やしたとみている。
たしかに多くの場面ではそうであるが、決定的な場面ではフーシェは独自の立場をとっている。
それが顕現化されるのが、ナポレオンと対峙する場面である。
警務大臣という立場、そして彼自らが組織化した密偵による諜報網によって大量の重要情報を手中に握ったフーシェはナポレオンでさえも政治ゲームの対戦相手であるかのようにふるまう。
多数派云々というのであれば、時の権力者には媚びへつらうものであるが、フーシェにはそうした卑屈的な姿勢は微塵もない。
そしてナポレオンとの対峙によって、フーシェは政治的な敗北をみるのである。

フーシェが政治そのものを楽しんでいた、もしくは政治の魅惑に酔っていたと思われる代表的な出来事が第五章に描かれている。
1809年、ナポレオンが相次ぐ国土拡大の欲望にかられてオーストリアに攻め入っていた時のことである。その間隙をぬってイギリス軍が攻め入ってきたのである。
その時フーシェは、ナポレオンの許可を待つことなく、独自の決断で国民軍を召集し、アントワープを占拠していたイギリス軍を敗北へと追いやったのである。
フーシェは見事な政治家としての仕事を果たし、外地にいたナポレオンも大称賛したのであるが、その後のフーシェの行動は常軌を逸していた。
すでにイギリス軍が撤退していたにも関わらず、国民軍を召集し、敵のいない地域に次々と派兵したのである。

政治という権力の魔性に魅入られた行為としかいいようのない愚行である。
しかし、そのことでフーシェが後悔した形跡はない。
おそらくフーシェは後悔などしていないのだ。
今まで経験したことのない政治の局面を自分自身の決断で迎えることができた、その満足感に酔いしれていたのかもしれない。

更に第六章でも特筆すべきフーシェの政治手腕が描かれている。
彼は自らの判断で、皇帝ナポレオンの意志に反して、秘密裏にイギリスとの和睦交渉を進めるのである。
その時のナポレオンにとって重要だったのは、自分の兄弟が王となれる領土の獲得であったため、目先の問題はイギリスの船を締め出すこと。和睦などしたら兄弟に配分する領土を獲得出来なくなるため、フーシェのような行動は到底容認などできるはずもない。
しかし庶民の生活は困窮してしまい商人達が動き始める。フランス包囲網によってふさがれてしまった貿易を再開しようとしてイギリスとフランス両国の商人が密かに民間商議を進めるが、破綻してしまう。
その時、この謀略にもからんでいたフーシェは、財政家との人脈を糸口として、皇帝ナポレオンの名前と自らの大臣の職権とを巧みに濫用しながら、困難な外交交渉を見事に進めていく。
結果的には、あと一歩というところでこの秘密行動はナポレオンの知るところとなり、フーシェは52歳にして失職の憂き目にあうのである。
もしこの隠密行動がナポレオンに察知されていなければ、歴史的な偉業となり、ナポレオンの領土拡大の戦火による死傷者は格段に少なくて済んでいたかも知れない。

フーシェのこうした行動は、愛国精神や国家国民を守るために起こした政治行動だったのだろうか。
もちろん、そのように感じさせる痕跡は、まったくない。
やはりフーシェは、自らの政治的欲望を満足させるために行動していたのだろうか。

その後も第八章でもフーシェの特質すべき動きが記されている。
ナポレオン・ポナパルトを皇帝の座から引きずり降ろし、総裁政府に移行した時のことである。政敵ラファイエットを奸計で追い落とし、カルノーを口先で翻弄して総裁の地位についたフーシェ。彼は、ワーテロルーの敗北で決定的になった国家のお荷物ナポレオンを皇帝から引きずり落とし、ルイ18世を迎え入れて王政復古を果たすのである。

結果的にはここでもフーシェの暗躍によって歴史の歯車が回ったのである。

■現代人にも通じるフーシェの生きざま

ジョゼフ・フーシェの生き方が、歴史の中で讃えられ、語り継がれることがなかったのは、彼の生き方、信念理念が受け入れられなかったからだと私は思う。
政治は庶民の生活を守り、幸福を実現するためにあるのだという常識が多くの庶民のなかにあるからだと思う。そしてそうした政治を行う政治家は庶民に対して誠実であるべきだと思うからではないだろうか。

翻って、現在の私達の生活や社会を考えてみる。
価値観や生活様式が多様化した現代。
特に価値観の多様化には目をふさぎたくなる現状がある。
自分の利益のために他人を次々と殺害する事件は、その最たるものだ。
殺害まで至らなくとも、他者を威嚇し、また巧みに勘違いをさせて、自らの金銭的欲望を満たす事件には随所で出くわす。
見つからなければずるいことも平気でやる生き方、自分の立場を優位にしようと怒鳴り散らす輩やモンスターと呼ばれる人達も、また同類と言えよう。

価値観を持たない浮草のような生き方。
そして自分の利益を最優先させる独善的価値観を隠そうともしない生き方。
これらの人達は、周りの人たちとの協調など、もちろん重視しない。
自分のみの利益を追い求めることを自らの行動規範とすれば、他人の不幸の上であっても自らの幸福を求めることも、その行動規範には反しないだろう。そうした行動が、時代を追うごとに蔓延してきているように感じるのは、私だけではないと思う。
これでは、まじめに生きることが馬鹿らしく、あるときには辛く、苦しくなって、精神的に追い詰められてしまう。

私達は、自分のことだけを考えて生きてよいのだろうか。
その対極にある、自他共の幸福の実現という理念と生き方。
いずれをめざして生きていくべきか。
本来であれば結論がみえているような話であるが、いざ自分が直面すると、ずるい生命、弱い生命が出てくるのも現実でもある。

いま私たちにできること。
自他共の幸福に寄与するために必要な理念信念を行動の規範として位置付けること。
理念に立脚した具体的な目標を定めて、必ず実現すると決意すること。
そして、その目標に向かって目の前に現れる一つ一つの出来事に、誠実に、全力で取り組むこと。
その積み重ねが自身が思い描く未来を創る。
それが、遠いようで一番の近道かもしれない。
フーシェの生き方は、私達にそのように語りかけているように思えるのである。

【桂冠塾の当日の開催内容等】
http://www.prosecute.jp/keikan/090.htm

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2012年10月22日 (月)

近いうちに... 問われる政治家発言の重み

19日に行われた民主・自民・公明3党の党首会談が行われた。
事前に行われた3党幹事長会談で、今夏に野田首相からあった「近いうちに信を問う」とした衆議院解散の時期に関連して輿石幹事長から「野田首相から具体的な新たな提案がある」という発言を受けて開催されたものだ。
しかしその結果は、多くの人が既に知っているとおり。なんら新たな提案などなかった。
この場面であれば「具体的な新たな提案」とは衆議院解散時期の明言であると思うのは当然である。国民、有権者の多くがそう感じていた。
今まで中立の姿勢を守ってきた報道各社も、ここまでの野田首相の鉄面皮さに直面して、さすがに批判せずにはいられなかった。土日の各TV局の報道番組でも野田首相の姿勢に非難が集中した。
またTV以外の各メディアも一斉に攻勢をかけだしている。
下記記事はその一例だ。
http://www.j-cast.com/tv/2012/10/22150827.html

一部の政治評論家は、わかったように次のようなことを言う。
「一国の総理大臣がついてよい嘘が2つある。
 ひとつは衆議院の解散であり
 もうひとつは公定歩合である」と。

いかにもわかったような発言であるが、何を言わんかである。
もし仮にも上記2つがついてよい総理大臣の嘘だとするならば、それは欠かすことができない大きな前提条件がある。
それは一国の総理大臣が「国家国民のためにつく嘘である」ということだ。
一連の野田首相の発言のどこに国家国民を思った気持ちがあるというのか。
自分自身と民主党の与党政府としての立場と民主党議員の国会議員としての地位を守りたいだけではないのか。
そうした自己の利益を最優先する姿勢が見え隠れするから、国民は大いに憤慨し失望している。
3党合意という「公党の約束が守られていない」という自民・公明両党の弾劾の本質の一つはここにあるのではないだろうか。

