11月27日(土)に11月度の桂冠塾(読書会)を開催しました。
今回の本は『ビジョナリー・ピープル』です。
作者は、ジェリー・ポラス、スチュワート・エメリー、マーク・トンプソンの3名による共著になります。最初に名前が挙がっているジェリー・ポラス氏はジェームズ・C・コリンズ氏との共著『ビジョナリー・カンパニー』の作者としても知られている方です。邦名タイトルから続編のように捉えている方も多いようですが、必ずしもそうとも言えないわけです。
※ちなみに『ビジョナリー・カンパニー』には2作、3作が発刊されており、こちらの著者はジェームズ・C・コリンズ氏。本著の3名は関わっていないようです。
筆頭に記載されているのでジェリー・ポラス氏が中心者かと思ったりしますが、その後の講演活動等は後者の2名の方が積極的に行っているような節も見受けられます。
一応上記の原作タイトルを挙げておきます。
『ビジョナリー・ピープル』 SUCCESS BUILT TO LAST Creating Life that Matters
『ビジョナリー・カンパニー』 BUILT TO LAST Successful Habits of Visoinary Companies
『ビジョナリー・カンパニー②』 GOOD TO GREAT
『ビジョナリー・カンパニー③』 HOW THE MIGHTY FALL
ビジョナリ・・・のタイトルはおそらく日本の出版社の感覚ですね。
■執筆の動機
まず冒頭に本書を執筆した理由が述べられている。
ネルソン・マンデラ氏の行動を通して、
「永続的に成功をおさめている人たちや並はずれた組織がなぜ生き生きと活動しているのか」「なぜ新たな意義を見つけ出し、その場しのぎや自分だけのためではなく、永続的に続く成果を生み出すために苦労しながらあらゆる困難を克服してでも成長するという選択をしたのか」
という疑問に対する答えを探るためだと書いている。
そしてそれらの人々は元々そうだったわけではなく、人生の変転があったのだという。
その結論として
「健全で持続可能な社会であるためには、健全で持続可能な組織の存在が不可欠」であるとし、その持続可能な社会の構築は「創造と成長に意義を見出せる人類」以外にではできないと断じている。
この点については、論理的な推察は書かれていないので違和感を感じる読者も少なからず出てくると思う。が、ここはそうした主張なのだと受け止めて読み進めることが肝要だと思う(^_^;)
そのうえで本書に取り上げた人物の基準等が述べられるがここでは割愛する。
■ビジョナリー・ピープルにおける「成功」とは
次に「成功」についての定義を行っている。
この点は非常に重要だ。
まず一般的な「成功」の定義を辞書等を元に記載している。
そのうえで「ビジョナリーな人」における「成功」とは、「個人的な充実感と変わらない人間関係を与えてくれる、そんな生活や仕事」のことだという。
はっきり言ってこの表現はわかりにくい。
その後の文節の中で複数の表現をしているので列挙すると...
・富や名声や権力は、目標でもなければ実績でもない。
・金と評価は外的要因である。
・金と評価は、個人的な大義や天職という目的に向かって情熱的に働いた産物である。
・貢献か願望かのいずれかではなく、両方である。
・裕福になるという伝統的な成果の証は、本人の目標そのものではない。
・伝統的な成功というものは、しばしば色あせ、消滅し、魂の牢獄になってしまう。
・成功は個人的な強い思い入れがなければ、おぼつかない。
・一晩で成功するような、魔法のような成功はほとんど見当たらない。
・自分のエネルギーを振り絞って粘り強さを発揮し、身も心も打ち込んで人生を全うするために苦労を重ねている。
・何の見返りも求めず<あること>のために喜んで取り組む。
・立身出世にあこがれても、その過程で満足できない違和感を覚えてしまう。
等々...
こうした記述に続けて、「ビジョナリー・ピープル」が持続した成功を見出すのは3つの本質的な要素の整合性が取れた時だと指摘する。
それが
(1)意義
(2)思考スタイル
(3)行動スタイル である。
本書はこの3要素に沿って構成され、多くのビジョナリーな人々が紹介されている。
順番に概要をざっくり述べてみると...