早期の臨時国会召集と特例国債法案の成立、復興支援策の適正化と更なるスピードアップ等は国民の切なる願いだ。それらの重要政策を推進する決意と実行力がない民主党に政権を手放してもらいたいと思う世論が過半数を超えて久しい。
それでも与党政府の民主党は、遅々として国会審議を先延ばしにして、解散総選挙を来年にしようとしている。
あまりうがった見方はしたくないが、年内の解散総選挙ならば何かしら不都合でもあるのかと勘繰りたくもなる。

ひとつだけ指摘しておこう。
国会議員として12月の年末を迎えると、他の公務員と同様に「あるもの」が支給される。
年末賞与。ボーナスである。
その金額は、国会議員一人につき229万円。
もちろん年内総選挙であっても、当選して国会に帰ってくれば何の支障もなく支給される金額である。
しかし、過去3年余りの民主党の所業の結果として、民主党の国会議員の3分の2が落選すると言われている。どうせ落選するのなら229万円をもらってから辞めたい。民主党が党をあげて年内総選挙を回避しようという本音がここにあるという指摘をすることもできる。

「そんなことは思っていない!」
というのであれば、早急に臨時国会を開催し重要テーマの審議決定を行ったうえで、堂々と国民に信を問えばいいのではないか。
いやしくも国会議員であるならば、国家と国民の幸福と安全を最優先にすべきである。
私利私欲で政治を利用していると思われるような状況に陥っている以上、最も早い時点で信を問えと、重ねて申し上げたい。

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2012年10月19日 (金)

橋下市長 週刊朝日記事への抗議手法に問題はないか

大阪市の橋下市長の親族や出生等について書かれた週刊朝日の記事について強く反発抗議の意思を表明している事件。橋下市長は、当該記事は公人へのチェック機能を大きく逸脱し、差別を助長するものだとして、週刊朝日を影響下におさめている朝日新聞社の取材は今後受けないと表明。昨日、週刊朝日がおわびのコメント発表したことでとりあえず収束したように思われる。

橋下市長が記事に対して抗議するのは当然の権利であるが、その手法は賛同を得られるだろうか。橋下氏は大阪市長であり、日本維新の会の代表でもある。日本中が注目する、政治の台風の目とも言える存在である。その人物の取材ができないとなれば、日本の三大紙の一角を占める朝日新聞社にそれなりの動揺が走ったのではないかとみるのは想像に難くない。

日本の代表するメディアならば、取材拒否の有無にかかわらず自ら発信する記事には責任を持つべきであり、仮に権力者からの報復措置があったとしてもその程度の圧力に動揺などしないでもらいたいと思う反面、もちろん橋下氏はそうした影響があることを想定して「朝日新聞社の取材を受けない」と表明したわけである(影響力のない人物が同様の発言をしても失笑を買うだけである)。
今回の構図は、政治権力によるマスメディア操作の典型的な例ともいえる。

デマや個人に対する非難中傷を野放しにしないことは、当然必要不可欠な行動である。
それと共に、権力による過剰行動になっていないか、権力者となる人間は常に自身に問い続け、自ら律していくことが求められているのではないだろうか。

【関連記事】
http://news.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/221019003.html

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2012年10月10日 (水)

揺さぶり狙う? いいえ単なる自縛状態の民主党

昨日9日、民主党は今年3回目となる政党助成金の受け取り申請を見送った。特例公債法案が審議入りせず地方交付金ができないなど、国民生活に迷惑がかかるなかで、自分達も身を切る姿勢を見せたいという思惑のようである。
民主党安住淳幹事長代行の「公債法案が成立せず国民や地方自治体に不便をかけているため申請するべきではない。野党も賢明な判断をしてほしい」との発言から明白であるように、「国民も、自分達民主党も迷惑しているから審議に応じろ」という自民公明両党への威嚇恫喝でもある。

12月20日の第4回目の受け取りも申請しないと、民主党の政党助成金の残金約82億円は国庫に返納されることになる。
野党も国民としても、どうでもいい話だ。
民主党の面々に国家の大計を思う気持ちがないのなら、それでいいか。
結局、野党や国民の問題ではなく、民主党が自分達でどうかするかだ。

三文芝居も、甚だしい。

特例国債法案を審議するための「臨時国会を召集するかどうか気分次第」と言っているのは、当事者である民主党幹事長の輿石氏だ。
こんなパフォーマンスで政治ができると思っている連中が、私達の日本の舵取りなのかと思うと、がっくりして全身から気力が萎えてしまいそうだ。

それでも、選挙によって選ばれし議員なのだ。
あれこれちょこまかしないで、粛々と、自分の仕事をしなさい。

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2012年10月 4日 (木)

第89回桂冠塾 『空白の天気図』(柳田邦男)

0899月23日(日)に9月度の桂冠塾(読書会)を開催しました。
今月の本は柳田邦男氏の 『空白の天気図』です。

作品の舞台は昭和20年9月17日。
終戦直後の日本列島を襲った枕崎台風は、各地に甚大な被害をもたらしました。被害者6208人(死者2,473人、行方不明者1,283人、負傷者2,452人)を記録した「枕崎台風」です。
その中でも広島県下における被害者は3066人(死者行方不明者2012人、負傷者1054人)と群を抜いており、台風が上陸した九州地方よりも甚大な被害者となりました。
昭和30年代にNHK取材記者として広島に滞在した柳田氏はこの被害者分布に興味を持ち、その1ケ月前に起きた人類史上初の原子爆弾投下による被害との因果関係があるのではないかと直感した自身の気持ちをモチーフとして温め続け、作品として昭和50年(1975年)9月に本書を発刊しました。

■技術者・科学者としての視点でアプローチ

題名から推察できるように、本書は気象業務という側面からのアプローチになっている。
中央気象台の指令を受けた広島気象台の北勲氏を中心とした台員たちが、聞き取り調査を行って報告書としてまとめていく経過が作品の時間軸になっている。

彼らが行った聞き取り調査は大きく2つに分けられる。
ひとつは昭和20年9月17日の枕崎台風の実態と被害状況。
もうひとつは昭和20年8月6日の原子爆弾投下の実態と被害状況である。

気象業務という視点から技術者、科学者としての姿勢を貫き、予断なく丁寧に根気強く調査を行っていく様子には感動を覚える。調査を行っている彼ら自身も原爆被害者であることを思えばなおさらである。
気象データは欠測してならないとの観測精神。
その愚直なまでの姿勢と努力が、後年、終戦前後の気象データの空白をわずかでも埋めた貴重な貢献があったに違いない。そうした精神が「黒い雨」の情報収集にも活かされ、原爆被害者の救済に活かされていった。

■目的を見失った方策の行きつく先

作品執筆の当時、この枕崎台風の被害はあまり知らされていなかった。
(あえて言えば現代においても知られていない。)
戦後の混乱期とはいえ、敗戦という現実の前に政治というものはあまりにも無責任ではなかったか。当時を生きていない私達は本来であればそうは言えないかもしれないが、完全に仕事を放棄してしまった政府に対して、愚直に業務を遂行していった気象台員がいた事実を知れば、やはり無責任と言わざるを得ないだろう。
しかし私達は当時の政治を責めるだけでは意味をなさないと思う。
敗戦、無条件降伏という事実の前に自らの仕事を放棄してしまったその原因はどこにあるのだろうか。それを思索することが歴史の教訓を生かすことになる。
私は、政治哲学、理念思想の不在が真の原因だと断じたい。
言いかえれば、政治の真の目的は何なのかが不明瞭だった、もしくは目的を間違えていたと思う。
本来の政治とは、そこで生きる人々がもれなく幸せに生きることに貢献するためにあるはずだ。
ただし、その人民の幸福、庶民の幸福というのは、目に見えない。
そのような事情から、幸福の実現のために必要なものは何かという具体的な実施施策を立案して、その個々の政策を遂行する形をとっていく。いわゆる必要条件を満たすために政治は様々な施策を講じていくのである。
当時の軍部政府は戦争遂行とその結果としての領土拡大をその施策として掲げたのだろう。その施策の妥当性の問題も当然あるがそれはとりあえずおいておくとしても、その政策遂行の途上で、その政策は何のためにやっているのかという根本的な目的を忘れていったのではないか。
その具体的な施策が敗戦という形でとん挫した時(適切な政策でなかったためにとん挫したのは当然の帰結でもある)、真の目的に立ち返って次なる間断なく施策を実行するべきであった。しかし、真の目的を忘れてしまった指導者、施策遂行者達は自身の使命を忘れてしまい、自己の目先の利益に走ってしまったのではないだろうか。

この現象は、現代の社会にも当てはまる。
というよりもその傾向はより顕著になってきているように感じる。
本来の目的を忘れた、もしくは間違った目的を基準にした、テクニカルな政策議論がいかに多いことか。
これでは、アインシュタインやノーベルの嘆きすらも教訓にできていないのではないか。

広島原爆投下と枕崎台風被害に真の因果関係はあるのか

作品に話を戻す。
作者である柳田邦男氏は枕崎台風による広島県下での甚大な被害の底流には8月6日の広島原爆投下の被害があるという仮説のもとに、本書の執筆をすすめた。それは「序章 死者二千人の謎」の最終段に以下のように記述していることからも明白である。

枕崎台風の「調査報告書」の活字の向う側にある生きた実相--この災害の中で生き、災害の中で死んでいった人々の姿は、今日に語り継がれるべき大きな悲劇、人間の記録なのだ。昭和二十年九月十七日の問題は、昭和二十年八月六日の問題と切っても切れない関係にあるのである。いよいよ本題に入らなければならない--。

かなり肩に力の入った気負いを感じる文章だが、柳田氏はこのテーマに対して本書の中で何らかの結論を出すことができたのだろうか。結論ではなくとも暗示でもよいと思うが、どうだろうか。
本書を読了した人は感じるに違いない。
柳田氏はこのテーマに迫ることができなかった。
見聞きした事実を列挙する作業の中で当初の主題を失念してしまったのだろうか。
重ねて言えば、この仮説は必ずしも正しくなかったのではないかと感じる要素がところどころに散在している。
昭和20年に起きた2つの歴史的事故。接近した時間軸。広島という同じ空間。
これだけの条件がそろっていればだれでも直感的に2つの事故に因果関係があるのではないかと仮定するのは当然だと思う。だからこそ、そこに真の因果関係があるのか、みせかけの因果関係なのか、それとも別に存在する真の因果関係から波及した個々の結果としての事故なのか。その点を明確にすることは大切なことである。

この答えは本書内にある。
これはノンフィクションという本書の性格による副産物とも言えるが、柳田氏が次々と列挙してしていく気象台員による聞き取り調査や、後年北勲氏が行った二次情報の収集の過程で集められた個々の情報の積み重ねの中から見えてくる。

一例を指摘しておくと、枕崎台風の広島県下における被害のうち、水害による被害がかなりの部分を占める。この水害被害の多くが呉市で発生していることが、『昭和20年9月17日における呉市の水害について』という報告書によって裏付けられている。
柳田氏はこの報告書にまつわる功績について、広島気象台以外の気象台においても欠測なく観測を続けた気象台員の存在と、後年歴史を残そうとして報告書を作成した坂田静雄氏の尽力を称賛しているが、奇しくもこの事実を本作品に収録したことによって、柳田氏の「昭和二十年九月十七日の問題は、昭和二十年八月六日の問題と切っても切れない関係にある」との仮説は、揺らぎを見せている。
いうまでもなく、呉市は爆心地ではない。
その呉市で水害によって1154人が生命を落とした。
広島県下の死者行方不明者2012人のうちの半数以上が呉市の被害者であったことは本文中でも柳田氏自身が記述している。
原爆被害との因果関係が濃くない呉市の被害が広島県下の被害者数を一気に押し上げている事実を、柳田氏はどう考えているのだろうか。

■枕崎台風における被害拡大の真の要因とは

では枕崎台風における被害が広島県下に集中した真の原因は何だったのか。
原爆投下の被害が大きな要因のひとつであったことは事実であったとも思われるが、主たる要因は別にあったのだろう。
それは本書のところどころで散見することができる。
いわく、戦闘機の燃料とするために松の根っこを掘り起こしたこと、民間を含む燃料のために山林を伐採したこと、軍用道路や防空壕をあちこちに掘っていたことが指摘されている。作品中でも同じ地域内であっても「松根を掘ったところに山崩れが多いんじゃ」との証言も紹介されている。
呉市が海軍の主要拠点であったことを考えれば軍用道路や松根の伐採が他地域よりも多かったのではないかとも思われ、丘陵地に軍事施設が建設もされており、他の地域よりも土地に無理な歪みが多かったとも考えられる。

加えて九州等と比べて緩やかな丘陵地であった中国地方は、河川もゆるやかで三角州地帯も多い。加えて中国地方から北九州にかけての一帯の地層は花崗岩で形成されている。花崗岩は風化しやすく、大量の水が出た場合は比較的流されやすい性質を持っており、災害の直撃に弱い地域と言える。
花崗岩地質については本作品中でも証言の中で指摘されている。
※花崗岩地帯には真砂が広く分布し、強い降雨により多量の砂が流れ出すため、花崗岩地帯の多くが砂防地域として指定されている。

本書内で列挙された情報を淡々と見ていくと、こうした要因が主たる原因となって枕崎台風の広島県下における甚大な被害となったと考えるほうが妥当ではないかと私は思う。
別の視点で言えば、日本国における無謀な戦争遂行という国策によって、一方では原爆投下という悲劇を呼びこんでしまい、また一方では松根掘りや山林伐採という無益な行動の強制によって国土がやせ細り大きな水害被害を引き起こしてしまった...。
これが昭和20年広島における2つの大きな事故の真相ではないだろうか。

■真の要因を見失ってしまう危険性

その意味では、本書における柳田氏の執筆は中途半端と言わざるを得ないだろう。
作者として作品の冒頭で明確にテーマを提示し、読者に期待を持たせて読み進めさせている以上、そのテーマに対しては何らかの結論なり考察なりを記述する責任があるのではないかと感じている。

今回、本書執筆の直接的資料となったと思われる『広島原爆戦災誌』を地元図書館で借りてきた。本文中にも記載されているように「第五巻資料編」に北勲氏達による報告書の全文が写真製版で収録されている。
よくぞここまでの調査をされたものだと敬服した。

前段で作品冒頭で柳田氏が掲げた2つの事故の因果関係について柳田氏自身が考察をしていない点を指摘した。このことによって「枕崎台風の被害が増大したのは原爆投下のせいだ」と思い込んでしまう読者も多いはずだ。
いいかえれば、被害拡大の真の要因は、日本国政府が戦争を開始し続けてきたことにあるのか、アメリカによる原爆投下にあるのかという問題にもなる。
これは極めて重要な問題提起である。
柳田氏のような文章構成で終えてしまうと、日本軍部政府の戦争責任は浮上せず、「原子爆弾が悪いのだ」という論調のみに終始することになる。
枕崎台風による広島県下での被害拡大。
その原因は、日本国政府による無謀な戦争遂行にこそあったのだと指摘しておきたい。