■ビジョナリー・ピープル 3つの要素
【1】意義
ここでは、ビジョナリーな人々がなぜ成功し続けられるのかという疑問に対する回答を用意しようとする。そのためには、情熱と意義を追求することが不可欠だとしている。つまり「自分の人生の目的は何なのか」「なぜ人生を送るのか」という意義を追求すること、そして実行し続ける情熱が必要だということだ。
その情熱は必ずしもひとつだではなく、自分がやるべきだと感じたものに対して誠実な姿勢を貫けとアドバイスしている。
【2】思考スタイル
意義を明確にし、持続する情熱をもったうえで、自分の人生の変転、変身は自分自身の中から始めることを強調する。
周りの雑音に惑わされず、自分の心の中の「静かな叫びに耳を傾けよ」と。
「静かな叫び」に応答する力を削ぐものとして4つを挙げている。
①キャリアへの固執
②BSO(Bright Shiney Objects)への憧れ
③コンピテンスの誘惑
④ORの呪縛
どれもそれなりに感じる点があるが、特に「ORの呪縛よりもANDの才覚」との指摘には納得するものがある。
そして時としてカリスマ的な評価を受けるくらいの強い信念が必要だとも述べている。
そのうえで具体的な思考スタイルとして「失敗を糧にする」ことと「自分の弱点を受け入れる」ことを挙げる。ビジョナリーな生き方においてはすべてが学習であり、無駄なことは何一つないと断言している。
【3】行動スタイル
上記2つを踏まえたうえで行動スタイルの大切さを述べている。
その典型として「思いがけない幸運に備えよ」と訴える。セレンディップの3人の王子の逸話を引きながら、幸運が突然現れても自分からつかみ取ることだ。言いかえれば、人生とは不運と予期せぬ幸運で満ち溢れている、そこで通用するのは決然とした覚悟と開かれた心しかない、ということだと述べている。
そうした不測の人生であっても、そうであるからこそ、目標や計画が必要だと力説する。なかんずく「のるかそるかの冒険的な目標」、英字表現の頭文字をとって「BHAG(ビーハグ)」と表現する目標の重要性を説く。
※BHAG ・・・
いいかえれば現在の力を100とすれば、もう少し努力すれば達成できるかどうかの高い目標、120とか150とかの目標値と言えるだろう。
これは夢物語ではいけない。かといって現在の能力で実現可能な低い目標値でもない。
・人を奮い立たせてくれる
・人の心に訴えかけ、心酔させてしまう
・内容はあくまで具体的でその気にさせるのに十分
・しかも見事に焦点が定まっている
・ゴールのテープははっきりみえている
というものだ。
言葉にすると簡単だが、現実はなかなか難しい。
高いリスクも伴い続けることにもなり、中核的な価値観とイデオロギーの両方を維持することで、前進することができる。
すでにお気づきだろうが、こうした基準には個人差が著しい。
そうしたことを踏まえると、周りの人を変えようとしてもほとんど意味はなく、まずは自分が変わることが求められる。その行動が同時に自分を取り巻く世界を変える。こうした方程式が、自ずから導き出されてくる。
そしてBHAGとして掲げたものが必ずしもそのままの形で実現するばかりではないと指摘する。多くの場合はBHAGで掲げた以上の結果をもたらし、必然的な形として元々のBHAGを包含するのだという構図を示している。
そのうえで具体的な方策として
・論争を盛り上げること
・すべてを結集させること を提示している。
論争を盛り上げることとは、自分とは異なる意見に耳を傾けること、そして異論者を非難するのではなく相違する問題を解決するためにはどうすればよいのかという思考と行動スタイルを実行することが重要だと指摘する。
その結果、論争が協調を生むことになる。
そしてその延長になるが、すべてのことを結集させよと説く。結集は統合といってもよいと思う。すべてのことには何一つ意味のないもの、無駄なことはないのだという論理にも通じる考えだ。
これら、意義、思考スタイル、行動スタイルの3つの輪の整合性を取るためには、人並み外れた使命感、自制心、人一倍の勇気が必要であるとし、この作業に全身全霊をかけて飛び込んでいく冒険こそが人生そのものであるとの結論で本書はまとめられている。
■違和感がある個所、ものたりない個所...
ところどころ気になる点もある。
一例を挙げると本書では「自分自身の静かな心の声に耳を傾けよ」という。
その声が本当に素直な声かどうか、果たしてよりよき判断ができるだろうか。
その際の基準はそうやって培っていけばよいのだろうか。
心の声に素直に...というのは一見「そのとおりだ」とも思える。がしかし、心ほど頼りにならないものもない。弱気になればどこまでも弱気になるし、思い込んでしまうと真実が見えなくなる経験は誰もが味わっているのではないだろうか。
先哲の言葉に「心の師とはなるとも心を師とせざれ」というものがある。
まさに物事を考える根本の思想、理念が重要だということではないだろうか。
もうひとつ挙げると、本書のスタートは「永続的に成功し続ける人生を送るために」という前向きな人生観から始まっている。
翻って現代の社会はどうだろうか。
自分の利益を追い求めることが何が悪いという風潮になって久しい感がある。
さらに近年顕著になってきたのが、自分の利害すら求めようとしない生き方だ。「ただなんとなく」生きている...仕事もその日その日が食べていければ何の執着もない...仕事も生活もしないで済むならしないほうがいい...いいとか悪いとか考えもしない...何もしなくなっても社会のセーフティネットがなんとか食べていけるだけにはしれくれるだろう...
少なくない割合で、こうした考えの生き方が増えてきているように思える節がある。
こうした考え方を自分の生き方の根本においた人たちにとって、本書は見事に無力に感じてしまう。しかし、そうした人達にも対話の糸口を持ち続けようというのが私たちの生き方であると思いたい。
一人ももれなく、誰にも「ビジョナリー・ピープル」になる変転の時が来ると思うからであり、そう思える人が「ビジョナリー・ピープル」その人だと思うからである。
2007年に発刊されたこともあって、本書に取り上げられている人物の多くは今も第一線で活躍している。ビジョナリーな人たちとして取り上げられたのであるから今後とも活躍する可能性は高いのだろう。
私達が本書から学ぶべきものは何だろうか。
自分自身の心に問いかけてみたい。
今回は直前キャンセルが重なり2名のみの参加となりました。
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第68回桂冠塾 実施内容
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