■木ばかり見ていると森が歪んで見える-未成熟のノンフィクション分野-

実は今回、この作品を取り上げるにあたって危惧した点はここにある。
この作品は当初、単行本として昭和50年9月に新潮社から出版されたのち昭和56年7月に新潮社文庫から文庫版が発刊されている。私が初めてこの本を読んだのは、文庫版の初版本である。その後、桂冠塾のテーマに取り上げたいと数年前に確認したところ絶版となっており書店での入手ができずにいた。
その作品が昨年2011年(平成23年)9月に文春文庫から復刻出版された。
書店で入手できるようになったので桂冠塾でも取り上げることができたのであるが、元の装丁と異なる点が大きく2ケ所ある。
ひとつはカバーの表題前に「核と災害1945・8.6/9.17」のサブタイトルが追加されていること、もうひとつは文庫版用のあとがきが追加されていることである。
サブタイトルには「うん?」と感じ、さらに「文春文庫版へのあとがき」という柳田氏の文章を読んで、明らかな違和感を感じざるをえなかった。
柳田氏は「六十六年後の大震災・原発事故に直面して」と題してこのあとがきを書いていることからもわかるように、3.11東日本大震災、そしてその渦中で発生した福島第一原子力発電所の事故に関連付けて、本作品を核の脅威と自然災害のモデルとして位置づけようとしているのだ。

原発問題を取り上げるのもよい。
原子力爆弾の非人道性を追求するのもよい。
自然災害の怖さを訴えるのもよいだろう。
しかし、本作品はそのテーマを訴求するためにはふさわしくない作品だと指摘しておきたい。
そんなところに枕崎台風被害の真の原因はないのだと。

人間は誰しも、既成概念や先入観を持って事物事柄をみるとフィルターがかかった色、形でしか見えないものだ。そんな、ある意味で、よくよくわかっていると思っていることを、つくづくと感じさせられる作品でもある。
あまりにも献身的な行動を続けた気象台員、広島の人々の行動にふれて、柳田氏も感激感動し続けていたのだろうか。思い入れが強いと、冷静な判断ができなくなるのが人間でもある。それはそれで、必要なことでもあるのだが...。

柳田氏の作品に触れると共通して感じることであるが、事実を圧倒的な臨場感を持って淡々と描き出す文筆力の高さと共に、その事実から結論を導き出そうとする際の論理的な展開の未成熟さが混在しているように思われてならない。
ノンフィクション作品の分野はまだまだ未成熟の未知の魅力を孕んでいる。
読者の一人として、これからも前人の作品を凌駕する魅力ある秀作が続々と発表されることを期待したいと思います。

【関連リンク】
第89回桂冠塾 実施内容http://www.prosecute.jp/keikan/089.htm

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2012年9月28日 (金)

「今の日中は戦術的互損関係」 果たしてそうだろうか?

今日の発言で新しく自民党副総裁に就任した高村正彦氏の言葉が気になった。

安倍晋三総裁は中国との問題を必ずうまくやる。前に首相をしていたとき胡錦濤国家主席と戦略的互恵関係を打ち立てた。今は目先のことにこだわり、お互いが損をする『戦術的互損関係』だ。本来の関係に戻ってもらうため精いっぱい支えていきたい。
(MSN産経ニュースより)

戦術的互損関係...果たしてそうだろうか?
確かに日本にとって現在の状況は大きな損失である。
しかし中国にとって何か損失があるだろうか。
少し冷静に観察してみれば多くの人はわかると思う。

今の中国に大きな損失など何もない。

いまや世界的な大国となった中国にとって、日本は大した価値などないと考えているとしたら...そのような視点で一連の騒動をみてみると意外とすっきりとする。
確かに尖閣列島の領有問題で何らかの国際的な支持が少しでもあれば、中国の領海は確実に広くなり、海底地下資源の面でも漁業権の面でも、中国にとって大きな収穫になる。そして、もし尖閣問題が日本の全面勝利と終わったとしても、中国にとっては他の大きなメリットを得るのではないだろうか。
たとえば経済活動という一つの角度でみてみると...

中国は、一連の騒動を理由にして日本企業を中国から退去させる。
日本製品の中国への輸入を全面禁止する。
もしくは大幅に制限して、高い関税をかける。

中国がこうした制裁に出てくることは必至だ。国際世論も支持まではしなくても、結果的には中国のやることに対して静観することになると考えられる。
既に日本メーカーの技術を充分に習得した中国にとって、国内企業のシェアを拡大させる絶好のチャンスと活かすことができる。中国メーカーにとってはこれ以上ないというくらいの朗報となるだろう。
そのうえで、国内企業で賄いきれない需要分(賄いきれないのが現実である)を、日本との交渉で譲歩して日本企業に部分開放したという形にすれば、日本に恩義を売ることもできる。
そして、今後問題が起こったら「尖閣を奪った日本が...」と常に非難しつつ「日本には恩義を与えたではないか」と言い続けることができる。

領土問題ももちろんだが、中国としては常に全方位型の外交が行われているように感じる。現在の日本政府のそれと比べると、雲泥の差、子供と大人の違いすら感じてしまう。
そうしたことを中国が意図しているかどうかは別としても、少なくとも日本国政府にはそうした対応をするだけの経験もノウハウも技量も持ち合わせていないだろう。
外交という舞台では、今の日本国政府は中国にとって赤子の手をひねるようなものだという認識を、私達は今一度明確に持つべきではないかと思うのである。

では日本の立場として、何をどうすればよいのだろうか。
百戦錬磨の中国の外交に一朝一夕で対抗できるはずもない。
たしかに大局的、長期的なポジショニングとして、日本はアジアの領袖としての役割を果たし続け、その過程で構築したアジア各国との互恵関係をベースとして、日米安保のパワーバランスも充分に利用しながら、大国中国との外交交渉に臨むことが求められている。
それは今から始めることが必須であるが、実効力を発揮するのはしばらく先の話になるだろう。

今は国際司法裁判所に訴えることも意味がないわけではないが、それよりも苦悩する当事国として、国連に事態収拾の仲裁を嘆願するほうがずっと賢明ではないかと思う。
そうでもしないと「日本は法律を盾にして理屈で自国の主張を通そうとしている」「人情のない国だ」との批判を浴びかねない。すでに諸外国の一部でみられる「日本は侵略の過去を反省していない」との批判はまさにそうした「情のなさ」が根底にあるのではないか。平たく言えば「日本の主張は理屈で言えばわかるけど、そういう言い方はないんじゃないの?」ということではないか。「侵略についての反省のなさ」との指摘はそうした人間としての精神面の所作を言っているのだと私は思う。

かつて戦後の日本は、西欧各国から「エコノミック・アニマル」と蔑まれてきた経緯も、私達は思い出さなければならない。金や物質的欲望のためには”動物”になり下がるような民族だという認識が、海外各国の人々の間にいまだ根深く残っているとしても驚きには値しない。
それも元はと言えば、戦争を通じて侵略行為を行なってしまった「侵略国日本」から起因している。

個人的な意見としては、今回の騒動を機縁として、こうした領有問題など複数の国家間で紛争手前の状況になった場合は当該地域を国連が直接統治しながら問題解決に当たる等のスキームの確立が必要ではないかと考えている。

そのうえで今回の現実の対応としては、日本国民の利益と安全のために嵐を耐え忍び、沈静化することを待つしかない。
つらい中国での雪解けの時代に耐えて中国国内での足元を固めてきた日本企業にとって、いま中国から撤退することは目前の危機回避にはなっても、長い目で見れば明らかに損失が大きい。
中国国民の人件費が次第に高くなって中国に進出した日本企業のメリットがなくなってきているという評論家もいるだろう。しかし人件費が高くなっているということは、中国国民の生活水準が上がってきているということであり、生産地としての市場の魅力に加えて消費地としての市場が成長してきたということでもある。
辛抱して頑張ってきた中国進出の日本企業にとって、15億人とも言われる世界最大規模の成長市場に商品を供給することなく撤退することは、何ともやりきれない事態だと私は思う。

尖閣列島問題は、二国間の領有問題には違いないが、領有問題だけではない。
少なくとも、中国にとってはそうだろう。
決して「互損関係」ではないのだ。
日本国政府は、より広い視座に立って、大局的な政治判断をするべき重要な局面を迎えている。

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2012年8月22日 (水)

第88回桂冠塾 『輝ける闇』(開高健)

088_2今月18日に桂冠塾を開催しました。
88回目となりました今月は『輝ける闇』(開高健)を取り上げました。

本書を含む「闇三部作」は開高健氏の代表作として有名です。
舞台はベトナム戦争。開高氏自身が従軍記者として体験した事実を元に書かれた作品です。

開高健氏の作家としての活動は大きく3期に分けられるように思う。
第1期は寿屋に勤務しながら『裸の王様』で芥川賞を受賞するなど初期の段階。
第2期は朝日新聞社の臨時特派員としてベトナム戦争を体験し、『輝ける闇』『夏の闇』『花終わる闇(未完)』の「闇三部作」を執筆した時期。
第3期は釣り紀行や食文化を綴ったエッセーにシフトした時期。
もちろんその間で作風が断絶しているというわけではないが、読み手としての印象としては大きく違っているように感じる。

『輝ける闇』を読むと開高氏の作家として抜きん出た筆力の高さを実感する。
一人の人間の内面の描写。人は自分自身のことでありながら自分の気持ちを的確に言い表すことが難しい。何を感じているのか、明確につかめていないことも多々あるのではないだろうか。
その不確かを含めて、ありのままに文字として残していく力が開高健氏にはあるのだと思う。
その比喩的な表現は、思いそのものを表現することの困難さを含めて、実態そのものとして読者に迫ってくるのだ。
開高健氏が一部の読者に強烈に支持されるゆえんの一つがここにあるのではないだろうか。

繰り返しになるが、この作品はベトナム戦争を舞台に描かれている。
その意味では、今一度戦争の意味を問い直す機会ともなった。
ベトナム戦争はアメリカが経験した最大の敗戦である。
枯れ葉剤作戦など非人道的戦闘の代償はいまだ償いきれていない。
従軍したアメリカ人、戦場となったベトナムの庶民双方に大きな傷を残したまま歴史が過ぎ去ろうとしている。

『輝ける闇』はベトナム戦争そのものを題材にしているわけではないので多くは触れないでおくが、私達は戦争が演じてきた歴史的役割<功罪>を、どこかの時点で真正面から考える必要があると思う。

主人公「私」は、南ベトナム政府軍(アメリカ側・いわゆる南軍)に従軍する作家の肩書を持つジャーナリスト。ウェイン大尉の部隊に帯同しているが革命軍側のクーデター情報を得ていったんサイゴン市内に戻り、そこから記事を書いて日本に送信する生活を続ける。
サイゴンでの生活は怠惰だ。
同じような状況で記事を書いている日本新聞の山田氏と場末の酒場や屋台で大しておいしくもない食事と酒を食らう毎日。行きつけの酒場の素蛾(トーガ)を情婦にして、けだるい暑さと怠惰な時間の日々の中に、愛欲の生活も享受している。

元々どんな思いでベトナムに来たのだろうか。
どのように弁解しても自己弁護しようのない自堕落の毎日。
そんな折り、続けて小さな出来事が起こる。
新任の日本人記者が赴任する。かつての自分を邂逅する「私」。
第2次世界大戦を経験している「私」は、戦時下の経験と思いを回想する。
いま自分はどうして生きているのか、どんな思いで生きてきたのかを思い出そうとしていたのだろうか。
そして20歳と18歳のベトナム青年が解放軍の一味として公開処刑が実行される。
先に行われた20歳の青年の処刑を見物した「私」は、人間としての恐れ、はきけ、身震いを感じる。人間としての在り方さえ模索するかに思えた「私」だが、翌日の18歳の青年の処刑には既に慣れが生じていた。
人間の精神の不確かさ、軽薄さを痛感するシーンだ。強烈な精神的ダメージから自分を守るために無感覚になろうとする防衛本能が人間にはあるのかもしれない。

この出来事を通して「私」は戦闘の前線での従軍取材に戻っていく。
そしてその最前線で「私」の従軍した200人の部隊は、解放軍ゲリラの掃討作戦に遭遇する。
部隊200人のうち生きて生還した者は、私を含めてわずか18人。

この作品はベトナム戦争が舞台であるが、その主題は戦争そのものではない。
戦争という極限状態に遭遇したことによって突きつけられた人間としての尊厳、生きることへの問題提起である。
それゆえに時代を超えて、現代を生きる私達に問いかけてくる「何か」があるように思えてならない。

私を含めて、現代を生きる人々の大半は「戦争を知らない僕達」である。
しかし世界の各地では紛争が続いている。
激しい紛争地帯の一つであるシリアで日本時間20日夜には、ジャパンプレス所属の山本美香さんが銃撃戦に巻き込まれて死亡した事件も発生した。
ジャーナリストとして従軍取材中であったことは開高氏の体験とも通じる状況もある。
どのような思いで従軍取材を続け、死に遭遇していったのか。
その生き様に思いをはせながら、自分自身の目下の課題に全力で立ち向かいたいと思う。
日々の生活の課題に直面している私達が、戦場に赴く必要はないだろう。
私たち自身の生活そのものが戦場であると思うからだ。

《第88回桂冠塾の概要はこちら↓》
http://www.prosecute.jp/keikan/088.htm

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2012年8月 6日 (月)

第87回桂冠塾『生命について』(トルストイ)

087_27月23日(土)に7月度の桂冠塾を開催しました。
今月の本はトルストイの『生命について』です。

冒頭で水車と粉ひき職人をたとえとして、生命そのものへの考察が行われていない現実を指摘して本書は始まります。
人間は誰もが自分が幸せになりたいと願っている。
しかし自分の幸福は自分以外のものに左右されることに気づく。
そして自分だけの幸福を追い求めると結局は自分自身が幸福になれない。
自他共の幸福こそが唯一の幸福であり、それは宇宙を貫く根源的な法則に則っている。その法則に一致していれば人間は幸せになれるのだ。

トルストイはそのように主張する。

1)人間や社会を超える、根源的・普遍的なものがある。
2)我々の理性は人間が作ったものに従うのではなく、本源的なものに一致しなければならないし一致することができる。
3)根源的なものに一致していれば、人間は生き抜くことができる。

これが本書を貫くトルストイの生命論である。
ではトルストイの言う「根源的なもの」とは何か?
トルストイは、愛と宗教こそが純潔で高い二つの感情であると訴える。
そのうちの「宗教」についてさらに考察が続く。
トルストイにとっての宗教とは何か。トルストイはその本質を「神」の概念とあわせながら次のように論理を展開します。

1)生命は不滅である。
2)神を理解しないが、神を信じる。
3)永遠の報いを信じる。
4)良心を承認する。
5)霊と肉が衝突する時、霊が勝利する。
6)神の隣に自然があり、その隣に民衆がいる。

確かにここに生命の本質があるのではないかと感じさせる力強さがある。
生命そのものは厳然として存在する。
このことを否定する人は限りなく少数派である。
しかし生命そのものを論じてきた人は、日本においては間違いなく少数派である。
なぜか生命を論じることを忌避する風潮が厳然と横たわっている。
しかし、生命そのものを直視することなく、自分自身の生命を全うすることができるだろうか。
今一度改めて、生命を直視し、論じ、そこから見出した生命法則に則って人生に挑戦することが必要だと訴えたい。

従来、日本語訳としては『人生論』とのタイトルで読まれてきた作品。
しかしこれは決して「人生論」という程度のものではない。
まぎれもなく生命論である。
この作品を「人生論」と呼んでしまうところに、日本人の哲学不在、宗教不在の浅薄さを感じざるを得ない。
この本を購入しようと思っても、現在は出版社在庫なしの状態。
名著が売れないのが現実なのです。
読みたい方は地元の図書館等で借りて下さい。

《開催内容等はこちら↓》
第87回桂冠塾開催内容

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2012年8月 1日 (水)

梅雨があけました。
いよいよ夏本番の到来です
鍛えの夏。
学びの夏。
行動の夏。
結果を出す夏。
元気に屋外へ、新たな体験に、挑戦していきたいですね
2012summer

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2012年6月30日 (土)

第86回桂冠塾 『夜と霧』(ヴィクトール・F・フランクル)

086_26月23日(土)に今月の桂冠塾を開催しました。
今回取り上げた本は『夜と霧』(ヴィクトール・F・フランクル)です。

この作品は、第二次世界大戦中にドイツの強制収容所を経験した事実をもとに、心理学者の立場から著述したヴィクトール・フランクルの著作である。

日本語版としては霜山徳爾氏の訳と池田香代子氏の「新版」訳がある。これは単に旧約・新約ということではなく、原作自体が新版となっていることが「訳者あとがき」で触れられている。
今回、新版、旧版共に読んでみたが、新版のほうが体系的な章立てになっている。

新版では
第一段階 収容
第二段階 収容所生活
第三段階 収容所から解放されて
の三部で構成されている。

極限状態の強制収容所に送られる人々の思い、不条理としか言いようのない、いつ突然に死が訪れてもおかしくない状況下。精神を病んでいった人もいた中で、かろうじて正常な精神状態を維持できた要因は何であったのか。
本文では、収容所生活を送る人達の多くが感じていた精神状態を、精神科医の立場で分析した文章が並んでいく。
生死を分ける選択が、思いつきで行われているのではないかとしか思えないような状況。自分の下す判断が生死いずれの結果に傾くのか。
すべてのことに対して、疑心暗鬼にもなる。
収容所では、被収容者は名前ではなく、収容者番号で扱われる。
「誰れ」をガス室に送るかは一顧にもされず、そこにあるのは処理する数。
一つ違いの番号が書き込まれると誰かが生き延びる代わりに、別の誰かがガス室で死んでいく。

フランクルは医師として病院のある収容所に移動するかどうか、選択する自由を与えられる。
しかしそれは、本当に医師としての移動なのか、単なる選別なのか。
フランクルは自分の選択を信じて行動した。
そして、生き延びたのだ。
その一方で、自分の選択によって結果的に死を選んだ同胞もいた。
何が、両者の間に横たわっていたのだろうか。

一方で、収容所を監理する側で役務に従事する人間たちの言動には、非人道的な所作が散見する。同じ人間でありながら、立場が違うだけで人間をぞんざいに扱うことになぜこうも無感覚になれるのだろうか。

フランクルの眼は、被収容者と収容者の両方に向けられている。

人間の心はきれいに二分されるものでは、もちろんない。
被収容者でありながら同胞である同じ立場の被収容者を売る行為を行う輩が少なからず出てくる。
逆の立場で非人道的に収容所に勤務する人間の中にも、少数であるが被収容者を気遣う者もいた。
フランクルの筆は、そうした人間模様を淡々と描き続ける。

収容所から解放された後の生活については、多くの紙面は割かれていない。
極限で行われた人をモノのように扱う所為の対象となった人間に、精神的なダメージがないとは到底思えない。現実に大きな衝撃が残り続けているのだろう。
それと同時に、極限の経験を乗り越えた人間だからこそ、果たせる使命があるのだと信じたい。

なぜこのような狂気の沙汰が大規模に行われてしまったのか。
人間の生命の底に巣くう暗部を考えざるを得なくなる。
振り返ってみて、私達が生きる現代。
生命尊厳の思想は広く認知されてきたのだろうか。
同じ過ちを繰り返さないためには、今何が必要なのか。
今一度、生命そのものについての哲学思想の探求が求められているように思えてならない。

【第86回桂冠塾 『夜と霧』(ヴィクトール・F・フランクル)の概要はこちら↓】
http://www.prosecute.jp/keikan/086.htm

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2012年6月27日 (水)

東京電力が実質国有化 株主総会を開催

本日、東京電力をはじめとする9電力会社が一斉に株主総会を開催した。
東京都内で開催された東京電力の定時株主総会は実質国有化に向けた定款変更を含む会社側提案4議案をすべて可決して午後3時半すぎに閉会した。
注目されていた、筆頭株主である東京都が提案した定款変更についてはすべて否決された。
メディアでも開会前の報道番組に猪瀬副知事が出演し、株主提案の概要などを説明していたが、その声は届かなかったのだろうか。
東電社員だけを診察してきた東電病院の民間売却については検討するとの回答があったと報道されている。

実質的な国営化について反対する人はあまりいないと思われる。
問題としているのは、実質国営化に至るスキーム、プロセスだ。
会社としての破綻処理を経ることなく、国税を投入することに多くの国民が疑問を抱いている。
過去の事例からいっても、なぜ東京電力を会社更生等の破綻処理にしないのかとの疑問に明確な回答がなされていないのではないか。
JALの破綻処理においても、会社更生法に基づいて行われた。
そのことによって経営陣の責任の明確化が行われ、金融機関も相応の負担を被り、株式価格は1円になったことで一般投資家も分相応の負担を担うことになった。
その処理によって、国税の投入額を圧縮することができ、多くの国民負担を少しでも少なくしたのである。

それと比較しても、今回の税金投入のプロセスは極めて不明瞭だ。
破綻処理を経ないからだろうか、開き直りともとれるほど現経営陣からは誠実さを感じられない。
経営陣の経営責任は曖昧。
情報公開も不十分だ。言われたことしか公開していない印象が濃厚。
140社を超える関連ファミリー企業の処分についても明言されていない。

こんなことで実質国有化をしていいのだろうか。
東電と経済産業省が主導したとも言われる今回のスキーム。
民主党政権は完全になめられているように感じられてならない。
国家の利益も何かもかも一部の特権者にうまいように利用されているとの疑念がぬぐえない。
国家の最高トップが毅然たる処分を下せない政権には、早々に交代していただくのがよいと思うが、皆さんはどのように感じているだろうか。
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2012年6月26日 (火)

有権者は何を基準に政治を信託すべきか

本日午後の衆議院本会議で、消費増税法案及び関連法案が民主・自民・公明等の賛成多数で可決。参議院へ送致された。
これで消費税率が2014年4月から8%、2015年10月から10%に引き上げられることになった。
6/16付ブログでも書いたが、改めてこの問題を取り上げたい。

■消費増税を想定していなかった国民の意識

そもそも今国会が開会した時点で、消費増税案が可決されると思っていた国民はどのくらいいただろうか?

「野田首相が増税とか言ってるけど自民も公明も賛成しないでしょ」
「そもそも3年前の衆議院選挙で『今後4年間は増税しない』と言っていたし」
「ここで増税するなら自民党が与党の時代と全く一緒。政権交代した意味もなくなる」
「自民党だって、平気で180度違うことを言い出した民主党政権に協力しないはず」
「仮に消費増税になるなら、まずは解散総選挙して民意を問うべきだ」

こうした感覚が大多数の国民感情ではなかったと、私は思う。
しかし、今日結果が出た。
半年前には予想だにもしていなかった消費増税が現実になってしまっている。

■七変化をみせた3党協議

多くの風向きが変わったのはここ数週間、というか10数日だろう。
「同じ主張(消費税10%)をしているのに賛成しないのは党利党略だ」との世論(というかマスメディアの論調といったほうが現実に近いと思う)に押される形で、与野党協議の席に自民党がついたところから、野党の戦略が迷走し始める。
谷垣総裁の腹積もりでは「どうせ民主党は党内世論をまとめられるはずがない」とタカをくくっていたのではないか。民主党にはできやしないだろうと思いつつ3年前の選挙の際の民主党マニフェストの主要政策の撤回を迫って揺さぶりをかけて、民主党の分裂、腰砕けを狙った。
しかし、野田首相は民主党分裂を回避せずに法案成立に突っ走ってしまったのだ。
しかし考えてみれば、元々人材不足の民主党。
野田氏は財務省出身の元官僚で増税による財政再建論者。
野田政権は財務省事務次官・勝英二郎の言うなりで「勝政権」とさえ揶揄されてきた政権である。
主要政策は財務省官僚の感覚で進められてきたのかもしれない。
こうなったら自民党も引くに引けない。
10%消費増税を可決させて、あとは小沢一郎が民主党を飛び出して新党を結成、一気に解散総選挙になることに一縷の望みを託している状態だ。

■公明党に象徴される政治判断と国民感情との乖離

迷走したという意味では、公明党も同様だろう。
現在の勢力関係図の中で、最も迷せざるを得なかった政党が公明党と言えるかも知れない。
議会での多数決論理からいえば、自民党が民主党との与野党協議のテーブルに着いた時から、公明党は蚊帳の外に置かれてしまった。公明党が反対しようがしまいが、消費増税法案は可決する。
ここで公明党は重大な決断を迫られた。
「消費増税の前に徹底した行政改革や無駄遣いの削減、そして社会福祉政策や経済政策の徹底した実施がまずありき」との従来からの主張を貫くのか。つまり「現時点での消費増税には反対」を貫くという決断が一つ目の選択肢。これは正論であり一本筋が通っている。
もう一つの選択肢。筋は通らないが放っておいても決まってしまう国家政策に少しでも絡んで、国民目線で多少でも修正できる点や追加できる内容を盛り込んでいくという現実的な仕事をするという判断。
公明党の執行部は、限られた時間と政治状況の中で、後者の道を選んだ。
結果として、与野党3党合意の席に着くことになり、消費増税法案に賛成することになった。
公明党が参画したことで、年金受給資格のための最低納付期間が大幅短縮、厚生年金と共済年金の一元化とそれに伴う国家財源の圧縮、景気回復のために公明党が独自に主張していた社会インフラの耐震対策などによる雇用の掘り起こしなど、わずか10日余りで一体改革に多少なりとも近づけたことは事実である。
そのことは民主党も自民党も政策立案していなかったことであるので、土壇場でよく盛り込んでくれたという気持ちもないわけではない。
が、しかしだからと言って、その説明を聞いても消費増税する決定打と言えるわけがないだろうというのが庶民の率直な気持ちではなかろうか。昨月まで条件付きとは言いながらも「消費増税には賛成できない」って言ってたでしょう?って感じだ。

■議論が尽くされていない制度設計

仮に百歩譲ったとして、増税の幅が+1%とか+1.5%なら、この程度の国会論議でもまだ良いのかもしれない。
しかし3年3ケ月後には2倍に跳ね上がるのだ。
このくらいの国会審議で、だれが納得できるだろうか。

消費増税を前提とした制度設計の構成内容を審議していないではないか。
低減税率を組み合わせていない、工夫の跡さえ見えない、お粗末な制度のままで税率だけをアップする。どの品目が国民生活を下支えしているのか、何が嗜好品なのか。そうした仕分けをして複数の税率を組み合わせるのは先進諸国では当然のこととして実施されている消費税の制度設計だ。
高い税率と低い税率に分かれてしまう各業界の反発を恐れて、調整の努力すら行わないまま、「10%実施までに検討します」とまたもや政治決断を先送りしているのだ。

別の角度でみると、日本の消費税はその全額が国庫に入るわけではない。
最初から分配する形になっている現行制度が果たして適切なのか。無駄の温床になっていないのか。

こうした制度上の未熟さは、すぐに簡単に指摘できてしまう。
こうした検討が十分に行われていない現時点で、震災復興も進まず、景気回復の道筋も見えない現時点で、なぜ「いま」消費増税を決めなければならなかったのか?
国民が大いに疑問を不満を持つのは、至極自然な感情と言えまいか。

どれだけの国民が今回の消費増税を是として信託したのであろうか。
ましてや消費増税の政策決定の中心に座っているのは「消費増税しません」と言って政権を奪取した民主党である。
納得しろというのが無理である。
ここまできたら「消費増税」をテーマに解散総選挙しかない。
選挙で国民の信託が有るのかどうか、はっきりとしなくてはならない。
野田総理も国会答弁の中で「法案成立は私の政権でやるが、実施までに選挙をやって国民に問えばよい」と言っていた通りだ。国民生活に直結する大切な政策であるのだから、早急に解散総選挙を実施すべきである。

■有権者は何を基準に政治を信託すべきか

今回、最も筋を通しつつ、自らの政策を少しでも前進させたのは自民党と言うことになるのだろうか。
しかし自民党の力では国家公務員の既得権益を守る体質は改善することはできず、一貫した政治理念を見出すことができない。

では、一貫して反対を貫いたみんなの党、社民党なのだろうか。
潔く感じるのは事実だが、現実に戻ってみると彼らの主義主張は何一つ実現することができない。どこまでも「反対」だけの議論、現実の生活を改善する力は皆無である。

反対を貫いたという意味では小沢Gがある。
彼らを評価すべき局面となるのか?しかし釈然としない。
元々は、政治改革も震災後の復興政策も無為無策を続けてきた民主党政権のふがいなさが政治不信の根底にある。何の根拠もなく、普天間は最低でも県外移設、農家への所得保障、高校の授業料無償化、最低年金7万円の支給、ダムから人へ政策、後期高齢者医療制度の廃止、ムダ削減で数兆円規模の国家財源の捻出、年金制度の一元化...。政権を奪取した公約のほとんどが荒唐無稽のまがい物。その筆頭が小沢氏だったことを思い出さずにはいられない。違法行為こそないが法律の裏を潜り抜ける脱法行為の常習者。小沢氏の行為が明るみに出たことで改正された法律は一つや二つではない。
こんな政治家を信用しろと言われても賛否は大きく二分されるのが当然だと私は思う。

3党協議のテーブルに後からついた公明党は、消費増税を阻止することが本当にできなかったのだろうか。ただ、みんなの党や社民党のような行動をとればよかったのに...とはさすがに思えない。それでも、3党協議に参加したことによって現実の生活改善ができたのであれば、公明党が有する理念に基づいて、整合性のある政治行動を断固主張する道はなかったのだろうか。

これでは日本人の現実逃避はいつまでも続いてしまう。
「現実に政治をやらせた政治家は誰も信用できない」
「だから新しい力に期待する」
しかし未知数の新しい人物からといって政治を改革してくれる保証は、どこにもない。
3年前だって「新鮮で庶民感覚に近い」「一度やらせてみようよ」という理由で民主党が選ばれた。
しかし最右翼から最左翼までの寄り合い所帯に象徴される理念哲学の不在からくる政治能力の稚拙さゆえに政治主導など全く実行できず、現実の国家官僚のやり方や既得権益の壁にいとも簡単に飲み込まれてしまい、また自らも権力のうまみを経験して次々と不祥事を連発して自滅。
民主党に託された国民の期待はことごとく裏切られたのだ。

有権者は、何を信じて、誰に信託すればよいのか。

いま多くの有権者の中では、橋下大阪市長が率いる大阪維新の会への期待が限りなく大きくなっている。
民意とプロセスを重視し、政策実現力が高いと評価されているあの橋下市長でさえ、大飯原発停止によって発生しうる夏の電力不足の影響-企業活動の停止による経済的損失や医療機関等での人命にかかわる緊急事態への補償など-を大上段に構えて公然と脅しをかけてきた既存勢力に対して、一時的とはいえ屈服せざるを得なかったという事実が、既に発生している。
ましてこれが300人規模の政治集団として所属するであろう一人ひとりの政治家、議員が国民の信託に答えるだけの仕事ができると、誰が保証できるだろうか。過去の「風」に乗って当選した1回生議員のほとんどが、大した仕事をするわけでもなく一期だけで国会を去って行った例は枚挙にいとまがない。
大阪維新の会であっても、過去の「風」を受けた政党と何かが違うという保証があるとは言い切れない。橋下大阪市長の高いポテンシャルを持ってしても、多くの議員を自らの理念哲学についてこさせるのは至難の業であると言わざるを得ないと私は強く感じている。

■政党支持の要件と議員選出を立て分ける有権者行動を

いま第一に、日本の政治に求められるのは、過半数の勢力を有する政党の理念哲学と政策遂行能力だ。
常に不測の緊急事態が突発する政治の世界にあっては、瞬間瞬間の決断が不可欠である。その意味においても、いかなる理念哲学を持って政治に臨んでいるかが現実の庶民生活に影響を及ぼしていく。

次に、その理念哲学を持って、それぞれの局面をいかに判断し、いかなる具体的政策を展開するのか。
これが次の問題である。

その意味においては、政党がいかなる理念哲学を掲げて政治の世界に挑んでいるのかを基準として、政党支持を決するべきである。その理念哲学は空理空論ではなく実現性を有していることは自明の理である。
そして、その理念哲学を元にして、緊急の局面をいかに判断し、その時求められている実効性のある具体的な政策を立案し実行することができるかどうか。この一点で、それぞれの政党に属している個々人の議員を選出するかどうかを決するべきではないだろうか。

あえて、今一度くりかえしておきたい。
私たち有権者が政治に向き合う時は2段階で意志決定を下すべきだ。
【1】明確な理念哲学を有する政党を支持せよ。確固たる理念哲学を持てない政党は、政党としての資格を剥奪するべきだ。
【2】政党としての理念哲学が確立している前提に立って、その理念哲学を具体的な政策として現実社会に展開し遂行する能力を有する議員を選出せよ。政党が有する理念哲学と個々人の考えが合致しない議員は袂を分かち、個々人の考えを一にする政党に属するか、ご自身でパーティを組成していただくべきだ。

この2段階の考え方を明確にして、政治に向き合うことが重要であると強く訴えておきたい。

■忍耐をもって政党支持を貫く覚悟を

その意味からも、国民に不利益を与えるような誤った政策決定がなされた場合であっても、それがその政党が掲げる理念哲学が起因しているか、それともその局面で個々の議員が判断した結果なのか。有権者はその違いを明確に自覚して行動すべきである。
前者であれば政党そのものの支持自体を見直さなければならない。
後者であれば結果責任は当該の議員に帰着する。政党支持そのものは維持することが必然である。

有権者も忍耐をしながら継続して支持を続けなければ、目先の結果やスキャンダルに翻弄され「木を見て森を見ず」となりかねない。それではいつになっても同じ状況の下での堂々巡りとなってしまい、国家百年の計を成し遂げることができない。
プロ野球チームの監督起用だって1年か2年の結果だけでころころと監督を交代させる球団は、勝利の因を積むことはできない。球団としての理念哲学を堅持して「この人ならば」と託した人物を信じて一蓮托生の思いでやってもらうことが重要だ。
ましてや日本の政治を取り巻く環境は、明治政府樹立の時から権力に就いた人間達の利益誘導の歴史を繰り返し、100年以上の経験を蓄積しながら官僚と政治家の権益の権化と化している。一人で風車に突っ込んでいったドン・キホーテが滑稽に感じられたように、自分達が主張する政策一つすら成立させられない徒手空拳の虚しさを痛感する時代が長く続くかもしれないが、近い将来必ず実現できる時代が来ることを信じて支援し続けることが必須条件だとも言えまいか。

とかく日本における有権者の投票行動は、その基準が極めて曖昧に感じる。
その代表的な表現は「人物本位」という言葉だ。
一見よいような印象がありそうな言葉だが、現実には、ある議員が政策決定上の過ちを犯した場合に、その個人に責任を帰するだけにとどまらず、その議員を公認した所属政党までもが間違いを犯したようなバッシングをしてしまうのも、この考え方の危険な一面である。
また、個々人としての「人柄がよい」ことは必ずしも議員の資質要件とは言えない。
人がよい人が既存勢力の利権確保のために巧妙に利用されるのは日常茶飯事だ。
「政策立案能力が高い」人物であっても、一人だけでは政党政治である日本の議会においては大きな力とはなりえない。またその能力が「善」のために発揮されるとは限らない。人の心はいかようにも変質してしまう実例を、特に政治家の変貌を、私達は繰り返し目にして辛酸をなめてきたことを忘れてはいけない。
制度面でもそうだ。わかりやすい例をあげると、個々人で活動する無所属の国会議員には政党助成金は交付されない。

次の内閣が命運を握る 消費増税施行には半年前に内閣決議が必要

そして、とかく日本の有権者は政治局面の判断ばかりを重視する。
「重視する」という言葉よりは「興味を持つ」と言ったほうがより適切かもしれないが、いずれにしろそれぞれの政策を吟味するまねごとは行うことが有っても、根底に有するべき理念哲学の是非で支持政党を取捨選択するという習慣が身についていない。

今回、衆議院で可決された消費増税法案には、施行期日の半年前にその時点の状況を勘案して施行するかどうかを閣議決定することが盛り込まれている。
つまり、まずは2013年9月末時点で組閣されている内閣がどのような理念哲学を有しているかということが最重要のポイントとなる。
この時点までに政治の世界で何が行われるのか。
そして、その時点の内閣がどのような理念哲学を基盤とした人物達によって組閣されているのか。
ここに今回の政治決戦のターニングポイントがあると言っても過言ではないだろう。
2013年9月末をただ迎えるのでは意味がない。その時点までに民意を体現して仕事をする議員を議会に送り込み、実効性のある政策をひとつでも多く実行していただく。
そして2013年9月末時点での内閣は多くの庶民の思いを我が思いとする人達で構成されている。
政策を実行する時間を考えれば、いちはやく解散総選挙を行って国民を信を問うべきだ。
この時間軸を私達も理解して主張すべきである。

繰り返しになるが、最後にあえて申し上げたい。
心ある有権者として、理念哲学を基準に支持政党を決めることを強く訴えたい。
そして政党の支持と個々の政治家への信託は明確に立て分けて、議員選出にあってもその政党の理念哲学を体現した候補者を信託して意志表示をするべきであると強く訴えたい。
近く訪れるであろう衆議院の解散総選挙にあっては、目先の感情や「風」などに左右されずに、一人でも多くの有権者が心から納得できる投票行動をとれることを、心から願っている。

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2012年6月25日 (月)

ビジネスの名に値するのか あまりに軽率過ぎないかファーストサーバーの大規模障害

6月20日に発生したファーストサーバーでの大規模障害が、いまだ復旧のめどがたっていないという。
本日付で今回の事故の概要と原因についてのニュースリリースがオフィシャルサイトに掲載された。
※当該サイトのリンク先じゃこちら↓

大規模障害の概要と原因について(中間報告)
http://support.fsv.jp/info/nw20120625_01.html

しかし、この説明を読むと「そんな運用でよいと本当に思っていたのか?」というあきれかえってしまうような感覚を覚えた。
「障害の原因」と題して3つの要因を説明しているが、それぞれが稚拙としか言いようがないが特に3番目に挙げた理由に唖然としてしまった。

脆弱性対策のためのメンテナンスはバックアップをしてあるシステムについても実施しておかないと、メンテナンス実施後にハードウェア障害が発生してバックアップに切り替えた途端に脆弱性対策が講じられていないシステムに戻ってしまうことが過去に発生し、脆弱性対策がなされていないシステムが動き続けていたという反省に立ち、脆弱性対策のメンテナンスに関しては対象サーバー群とそのサーバー群のバックアップ領域に対して同時に更新プログラムを適用するという構造に修正して実施しました。

とある。
なにを書いているのか、自分達でわかっているのだろうか。
こんな手順にしていたら、その時点でバックアップの意味など何もなくなっている。
どのような社内体制で日常業務が行われていたのか、厳正な調査が求められる。

しかし私達の日常の中にも、同様の危険が潜んでいる。
一面から見れば「いかにも」正当性があるような言い方であっても、本質を激しく逸脱している現実。
日々の生活と仕事に、こころして取り組みたい。

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